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破壊の風、剣を担いで世界を征く  作者: ぱんだ茶漬
第一章 壁の街での出会い
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6. 守備隊詰め所の犯罪者

「あのさー、俺はいつまでここにいたらいいのかな?」

「知るか。黙って大人しくしてろ」

「……」


 ライエンは、守備隊の詰め所の隅にある粗末な牢に閉じ込められていた。


 石作りの平屋の隅の鉄格子で隔離された空間は、大人がふたり並んで寝転がったらいっぱいになる程度の狭さだ。石が敷き詰めれた床の隅には、掛布とおぼしきボロボロの布がたたんで置いてあり、ライエンはその上に座り込んでいる。あまり使われていないのか、周囲の床には少しばかり埃が溜まっている。


 一緒に連れてこられた宿屋の主人は、申し訳程度に話を聞かれた後、早々に解放された。

 ライエンは、怪しい、態度が生意気だ、言葉遣いが不敬だ目つきが気にくわない顔が悪いと事実無根の難癖を付けられて、解放されずにいる。

 しかも犯罪者扱いで、手には板状の枷を嵌められている。


「まあ、仕方ないか」


 大体において、討伐者の社会的な扱いは悪い。 

 討伐者は、魔族にまともに対抗できる数少ない戦力であると同時に、瘴気をまき散らす害悪でもある。

 人々の理解の外にある魔法を使う、いかがわしい連中。しかも、聖教会が公式には魔法の使用を禁じており、宗教的な批判にも晒されている。


 正気と狂気の狭間、光と闇の狭間を全力で駆け抜けている、人類にとっての諸刃の剣。排除出来ない程度には強く、切り捨てられない程度には必要で、無視できない程度に危険な、まつろわぬ者たち。

 社会を維持する側から、好意を期待する方が難しい。制御不能な危険な生き物を、誰が安心して隣人におけるだろうか。


「犯罪者というか、猛獣扱いだな、これは」


 危険な生き物から連想して、ライエンは今朝出発を見送った、遠征隊の討伐者たちの姿を思い出した。

 整然と行進する兵士たちの後ろから付いてくる、暴力の気配を漂わせた危険な猛獣の群れ。

 

「俺も、周囲からはあんな風に見えているんだろうな……」


 先ほど、宿で突きつけられた、震える剣先。兵士の瞳に浮かぶ、怯えた光。

 

「べつに、俺は怖がられるほど凶暴じゃないんだけど――」


 ――こいつ、邪魔だな。


 頭の中に響く自分自身の声に、ライエンは、はっと目を見開く。

 魔族が宿の主人を投げつけてきた時、受け止めて一緒に倒れたのは何故だったか。

 躱すなり、いなすなり、どうにでも出来る勢いだった。

 あの時、ライエンが何もせずに固まって宿の主人の体がぶつかってくるのに任せたのは、脳裏に浮かんだ考えに驚いたからだ。



 ――こいつ、邪魔だな。


 魔族に右肩を捕まれて、こちらにつんのめるように突っ込んでくる宿屋の主人の顔は恐怖に引きつっている。

 つんのめったせいで、頭の高さがライエンの胸元あたりまで下がってきている。

 背中を向けて逃げようとする魔族を一番早く追いかけるには、間にいるこの無力な男が邪魔で。

 最速の行動は――。


 思い切り右手を振り抜いて側頭部を殴り飛ばす首が千切れない程度に手加減すれば頭の重みに引っ張られて体も横に流れるわずかに半歩左に踏み出すだけで俺は勢いを失わずにそのまま駆け抜けて奴を殺――。



 ぷはっ、とライエンは息をついた。昏い回想をしたせいか、体がこわばっている。

 ごろんと、横倒しに転がった床は、案外冷たかった。

 ライエンは、仰向けに寝転がって天上を見上げる。あの時、直前まで逃げるつもりだったのに、完全に戦闘に呑まれてその気になっていた。


 ――ああ、これじゃ本当に猛獣だ。


 自分の中の凶暴性が嫌になる。そんなものは吐いて捨てて気楽に生きていきたいのに、暴力の世界から離れることができない自分が、時折嫌になる。

 胸の中に溜まった変なわだかまりを吐き出したくて、あ―――――――――と、意味も無い声を上げる。

  

 すぐに、牢番の小太りの守備隊員が飛んできた。不健康そうな小太りで、三日ほど徹夜した子豚のような、愛嬌のある疲れた顔をしている。


「うるせぇ! 黙れこのアタマ討伐者っ!」

「ああああああああああああ――――――――――――――――――――――――」

「だ、ま、れ!」


 小太りが、鉄格子の隙間から長い竿のようなものを突き込んで、ライエンを小突こうとする。

 ライエンは素早く転がって躱し、竿は床を叩く。

 頭を狙ってきた竿を、首を捻ってさっと躱す。

 点の攻撃では躱されると悟ったか、地面を払うように繰り出された竿を、寝転がったまま全身の筋肉を駆使して飛び越える。

 腹を叩くように振り下ろされた竿を、一瞬で尻を軸にした平面回転から横の回転に切り替える機動で躱す。

 狭い室内に、竿が床を叩く音と、ライエンが床を転がり回る音が響く。

 

 もはや本来の目的を忘れた攻防をしばらく繰り返した末に、ついに牢番が根を上げた。ぜえぜえと荒い息をついて、ライエンをにらみ付ける。


「やっと静かになったな……今日はこの辺で勘弁しといてやる」

「こぶちゃんお疲れさま。息が落ち着いたら、また後でよろしく」

「こぶちゃんじゃねぇ! またもねえ!」

 

 ったくちょっとばかり強いからって調子に乗りやがってクソ討伐者が、と牢番が忌々しげに見下ろすのをライエンは涼しい顔で受け止めて、


「俺、いつ頃出れそう?」

「知るか。そこで二、三日大人しくしてろ!」

「いや、それは困る」

 

 明後日は、エレナと会う約束をしている。約束をいきなりすっぽかされたら、あの子は傷つくのではなかろうか。真顔になったライエンに、牢番は意地悪な笑みを浮かべて、


「んー、なんだ困るか? 女か? 女か?」

「女っていうか、女の子?」

「ははっ、しょ、商売女との約束も守れないとか、討伐者様は可哀想だな」

「……いや、商売とかそういうの俺は。それ以前にあの子、そんな歳じゃないし、普通の女の子だけど」

「はい?」


 突然ぷるぷると震えだした牢番を見上げて、ライエンはちょっと心配になる。

 太っていると病気になりやすいと聞いたことがある。何か変な病気の発作だろうか。

 だとしたら、医者を呼んであげた方が良いのではなかろうか。

 ライエンのそんな思いをよそに、牢番は唇を震わせて、


「お、おま、お前、街の女たちの憧れの的である守備隊員の俺が、俺が、が、なのに」


 言語不明瞭、意味も不明。これはますます頭のどこかが壊れたのではとライエンが心配しつつ首をかしげていると、牢番が絶叫した。


「なんで変態討伐者に女がいるんだーーーーーーーっ!」

「――は?」


 ライエンにはまったく意味がわからない。だが、何か誤解がありそうなので否定しておく。


「いや、そういうんじゃないから。何度も言うけど、女じゃなくて女の子だし」

「はい?」


 何故か部屋の気温が下がった気がする。牢番の目が据わっていて怖い。

 討伐者より、こいつの方がよっぽど獰猛な猛獣ではなかろうかと、ライエンは思う。

  

「怒らないから具体的に言ってみろ、どんな子だ」

「うーん、十歳くらいの子で」

「十歳くらいで」

「これくらいの背で」

「これくらいで」

「柔らかい金髪で」

「さらさら金髪で」

「瞳は結構綺麗な明るい緑で」

「瞳がきらきら綺麗な緑色で」

「素直でいい子だよ。あと体重は結構軽めかな」

「……」

「おーい」


 ぶちん、と牢番の頭の中で何かが切れた音がした、様にライエンには聞こえた。


「サラサラ金髪緑の瞳の美少女が断り切れない素直ないい子なのにつけ込んで、貴様は華奢な幼い体にあんなことやこんなことを――」

「いやいやいや。俺そういう趣味ないし――」

「なんてうらやま……けしからん奴だ」

「……あのさ」

「……なんだ」

「こぶちゃんが牢に入った方がいいと思うんだけど」

「……放っとけ。お前、懲役百万年な」


 牢番はじろりとライエンを睨みつけたが、振り返ると背中を丸めてすごすごと牢屋の前を去り、ライエンは牢屋に取り残された。

 向こうの方から、あーどうせ俺なんか俺なんかあー、という声が聞こえてくる気がするが、とりあえず気にしないことにしてライエンは目を閉じた。

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