体験入部初日⑦・模擬試合
やがて一年生全員が射撃を終えたようで、鳴海先輩は的になった空き缶やパイプ机を手際よく片付けていく。一通り終えて手を払うと、今度はわたし達一人一人に手際よくソードの柄を手渡していく。
相変わらず至って簡素な作りをしていて飾り気が何もない。機能美を讃える人もいるだろうけれど、わたしにとってはあまりに味気が無さすぎてストラップの一つでも付け足したくなるぐらいだった。どうやら他の一年生達も同じ考えのようで、柄だけに感無量になる人はいなかった。
「それじゃあ次にソードを使ってみましょうか。これもシールドやスタッフと同じで念じれば刃が構成されるわ。注意しなきゃいけないのは刃が出る方向に必ず人がいないって確認する事。シールドがあるからって油断しないでね。毎年それで事故が絶えないんだから」
「えっとぉ、こうですかぁ?」
わたし達はそれぞれソードを展開させる。柄の石突側から切先まで大体一メートル十センチぐらいだろうか? 刃は色がついていて概ね明るい緑色なのだけれど個人でわずかに色の濃さや色彩が異なっているように見える。誤差の範囲内と言ってしまえばそれまでだが。
「長さは竹刀で言うサブヨン、百五センチぐらいかしらね。背の高さに応じて長くしていった方が打突が上手くいくのは剣道と同じって考えてもらっていいわよ。ちなみにソード自体の長さには年齢制限があるんだけれど、ソードの形状によって細かく定義されているわ」
「と、言いますと?」
「フェンシング経験者用にフルーレやエペ、だったかしら? みたいな形状のソードもあるし、槍やなぎなたのように刃を短くして柄を長くも出来るのよ。あと逆に小太刀やナイフみたいに短くも出来るし。ま、要するにやりたい放題ってわけ」
さっきの知立さんの説明を補足した形になったけれど、これで彼女はなぎなたスタイルで魔砲競技に望めるわけだ。ところで少し気になったけれど、鳴海先輩って説明する時に左手を右ひじに添えて右上腕部と人差し指を立てる癖があるようだ。
ところで一つ気になったので、鳴海先輩の言葉が止まるのを見計らってわたしは手を挙げた。
「副隊長。ソードって一選手一本までですか?」
「それも長さによって規定があるわね。標準のソードだと許可されているのは二刀までよ。けれどやっぱり両手使った方が力と速度が乗るから剣道で言う太刀と小太刀みたいな形になるかな。中国映画とかで見るような剣二本持ちする場合はやや短いソードを使うわね」
「この学校には二刀流の使い手っているんですか?」
「昔はいたらしいんだけれど今はいないわ。残念だけれど二刀流したくても私達じゃあ上手く教えられないわね。多分初心者は大人しく標準品を選択しろって言われるのが関の山よ」
ソレは残念。けれど竹刀や木刀を握ったのは今日が初めて。むしろ丸めた新聞とか箒を使ってチャンバラすらやった事ないわたしにとっていきなり別のスタイルに手を伸ばすなんて無謀すぎる。やっぱり大人しく普通のソードから始めるべきだろう。
と思っていたら、鳴海先輩の視線が一年生の一人に止まっていた。少し身体を傾けてそちらの方を見てみると熱田さんはわたし達の標準品よりやや短い、大よそ六十センチほどのソードを二本手にしていた。言っていた傍からの二刀流に鳴海先輩は口に手を当てて驚いていた。
「小太刀二刀流なんてまたマニアックな……。言っておくけれど私達じゃあ指導出来ないわよ」
「でもでも、あたしって見ての通り背丈もリーチも短いのでこうするしかないんですよ」
「確かに普通のソードでも明らかに不利になるんだから、逆に刃を短くして小回りが利くようにするのは有りと言えば有りね」
鳴海先輩はわずかに目を細めると熱田さんに前に出てくるように手振りをした。熱田さんは首を傾げながらも前へと歩み出る。わたし達一年生の前で二人は間合いを取って相対する形になった。鳴海先輩は唇の端をわずかに吊り上げて熱田さんを見据える。
「ねえ熱田さん、折角だから一度勝負してみない?」
「ええっ!?」
驚愕する熱田さんを余所に鳴海先輩はやや興奮しながらなおも続ける。
「長距離射撃に二刀流なんて普通から完全にかけ離れた独自のスタイルを習得しているんだもの。魔砲を何年間もやっているのよね?」
「あ、はい。そうですね」
「じゃあさ、一回試合してみましょうよ。スタッフは抜きにしてソードだけでいいからさ」
「……分かりましたっ。受けて立ちます」
若干の間をおいて熱田さんも笑みを浮かべながら力強く頷いた。テレビではない直の魔砲の試合にわたし達一年生は興奮の渦に包まれる。わたしもわくわくする気持ちが湧き上がってくるのを実感して自然と笑みがこぼれてしまう。
熱田さんは一旦ソードの刃を消して両方の柄を左手に持ち直した。二人は一礼してから三歩ほど歩み寄り、刃を再び展開してその場にしゃがみ込んだ。
「しゃがんだのではなく蹲踞ですよ。剣道の試合は見た事ありませんか?」
「いや無いな。魔砲っていつもあんな事するのか?」
「日本においては魔砲は武道の一つと考えられていますから、ソードのみの試合ではあのようにすると聞いた覚えがあります。海外では柔道のように一礼してから試合開始のようですが」
「へええ、そうなのか」
知立さんと言葉を交わしている間に熱田さんと鳴海先輩は立ち上がった。鳴海先輩は剣道でよく見る正眼の構え、だったっけ? 対する熱田さんは小太刀を二本とも前に構えているけれど、左手側は相手の喉元、右手側は相手のみぞおちに剣先を向けている。
ただお互いに相対したまま終始無言。二人とも剣先を少し動かしたりお互いの間を中心に少しずつ回ったりするばかりで、牽制と駆け引きをするばかりだった。
「……何か柔道とかの試合を見ているような感じなんだけれど?」
「スタッフが無ければそうなるのも致し方ありません。ただ牽制の掛け声が無いのでどうも寂しいですね」
「掛け声って奇声を発する、みたいなだったっけ?」
「あれは相手への威圧や集中力向上の意味があってれっきとした技ですよ。ただ魔砲では単なる手段の一つに過ぎないソード一つに注力するのはまずいのか、掛け声は特に訓として無いんだとか」
難しい事言われてもあまり頭に入って来ないけれど、とにかく二人はソード同士が触れ合わない距離で相対したまま相手の隙を窺っているようだ。
先に動いたのは熱田さんの方だった。彼女は腹から気迫あふれる声と共に間合いを詰める。左手首と腕をわずかに動かして狙う先は先輩がソードに沿える右手だった。熱田先輩はソードを無駄の無い動きで右方向に払って攻撃を弾こうとするものの、その前に熱田さんの右手側のソードと激しく衝突した。
彼女の左手側ソードは先輩のソードをレールのように柄を掴んだ右手めがけて滑っていく。先輩は足で踏み込むと、一歩大きく下がって間合いを広げた。熱田さんの小太刀は空を切るものの、振り切られずになおも剣先は先輩の胴を捉えたままで止まる。
熱田さんはそのまま飛び込んで間合いを詰めようとはせず、二人の間は再び広がった。
「鳴海先輩、鍔を付けなかったのは失敗だったんじゃあないです? 指狙いたい放題ですよ」
「鍔迫り合いまでもつれ込む接近戦なんて滅多に無いものでね。そう言う熱田さんのソードの柄に鍔が付いていたのはそう言う意味なのね」
「遠距離狙撃しかスタッフが使えないですからそうした小手先の技術は覚えていきましたよ」
「確か追加部品で鍔もあった筈だから検討させてもらうわ」
今度は鳴海先輩の方が飛び込んだ。普通にソードを振り上げて普通に下ろす、良く分からないけれど正に模範とも言うべき姿勢の飛び込み面にわたしには見えた。鳴海先輩にはギリギリで届いて熱田さんには届かない絶妙な距離からの攻撃だった。
熱田さんは正面から受けようとせずに左手をあげてソード同士を斜めに接触させ、勢いをそのままに先輩のソードを受け流していく。と同時に彼女も下げていた左脚を踏み込んで右側のソードでみぞおち向けて突きを繰り出した。
激しい火花が飛び散るのは鳴海先輩の左胸やや下あたり。熱田さんのソードが鳴海先輩の身体を捉えて突き刺していたのだ。
「ひぃっ!?」
「決まった……!?」
「いえ、まだですね」
シールドがあるとは分かっていてもその光景は惨劇を連想させて直視できない一年生もいるようだ。腹への直撃で勝負ありかと思ったら驚くべき事にまだ試合は終わっていないようだ。
なんと鳴海先輩は飛び込んだ勢いをそのままに熱田さんへと身体ごとぶつかったのだ。鍔迫り合いにも発展せずに鳴海先輩は身体と腕の力で熱田さんを押し出した。さすがに身体の大きさの差もあって熱田さんは後ろへと大きくよろめいてしまう。
「はああっ!!」
そんな怯んだ熱田さんへ、鳴海先輩は声をあげてソードを正面打ちで一閃させた。
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