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流れる   作者: 白石 瞳
15/56

第15話 夏美の灰色の雨

 私は奥さんが帰ってから、コーヒーも殆ど飲まずに帰った。

 渡が、

「どうしてここに来たんだよ。」

 って、怒ったから。


 だけど、大事そうな書類を忘れて、それを届けるのが悪いのかな。 

「ありがとう」って言わないわけ? 奥さんが居ると知っていたら、私だって行かなかったよ。私だってビックリしたんだから。

 メールしても返信がなくて、それに、お腹すいてないかって心配したんだよ。・・・心配したんだよ、これでもね。


 奥さんとは台所でHするんだろうか。私にしたみたいに急に。嫌がっても。

 ねぇ、渡、教えて。


 違うんじゃないかな。あんなしっかりした感じの人だから嫌なことは嫌だとハッキリ言って、渡も嫌がることはしないよね、きっと。自分の都合で不快な思いをさせないよね。

 ・・・させてる。私だって私の都合で「渡と自分がつきあってることで」奥さんを不快にさせてる。どうしよう、奥さんにばれてしまったら、あの人のことをとても悲しませるよね。



 渡は私みたいな女だから自分のいいようにコントロールしてるのかもしれない。

 部屋を借りて助けたから私は弱い立場なんだ。

 なんとなく、だけど・・・渡は奥さんとはHしてないんじゃないかな。渡のちょっと我儘な所ってずっと住んでる奥さんならわかるよね。だから、そういう所が嫌いで奥さんもHしたいって思ってないし、渡もしたいと思わなくなって相手を探していたような気がしてきた。

 だからといって私が渡とHしてたりお金を遣わせてるのがいいってことじゃない。私は奥さんに対して悪いことをしてるんだ。


 ***


 疲れたなぁ。

 今日、まさか渡はまた来ないよね。スマホオフにして、チェーンして寝てしまおう。

 もしも来て騒いでも、もう放っておくことにするんだ。寝ていて気がつかなかったってね。


 早朝ハッと目が覚めた。

 渡が私を殴って、財布をハサミで切っちゃう夢を見たから。

 わぁ、汗かいてる。最近、よくこんなことがある。悪夢をみて目が覚めて汗かいていたり喉がからからなんだ。


 眠ろうとしても眠れなくて部屋にいるのも寂しくて、またブラブラしようって新宿に出たんだ。人が一杯の所って、新宿は色んなタイプの人がいるから、私が「浮いちゃわない」んだよね。

 これからどうしよう、どこに行くんだろう、ぼんやり考えて歩いていたら知らないうちに夜は歓楽街になる道に入っていた。


 日焼けサロンに行ったような肌で首にゴールドのネックレスつけた若い男が私に、

「時間ある? バイトの話あるんだけど。」

 ウザいからチラシだけ受け取って歩いてると、また別の男がじろじろ見て、

「学生さん? 話だけでも聞いてくんない?」

 やっぱりチラシを渡された。


 そっか、ナンパじゃなくて仕事出来る女を探してるんだ。

 チラシ見ると「高額収入 安心 官公庁届け出有り 優良店」なんて書いてある。

 男と会う仕事なんかしたくなんかない。でも、お金は要るんだよね、あの部屋を出るためには。渡から離れるためには。本当に大丈夫な店なのかって、戻っていくとチラシ配ってた男がまだ立っていた。


 私に気がつくと覚えていて、詳しい話するからって店に入って説明を受けた。

 性病の検査する提携してるクリニックも女医さんがいるし店が費用を出すって。検査して結果がよければ、結果出たその日から仕事は出来るらしい。それに、その時にやっぱり嫌なら仕事を断ってもいいんだって。

 私は検査だけ受けて仕事するかしないかは、その時に考えればいいからってクリニックに行くことにした。話しの通り費用は支払わなくて良かった。一応、本当に優良で届け出のある店なんだ。


 ***


 仕事は、もう割り切った気持ちでしちゃえばいいんだ。どうせ私は汚れてるんだし、嫌なHになれてしまってるから平気なんじゃないかな。そんなことよりもお金が魅力的だったから。早く抜け出したいから。まともになりたいから。

 馬鹿みたい・・・まともになりたいために男を相手する仕事するんだよ。ううん、構わない。

 ただ、渡への言い訳は何て言おうか、それだけが問題だったな。でも、大丈夫だった。昼間にも仕事が出来るから、夜は外すことが出来るって。

 へぇ、男達の欲望って朝も昼も夜も関係ないんだね。昼間は渡も滅多に連絡がないし、内緒に出来るかなって思った。



 女の欲望のための店ってのは、ホストクラブみたいなもののほかにあるかもしれないけれど聞いたことないよ。

 それに、道で女性が男性を襲うなんてないよね。その逆は一杯あるのに。

 こういう所がないと犯罪が増えちゃうものかもしれないのか、だったら店があることには意味があるよね。

 自分でしようと思えば自慰行為は小学生だってするじゃない。でも、相手が欲しいってのがね。Hしたいってだけで、それまで知らない女性でいいからしたくなってしまう。それが店を利用するか襲うかになるんじゃないのかなぁ。男の気持ちなんてわからないや。

 あいつ。ママの恋人も、ママだけで満足できなければ店に行ってくれてれば良かったのに・・・。


 ***


 言われた日にクリニックの病気の結果を聞きに行って、その足で店に行こうと思った。

 決めたけれど、怖くて、考える時間ほしくて何か飲めるところに入ったよ。

 大丈夫。変な客はいないって言われたし、もしも仕事以上のことされたり嫌なことあったら店の人に話せばいいって言ってたなぁ。それも、たぶん、店を信じていいんだろうね。


 自分で自分のことをやるしかない。店に向かった。

 避妊具も使う。念のために月に1度はクリニックで検査。店にも部屋があるみたいだったけれど、客の数が多い時には別の場所に行くみたいだった。その時には部屋に入ったら確認の電話を店にして仕事が終わった時にも連絡をする。何か問題があったり、時間延長の場合にも連絡する、それがルールだった。



 おとなしめの男には大きな声を出して気持ちいい振りをしてた。女なれしてないような男にも。演技なのに男は気がつかないようだった。


 あいつとは違って、とても襲うようにみえない、電車の中で痴漢するとは思えないような普通にみえる人も来る。この人達がどうして外で女と遊びたがるのか最初はわからなかったけど、もしも彼女や奥さんがいて「下手ね」なんて言われていたり、そんなのが原因で家ではしたくなくて店に来るんだったら私が気持ちを満たしてやらないとショック受けるよね。

 遊びだけっていうか性欲だけで来る人もいるけど、まだ女とつきあったことがなかったりつき合い始めてHするのが怖いって男が結構いることもわかった。練習台にって、彼女に嫌われたくないから教わりに来るのって変な気がしたけど、そういう考え悪くはない。自信がないんだからね。彼女のためでも自分のためでもあるんじゃないかって。あるものは利用すればいいじゃん。


 ***


 大抵の男は満足してくれたよ。ちょっと罪悪感は感じたけれど、喜んでもらえるんならそれでいいんじゃないかな。

 違うよ、この仕事に対しての罪悪感なんかじゃないからね。演技するってことについてだよ。


 あのさ、「ソコにそういう仕事がある」から働けるんだよ。

 しかも届け出もしてあって認められてるお店。スーツ着て働くのも総菜屋さんで働くのも同じ「仕事」なんじゃないの? 私は自分の生活のためにちゃんとした所で働いてるの。


 中には、亡くなった親に借金があって仕方なくって女の人もいる。その人は後から知ったらしいけど「相続放棄」手続きすれば借金は返さなくて良かったみたい。やくざみたいな人に脅されたりしてなんとかしなきゃって怖かったらしいし、放棄するって法律知らなかったんだって。

 もう返済しちゃったけれど、思い切り働いてストレス発散するために貯めて海外旅行するんだって言ってる。

 昼間は働いてる人だけど、高校と大学に行った奨学金が何百万かあって生活が苦しくて夜に少しと土日の昼間に店で働く人。

 私みたいに男にやられて精神科いったんだけど、引きこもりになったり周りが冷たい目で見て自分が嫌になっちゃって「もうどうなってもいい」とか。それでだんだんにセックス依存症になっちゃったりした人もいる。


 ***


 昔ってさ、戦争があって。

 その時に家が焼かれたり家族が死んじゃって、誰も助けてくれないし頼れない。食べるものもないし、かといって死ぬことも出来ない。それで男を相手にする人達っていたじゃない。

 いつの時代にも女が哀しい仕事することってあるんだよね。

 そうなんだよ。罪悪感を感じることなんか全然ないんだけれど・・・哀しい仕事には変わりないのかもしれないなぁ。



 青い空に白い雲がもこもこして綿菓子みたいだったのが、白色が少し灰色がかってきて。まだ夕方でもないのに薄暗くなってきた。太陽は顔を隠している。

 晴れた日の夕方は、青が薄くなってもオレンジ色が増えてきてなんとなく綺麗なんだけど。にじんでるわけでもないのに色が微妙に違うのって面白いと思って見てたことあるよ。

 空が画用紙で、でも、きっと人間にはあんな綺麗な色の絵は描けないんじゃないかな。人の力なんてちっぽけだ。

 もうすぐ雨が降るのかな。傘は持ってない。

 土砂降りになればいいと思う、そうしたら私は空に向かって顔を向けるよ。ゆっくりと歩いて体ごとずぶ濡れになって雨の色と同じになればいいのに。

 雨って「水」だけど、透明というよりも灰色に見える。雨の前の雲の色と同じで。うん、体が灰色になってもいいんだけれど、雨にうたれてアスファルトに溶けていかないかなぁ。でなければ、たくさん降られて嫌な記憶が全部、流れていけばいいのに。

 傘は要らない。


 ***


 髪の毛を染めたり色のついたコンタクトレンズ、帽子を深くかぶったり風邪でのないのにマスクする人っているじゃない。私、意味がわかったんだ。なんていうか、そうすることで「自分を変えたい」とか「自分の存在を隠したい」んだよね。


 本当の自分、っていうのって馬鹿げてる。時々、そういう人がいるよね。失敗したり上手くいかなかったのを「これは本当の私じゃないから」ってことにしちゃったり。

 自分のしてることや自分の性格なんかがわからなくなった時に「自分探し」したいとか。わかろうとしないだけなんだよね、きっと幸せすぎて。

 当たり前に生活出来ることが、どれだけ幸せかがわかってないんだよ。

 過去の自分も、今の自分も、失敗したのも、頑張ってるのも頑張ってないのも、どれもが「本当の自分」なんじゃないのかな。

 時々、客の男で「本当の自分がわからない」なんて言ってる人っているんだよね。女性でも、不幸を知らない人にはそう思う人って多いのかもしれないなぁ。


 だけどさ、消えたいっていうのかな、自分の意思で「今の自分があるわけじゃない」ってのが自分ではどうしても認められない人。 自分が悪いわけじゃないのに後ろ指さされるから消えてしまいたい人は、誰の目にも触れさせたくないんだよね、自分を。

 もう、そこまでいくと「本当の自分」というのがわかんないレベルじゃないのかな。

 誰かから受けた傷のせいでこうなっちゃった、だから、いなくなりたいって気持ち、経験したことがない人にはわかんないよね。


 私? うん、私なら髪型と髪の色を変えたよ。

 それが何か?


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