体験入部初日⑤・魔砲見本打ち
「素振りの回数も増やしていくつもりだからそのつもりでいてね。さて、それじゃあいよいよスタッフの取り扱いに移りましょうか」
素振りも終わって腕が棒のようになって上がらなくなっているわたし達へと鳴海先輩は六人分のスタッフを持ってきた。六本とも全長は大体八十センチ前後だろうか? 至ってシンプルなデザインに統一されていて、必要最低限の機能だけ備えましたと言わんばかりだ。
ちなみに鳴海先輩も熱田さんも自分の道具は背負いっぱなしで準備体操やランニングを行っていたので、そのうち装備品一式を身に着けた状態でやるのがデフォルトになりそうだ。
「これがルール上定められている標準的なマジックスタッフよ。値段もお手頃だから、自分専用の奴を買いたいならお小遣いとお年玉を総動員して二、三年分かしらね」
「本当に箒ぐらいの長さなんですね」
「ちなみに高校生になると一メートル程度が標準になるから、そっちをあえて選ぶ人もいるわ」
スタッフは棒の先端にクリスタルがはめ込まれたもので、ファンタジー作品で良く見る造形だろうか。ただ、確かプロ選手でこんなダサ……もとい、質素な作りものを使っている人はいないから、本当に初心者向けなんだろう。
説明する鳴海先輩がベルトをかけて背負っているスタッフは高校生標準と言われた長さ一メートルほどのもので、ややクリスタルをはめ込む箇所の趣向が凝らされた造りになっていた。
「あのぉ、スタッフが違うと何が違うんですかぁ?」
「銃と同じで射程距離と威力、それに連射性能が全然違うのよ。大きければその分飛距離は出るし高い威力を発揮するけれど、小回りは効かないし連射できないしね。逆に拳銃サイズのワンドを好む人もいるけれど、狙撃にはあまり向かないわ」
「へ、へええ、そうだったんですかぁ」
「どれが合うかは標準のを使い慣れてから試してみるのをお勧めするわ」
んー、わたしは別にこれぐらいで丁度いいかな。たまに行くゲームセンターの射撃ゲームとかだともうちょっと短いコントローラーだったし。まあ実際に実物を触って撃ってじっくり確認していくのが一番だろう。
「ちゃんとした射撃訓練場もあるんだけれど、今日はこれでいいかな」
鳴海先輩はいつの間にか傍に用意していたパイプ机を展開し、その上に空き缶を並べていく。そしてわたし達を連れてその机からやや離れた位置に移動した。ここからだと空き缶が米粒みたいに小さく見えてしまうな。
「それじゃあ早速撃ってみましょう」
「えっ? スタッフを使う前に練習とかは?」
「それも大事なんだけれど、今日は体験入部なんだし一番美味しい所を味わってもらおうかなって。これで楽しいって思えてもらえたら嬉しいわ」
先輩はわたし達に標準的スタッフを手渡してきた。平均身長なわたしには丁度いい大きさだけれど、背の高い知立さんにとっては八十センチでも水鉄砲玩具に見えてしまう。勿論大きければいいってものでもないので素人なわたしの偏見でしかないが。
先輩は一歩前に進むと、スタッフを両手で持って肩付近で構えを取った。その姿は海外ドラマで目にする機動隊が銃を構える姿を思い起こさせた。魔法少女と銘打ちながらやってる事は兵士とそん色ないのはどうかと正直思ってしまった。
「まずわたしが見本を見せるから見ていてね」
「鳴海先輩、すみませんがスタッフにはトリガーが無いように見えるんですけれど、どうやって発砲するんですか?」
「念じればスタッフのクリスタルが反応して発砲されるわ。練習を重ねたらそのうち手足を動かすみたいに出来るようになるわよ」
「へええ~」
鳴海先輩は目を細めて遠く離れた空き缶を捉えると、杖を自分の目線まで持ち上げて水平に構える。その姿は海外ドラマで見るような銃を構える軍人や特殊部隊所属の警察官を連想させる。
そんな姿を見た一年生の一人がおずおずと手を挙げた。
「あのぉ先輩。スタッフって先の方を相手に向けないと駄目なんですかぁ?」
「念じて攻撃する方向を変えられるスタッフもあるけれど、そんな高価な物は学生じゃあ手が届かないわ。余計な機能付けるせいで威力が弱くなるし。だから出来る限りスタッフの先を相手に向けた方がいいんだけれど、そうなるとこんな感じな構えになっちゃうのよね」
「魔砲少女って呼ばれてるのに兵隊さんみたいになるのはちょっとぉ……」
「んー、じゃあこんなのはどうかしら?」
鳴海先輩はスタッフを一旦下ろすと脇に構え直す。先輩は深く呼吸を取ると斜め上方向にスタッフを振るう。すると丁度空き缶の方向に光の弾丸が発砲された。重火器のような音ではなく呻ったような音が聞こえた、と表現すればいいんだろうか? 光弾は吸い込まれるように空き缶に命中して跳ね上げる事なく大きな穴を開ける。
わたし達は一斉に「おおっ」と声をあげた。鳴海先輩は照れくさそうに笑って頭を掻いた。
「お見事です。練習すれば誰でもそのような芸当が出来るように?」
「いやあ、格好つけて久しぶりにやってみたのはいいけれど上手く当たるものねー。練習すればあさっての方向に飛んでいく失敗も少なくなるけれど、やっぱり普通にした方が楽だし確実なのよ」
だからこそ『魔法』じゃあなくて『魔砲』なんでしょうね、と鳴海先輩はつぶやく。それは決して魔砲の技術がファンタジーの延長ではないんだと主張したいように思えた。例え魔砲の原理が未だ明らかにされていない部分があっても、だ。
「みんなも練習すればこれぐらい出来るようになるわよ。それじゃあまずは熱田さんからやってもらっていい?」
「分かりました」
熱田さんは背負っていた道具袋から長い棒状の何か二本を含む何らかの部品を取り出していく。何をするんだをわたし達が首を傾げていると、熱田さんは鼻歌混じりに慣れた手つきでそれぞれを組み立てていき、あっという間にそれはマジックスタッフへと早変わりした。
けれどわたし達が手にする八十センチ長さのシンプルで無骨なスタッフではなかった。長さはもしかしたら知立さんの背丈……いや、それ以上の百七、八十センチぐらいだろうか? クリスタル周囲の造りも大掛かりで、その有り様はまるで映画でしか見た事の無いロングバレルライフルのようだ。
更に熱田さんはスタッフに取り付けられていた二脚を展開して地面に置いた。熱田さんは凝った形状と彫り込みがされている持ち手を左手で握り、更に右腕で抱えるようにしてスタッフを身体にも固定させた。
あまりの異様な光景に鳴海先輩すら驚愕で目を見開いている。
「超遠距離狙撃用のロングスタッフ!? 嘘、うちの部にもそんなの扱える人いないわよ」
「えへへ、凄いでしょう」
口調は嬉しそうだったけれど、熱田さんから先ほどまでの親しみ深さが鳴りを潜めていた。代わりに空き缶を見据える眼光は射抜くほどに鋭いものとなっていた。
そして熱田さんのスタッフから光弾が射出される。それは瞬きにも満たない時間をおいて甲高い音をさせて空き缶に命中する。先ほど先輩の射撃が中央を貫通したのとは違い、熱田さんの狙撃は空き缶の下部の一部を除いて消し飛ばしていた。
「んー、ちょっと距離が近すぎて戸惑っちゃった」
「熱田さん、射程距離ってどれぐらいなの?」
「今年の冬試した時は一キロメートルぐらいならかろうじて安定して、でしたっけ?」
「い、一キロ……視界が確保出来たら一方的に相手選手を倒していけるじゃあないの……!」
一キロって途方もない遠くじゃあないか。もしかしてその杖に取り付けられている筒状の物体ってスコープなのか? 今回はプールの端から端ぐらいの距離だから肉眼で対象を捉えたのか。狙撃って言うと漫画とか海外ドラマだと数百メートルって感じだったけれど、違うのかな?
「狙撃に特化した大口径になると飛躍的に有効射程が伸びるけれど、取り回しが効かないのが欠点なのよね。奇襲を受けたらそれでもうお終い。後はソードでの近接戦闘に頼る他なくなるわ。それでも遠距離狙撃専門が一人いるだけで戦術の幅はかなり広がるわ」
「でも遠距離専門になると癖が強すぎますから、この学校の戦法に合うかは別問題ですよね? 合わないんならその標準品にしますけれど」
「いえ、優れた腕があれば副隊長権限でチームにねじ込んでも問題ないわよ。その辺りは夏の大会までに見極めさせてもらうから」
「そ、そうですか! やったぁ、中学でも狙撃でやれるんだ!」
「え、ちょっと熱田さん……!?」
熱田さんはジャンプしてはしゃぐとわたしの手を取って小躍りを始めた。悪い気はしなかったので驚きと戸惑い交じりで彼女が満足するまで付き合っておいた。
自分のスタイルを環境が変わっても貫き通せるんだからそれは嬉しいだろう。わたしもこうして魔砲とは限定しないで誇りたいスタイルが出来るものなんだろうか?
お読みくださりありがとうございました。