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流れる   作者: 白石 瞳
17/56

第17話 夏美と少年の自転車

 新宿って街は面白い。


 人も建物も多くて、一体ビルのどこから大きな音楽を出してるのか、ああいうのは苦情がないのかって思う位にうるさくても誰も気に留めてないように思えるから不思議だ。

 すぐ隣りを歩いてる人に無関心だし、ぶつかっても「チッ」と言ってすぐに前を向いて早足で行ってしまう。「すいません」って謝ると何故か余計ににらまれちゃうから、もう何も言わなくなった。


 昼の顔の新宿と夜の顔の新宿。同じようで違う。早朝が一番静かで、ホームレスもサラリーマンと思われる人も道に寝ていることがあるし、ごみをあさるカラスの鳴き声くらいしか聞こえない。


 ざわめきと空虚とカオス・・・私、好きかも。似合ってるんじゃないかな、私に。


 渡が「早く忘れろ」って言うけど、楽しい想い出にしても嫌なことにしてもそんなことって出来るわけないじゃん。そういうのってさ、想い出ってさ、刻み込まれるんだから。

 渡には感謝はしてるよ。だけど離れたいと思っている。まだそのこと話せないけどね。


 私は自分の稼ぎで部屋代も払えるし生活できるようになってるんだ。なんとなくブランド物の靴と鞄は買って、また文句言われないようにベッドの下に隠して使ってるけれど。でも、出かける所って店しかないし他に欲しいって思うものもないからお金ってあんまり使わないんだよね、かなり貯まってる。


 ***


 男とセックスして、まだ時間があると沈黙って嫌だから「仕事、大変ですか?」なんて声かけると、「そうなんだよ、聞いてよ」って話が始まる。

 男達も体よりも話の方が楽しそうな顔をして、暗いなぁって思ってた人でもマシンガントークみたいに話すんだよね。で、「また来るよ。」って言ってくれて次に本当に指名してくれたりさ。どんどん指名が増えた。

 私はちょっとだけ声かけて、男の大学の話しや職場の話しが珍しいから「うん、うん」「それ、凄いですね」ってニコニコして聞くだけ。これは演技じゃなくて本音なんだよね。マジで話が楽しい。


 人ってさ、自分の話を聴いて貰いたいんだよね。最後までただ聴いて貰いたいんだ。なんでだかな、人の話を聴かないのって。ただ聴くだけじゃん、すっごく簡単なこと出来ないんだなあ。

 余計なことは言うもんじゃないよね、アドバイスってやつ。それ、聴いたことにならないから。

 だから、「あ~、ヤッパリこいつには話さない方が良かった」って、貝みたいに口を閉ざすんだよ。


 そんでもって会社とか学校、家事を頑張ってる。認めて貰いたいんだよね。そして、言って欲しいのは「頑張ってるんだね」「ありがとう」かな。その一言で全然違うと思わない?



 心に壁をつくるっていうか心がガラスみたいになって。氷みたいに冷たい心を溶かすのって時間がかかるんだよね。

 ここの店に来る男でも嫌な感じの奴はいるんだけど、でも、殆どの人が渡と過ごすよりも楽しいし、なんとなく私は解放されてるって感じ。


 夜には仕事入れないようにしていたんだ。でも、私は自分の時間を好きに使っていいし、指名予約が夜って時もあったから週に2回は夜か朝に帰ることになっていった。

 渡は私が前みたいに言うこと聞かずに夜も出かけることに顔をゆがませて怒って物を投げつけたりするんだけど、それが男をおとすだけってこと、自分をおとすだけってことが全然わかんないみたいで。

 それに、私のことが気に入らないなら捨ててくれたって構わない。彼って、次に好きになれる人が見つかるまでは私を捨てないんだろうけどね。

 することして、それでもって文句言うと私も黙り込む。彼は汚ない言葉を吐き捨てて部屋を出ていく。私はそれが平気になっちゃった。


 ***


 疲れすぎているのか夜よく眠れず、窓の外が明るくて目が覚めた。

 ベッドの中で色々考えた。考えると頭がボーとなるから起き上がることにした。


 食欲はなくて食パンに何もつけないのを水で胃の中に押し込むようにして食べた。もう食料がないしスーパーに行かないと。

 味噌汁に出来るものや簡単に作れるような食材を見て、帰りに公園のベンチに座ってると、


「お姉さん?」

「あっ、久しぶり。」


 あの少年が自転車ひいて入って来た。


「お姉さんがいると乗れないなぁ。」

「自転車? 広いからいいんじゃないの?」

「っていうか、僕、のれないんだよ。ここってあんまり人いないから練習しようと思った。」

「そうなんだ。見ててあげる。」

「だから、転ぶじゃない。そんなの恥ずかしいからさ。」

「そっか、恥ずかしいんだね。」

「カッコ悪いでしょ。」

「転んでも私は笑わないよ。手伝おうか?」

「うん、じゃあ。」

「転ぶ時は私も一緒に転ぶんだから恥ずかしくないからね。」


 自転車の後ろ側を持つと少年は座って足をペダルにかける。


「支えてるから、まず、真っ直ぐ行こうか。」

「はなさないでね。」

「大丈夫。」


 彼は動き出し、グラつく時は私は倒れないように力を入れてついて行く。端まで行って大きく曲がって、また直線。


「上手いよ。」

「スピードあげようかな。」


 少年は嬉しそうに前を見て進む。曲がる時も、さっきより力を入れなくてすんだ。彼に内緒で時々、数秒、手を放しながらついて行く。スピードが速くなっても私は手を放す、その時間が長くなった。いけるよ。


「わぁ。怖くないや。僕、怖かったんだよね。」


 少年は殆どグラつかないし、それに転んだっていいじゃん。私は完全に手を放して小走りで。彼の方が速くて遅れた。


「見て! また曲がるよ・・・でも、まだ支えてて。ええっ?」


 少年は片足ついて止まり、振りかえって私を見た。私が支えていないことに気がつかず驚いていたようだ。


「いつからはなしてたの?」

「時々。君さ、1人で出来るよ。それに転んでもいいしね。」

「うそ~。いつからのれてたんだろ。」


 少年は自転車をおりて私に抱きついて「ありがとう」と喜んだ。抱きつかれるなんて凄く驚いたけれど嬉しい。可愛い顔だな。こんな私なんかに抱きついてくれたんだよ。思わず引き寄せて頭をなでてしまった。


 ***


 2人でベンチに座って、私はスーパーの袋から飲み物と菓子パンを出した。

 お父さんかお母さんに教えてもらわないのか聞こうとしてやめた。親が来られないから1人で来てるんだから。せっかく喜んでる彼の笑顔をとめたくなかった。


 あれ、なんだか気持ち悪いや。よく眠れてないのに動いたからなぁ・・・。


「お姉さん、ねえ、お姉さん!」

「うん。あっ・・・ごめん。」


 ふらついたようで少年の肩によりかかっていた。


「大丈夫? 疲れた? 僕を手伝ったから。」

「違うよ。寝てなくてさ。」

「僕にもたれててよ。」


 私は彼の小さな肩に頭をのせた。見上げると空には雲がなくて綺麗なブルーだ。手を伸ばしたくなる位に綺麗。

 違う。

 疲れたっていうより、彼が飲んでるミルクティーか菓子パンの匂い。ムカムカする。

 何度か深呼吸して今日は帰った方がいいと思った。


「ね、ありがと。今日は帰って寝るね。もっと手伝いたかったけど。」

「お姉さん、来週の土曜もここに来る? むりならいいよ。その次の土曜にも僕は来ると思うし。」

「じゃあ、私の電話番号教えるね。」

「ぼく、『みち』って言うんだ。」

「私は夏美。よろしくね。」


 紙に電話番号を書いて渡すと彼も携帯を持ってるようで電話番号とメールアドレスを教えてくれた。


「すっごくうれしかった。今日のこと、忘れないよ! ありがとう、夏美お姉さん。」


 私はゆっくり立ち上がって、みち少年の頭をなでて公園を出た。

「今日のこと忘れない」・・・私まで嬉しくなるじゃない。



 ベッドに横になって、今日は渡とは会わないでおこうと思った。こんな気持ちいい時間を壊したくないから。チェーンを確認した。

 まさかねと思いながらカレンダーを見たけれど、生理が遅れてることもチェックした。でも、そんなことってよくあることだよね。


 眠気がきて時計を見ると、昼の12時だった。


 ***


 男が私の上にのってる夢をみた。ママの男か渡か客か誰かわからない。だって、男には顔がなくて。私はただ「重い」って声を出そうと思った所で汗をかいてハッと目が覚めたから。


 少年と会った後の3日目の朝、体がだるくて仕事を休もうと連絡すると「君がいないと指名はいった時にね。新規の人にも適任なんだよな」なんておだてられ、それでも行けないと謝ると渋々わかってくれた。

 真面目に仕事してるから、無理強いして仕事辞められると困るって思てるんだろうな。


 渡からメールがあって、食事の用意をしてるといつものように鍵を開けて溜息つきながら腰をおろした。


「おい、これ、味が薄いよ。」

「自分で醤油持ってきて。」

「お前がやれよ。」

「そうやって奥さんにも言うの?」

「うるさい、関係ないだろ。」


 彼は怒って冷蔵庫のビールを出してきて飲み始めた。ほら、自分で動けるじゃん。


「脱げよ。」

「嫌だ。」

「久しぶりにさせろよ。」

「・・・ごめん、熱っぽくて頭も痛いから。」

 謝った方が無理強いはしないと思ったから嘘をついてそう言った。


 文句を言ったくせにビールを飲みながら料理を少しだけつまんで、H出来ないとわかったからか彼は帰ろうとした。そうだよ、ここは彼にとってHする場所だから。


 私は気がつかれないように急いで彼の後を追った。なんとなく、ただ、なんとなく。

 あの奥さんとどんな所に住んでるのかどんな話をするんだろうかって。外から見るだけじゃじゃわからないけれど。

 電車の中で見つからず、けれど見逃さないように気をつけたけれど、割と近くだったんだ。渡は寄り道しないでマンションに入って行った。

 郵便受けに名前が書いてあるから、ここだよね。奥さんは料理作ってるのかな、今日はどうなんだろう。彼はまともには食べてない。考えてるうちに、そこの部屋を見つめてても仕方ないし自分の部屋戻るのもなぁ。やっぱり仕事に行こうと連絡して新宿に向かった。



 みち少年のことを思い出すと、綺麗なブルーが頭の中に広がる。

 渡は・・・なんだろうね。

 奥さんはしっかりした感じの人で、あの時コーヒーを入れてくれた。慌てたよ、まさか奥さんが事務所にいるなんて。ママは男を次々と変えていったけれど、それは結婚してないからね。渡には奥さんがいる。

 私は自分がシンデレラになれるかもしれないと思って渡のことを利用したんだ。渡も私のことを利用してる。でも渡に対してと奥さんへのことって違うよね。

 奥さんって私のことに気がついてるんだろうか?

 ごめんなさい。もしも嫌な思いしていたら、ごめんなさい。謝りたいんだけれど会えるはずがない。


 だめだ、「醤油が」って渡に言われて、和紙に醤油がたれてにじんでしまったような奇妙な色が頭に浮かぶ。黒色とも違う、なんだか奇妙な色がどんどん和紙の隅にもいきたわる。

 形がなんだか目の下に黒い涙のあるピエロのような悪魔のようにも感じる。体がブルブルってなった。

 そして、それは私の存在の色でもあるんだろうな。


 電車に揺られながら、そんなこと考えていた。

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