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破壊の風、剣を担いで世界を征く  作者: ぱんだ茶漬
第一章 壁の街での出会い
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2. とある宿屋の改築工事

 ラストルの街では、夜も西側から順にやってくる。


 高い街壁に囲まれているので、太陽は街壁の向こうに沈む。壁の影が落ちる西側から日が陰るのは当然なのだが、その影響は、町並みにも現れている。

 

 昔々のその昔、偉いお方が言いました。


「昼間のうちから酒を飲んでいるのはけしからん! 夜になるまで酒を飲むのはまかり成らん!」


 それを聞いた街の人たちは言いました。


「夜ってのは日が沈んだら始まるもんだ。つまり、街の西側なら早く夜が始まるってことだよなあ」


 こうして、少しでも早く酒を飲みたい飲み助どもが街の西側に集まって街の西側は飲み屋が多くなり。

 少しでも長く寝ていたい寝坊助どもが東側に集まって街の東側は職人が多くなり。

 飲み助と寝坊助は今日も街の二大勢力として幅を利かせ、両者仲良く女房どもに尻を叩かれている。

 世はなべてこともなし。

 もっとも、飲み助と寝坊助の両方を兼任している勤勉な連中が多いのが、この街の伝統なのだけれど。


 そんなわけで、街の西側の街壁にほど近い宿屋『夜長亭』は飲み助どもの根城として、古くから繁盛している店の一つだ。木造三階建ての一階は酒場で、二階から上は宿屋になっている。酒場で出される料理はどれも女将の力作で、値段の割には味が良いともっぱらの評判だ。


 その夜長亭の前に、樽やら麻袋が満載された、ろばに引かれた荷車が止まった。

 御者台からいかにも農夫といった身なりの男がひょいと身軽に飛び降りて、夜長亭の戸口に立った。農夫は服のあちこちを引っぱって身なりを整えて、どうよ、とロバに見せてから一人でうんうんと頷いて、すり切れた帽子を脱いで一階の酒場を覗き込む。


「こんちわぁ。女将さんおるかね」

「やあ、急にすまないね」


 奥から出てきたのは、恰幅の良い四〇がらみの女。この宿の女将だ。


「うちの大食いの客が、またあれこれ食べ尽くしちゃってね。いつも無理聞いてもらって助かるよ」

「とんでもねぇ、いつもありがたいこって。大食いのお客さん様々でさあ」


 ありがたいありがたいと繰り返す農夫に、女将がいつも通りの場所に食材を置くように頼んでしばらくした時だった。

 ずどん、という地響きがして空気が震えた。木造の宿屋もびりびりと震える。


「あ――?」


 麻袋を担いだ農夫が、ぽかんと口をあけて戸口を見た。

 女将は、わずかに僅かに姿勢を低くして、油断なく周囲を見渡した。

 ずごん、と建物が揺れた。

 農夫が上を見上げた瞬間、ばきゃっ、と上の方で音がした。

 次の瞬間、女将が農夫の首根っこをひっつかんで、壁際に向けてぶん投げた。

 農夫が麻袋ごと宙を舞って、べしゃん、と蛙が踏まれたような音を立てて壁にめり込む。女将は前方に飛んで床をくるりと一回転。片膝をついて止まり、振り返る。


 頭上から、ばきばきばきと立て続けに音がして、砂埃とともに天井が裂ける。

 何かが天井を突き破って落ちてきて、地響きと共に床にめり込んだ。

 もうもうと砂埃が立ちこめて、辺りに飛び散った木片やら石片やら鼠やら何やらが女将が咄嗟に横倒したテーブルに当たり、乾いた音を立てた。

 

 やがて、立ちこめていた砂埃が収まる。

 恐る恐る、テーブルの影から様子をうかがった女将が目にしたのは、天井に空いた四角い穴。

 穴から降りそそぐ光に照らされた埃が煌めいて、光の柱が立っているように見えた。光の柱の根元になる床も四角く陥没して、そこには銀色の何かがひっくり返っていた。


 まるで鎧兜のような銀色の体に、一本角。手足は四本。

 さては見たことない新種の魔族か、と戦慄する女将の視線の先で、一本角がもぞもぞと動いた。

 一本角は両足を脚を振り上げたかと思うと、ぶわっと飛び起きた。

 ずしん、と地響きを立てて直立した一本角は、四角い羽根を背負っていた。

 不気味な、銀色のかぶと虫の戯画のような姿に、女将は一瞬怖気を振るうが――何かが心の片隅に引っかかった。


 かぶと虫は、おもむろに自分の角に手を伸ばした。

 まるで邪魔そうにぐいぐいと引っ張ったあと、力を込めて自分の頭を引き千切る。ぶちぶちと裂けるような音がして頭がもげて、女将は悲鳴を押し殺す。

 銀色の頭の下から現れたのは、若い男の顔。

 そこで、ああ、と女将は思い出す。

 最近街壁に張り付いていた銀色のかぶと虫、変わり者の討伐者の若者がいたことを。


 ――なんだ、人間じゃないかい。


 女将がほっと胸をなで下ろした時、若者が名状しがたい悪態をついて、一本角の兜を床に叩きつけた。

 ちぎれた革帯を触手のように踊らせながら、兜が床を転がって派手な音を立てた。

 テーブルにぶつかって気絶していた鼠がその音で目を覚まして、慌ててどこかに走り去る。

 若者は天井を見上げた。

 その目は血走り、怒りの形相を浮かべた顔はどす黒く染まっていた。

 

 ――あ、これ関わったらいけない奴だ。


 長年の経験で、女将は危険な討伐者を何度か目にしていた。

 目の前の若者は、討伐者の『業』に呑まれて正気を失った状態。下手に関わり合ったら怪我をする、危険な手合いだ。

 

 不意に、若者が血走った目で周囲をねめ回した。

 一階の奥の階段に目を留めると、悪態をつきながら突進する。

 大股に三歩で階段までたどり着き、一足飛びに階段を上――がろうとして、一段目を踏み抜いた。

 木製の階段は、重装備の若者の重さに耐えきれなかったらしい。

 若者は階段にめり込みながら、さらにもう一歩上がろうとして、ずべしゃっと床にめり込んだ。


 不気味な沈黙。


 若者が、ゆらり、と女将を振り返った。

 女将は八つ当たりはご免だと、慌ててテーブルの影に身を隠す。

 若者が再び階段に向き直る。

 雄叫びと共に背中の鉄板を引き千切って、今度こそ階段を駆け上っていく。



 若者――ライエンは、二歩で二階に到達し、三歩目で二階の床に足型をくっきりと付けて、四歩目で三階へ到達した。

 目の前の扉を蹴破る。

 

 部屋の中央には、天上と床をつなぐ四角い縦穴が空いている。

 縦穴の向こう側には寝台があり、その上に女の子が座り込んでいる。女の子は呆けた顔で、天井に空いた四角い穴を見上げている。

 ライエンは衝動のままに縦穴を飛び越えて寝台に飛び乗って、女の子にゆっくりと手を伸ばす。


 歯を剥いて血走った目をするライエンに間近に迫られながら、不意に、女の子はにっこりと笑って、


「お兄さん、『憤怒』なんですね……ちょっとごめんなさい」

 

 小さな手を伸ばしてライエンの顔の前で何かを掴むような仕草をした。

 その手を引き寄せて、小さな口をあけてぱくり。

 もぐもぐごっくん。


「ごちそうさまでした!」

「――え?」


 一瞬前とは打って変わって、毒気を抜かれたような表情で呆然としているライエンと、いたずらっぽく笑っている女の子。

 やがて、ライエンはぽつりと呟いた。


「人を狂わせる瘴気を清める聖者の力……じゃあ、君が聖者の孫、なのか」


 女の子はちょっと寂しそうに笑った。

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