体験入部初日④・ランニングと素振り
わたし達が準備体操と柔軟体操を終える頃には一年生経験者組は筋力トレーニングを始めていた。みんなそれぞれ腕立て伏せや腹筋を行っていくものの、回数を重ねるごとに段々とペースが落ちてくる。
先輩方はそんな経験者組を尻目に各々が木刀を持って素振りを開始していた。ソードじゃあなくてわざわざ木刀を持ち出したのは、怪我をしない為かそれとも無駄なクリスタルのエネルギーを使わない為か、はたまたは木刀の方が重いとか?
「あー、アレね。初めからあんな回数やるなんて無理よ無理。毎日適度に回数こなして徐々に積み重ねていかないと。限界以上やって次の日全く動けませ~ん、てなったら身も蓋もないしさ」
鳴海先輩はわたし達に二人一組になるよう指示を送って軽い筋トレを開始させる。明らかに先輩方がこなしている回数より減っているけれど、これがわたし達にとって適当なんだろう。向こうを見れば名屋先輩が疲れ果てた経験者組を休憩させている間も黙々とセットをこなしているようだ。
わたし達は程よい疲れの果てに筋トレを終える。熱田さんや鳴海先輩があまり息が上がっていないのは不思議でも何でもなかったけれど、知立さんも汗を少し流しているぐらいで平然としたままだった。
「それじゃあ次はちょっと走りましょうか。この敷地の端から端までをあっちの方向に往復すれば丁度二キロメートルだから」
「に、二キロも……!?」
一年生の誰かがそんな驚きの声をあげる。
そうだよなあ。中学校の体育の授業でやる長距離走だって確か一キロ半だって聞いた覚えがある。なのに魔砲そのものの訓練の前段階で二キロも走らされたんじゃあたまったもんじゃあない。……なーんて考えているんだろうなあ。
「そうよ。持久力をあげておかないと数時間にも渡る試合時間の間体力がもたないからね」
「あの、先輩方が竹刀で素振りをしているのは……」
「ああ、私達は朝練で全部のメニューこなしているから。有料で時間制限のある敷地を使った練習は最大限生かさないとね。体験入部期間中の一年生は朝練禁止らしいけれど、本入部したら早速朝練に参加してもらうから」
「は、はいい……」
鳴海先輩は手を叩いてからわたし達に背を向けて手招きし、次には先ほど指し示した方向へと駆け出した。わたし達も彼女の後を付いていくように走り始める。
先輩の走行ペースはそこまで体育の成績が良くなかったわたしでも何とか付いていけるぐらいに落としてくれていた。往路はそれほど苦も無く敷地の端まで到達し、鳴海先輩はフェンスにタッチすると踵を返す。わたし達も真似をして往路を終えていく。
「はい、じゃあ一番後ろの子は走って私の前に来て!」
「えっ!?」
わたしの後ろにいた子が鳴海先輩の指示に息を切らせながら驚きの声をあげた。彼女は意を決したのか大声をあげながらわたし達や先輩を追い抜いていく。
「はい、じゃあ次の一番後ろの子は先頭に行って!」
「は、はい!」
次はわたしが足をあげながら全員を追い越して先頭に立った。体力が持つようにペースを維持していたのに短時間とは言え全力疾走したものだから、疲れと息切れが半端なくわたしを襲ってくる。もしかしてこれもトレーニングの一環か?
「はい、じゃあ次やって!」
「はい」
そして知立さん、熱田さん、そして他の同級生達が一通り先頭になると、最後は鳴海先輩がみんなを追い越して先頭に戻った。わたし達は何とか置いてきぼりにされずにへとへとになりながら先輩に追い縋る。
「本当なら復路はこれを順次交代で行いながらこなすんだけれど、仮入部中は一回ずつでいいわ。あと往路は何もせずただ黙々と走ったけれど、本当は歌いながら走ってもらうから」
「う、歌いながら、ですか?」
「そうよ。ランニング時の歌は後で何曲か教えてあげるから」
うへえ、それは大変だ。トレーニングが終わった時点でもう体が動かなくなって練習どころじゃあなくなってしまいそうだ。
しばらく走っていると、さすがにペースが落ちてきた。無理もない、まだ体育ぐらいしか身体を動かす機会の無かった子達ばかりなんだから。わたしは習い事で少し身体を動かしているからまだ付いていけるけれど、それでもさすがに辛くなってきた。
「んー、今日はこのぐらいでいいかしらね。クールダウンする為にもここからは歩いていきましょう」
そんな有様なわたし達を後ろを向いて確認した鳴海先輩は少しずつペースを落とし、最後にはウォーキングぐらいになった。今にも倒れそうな子は身体をよろめかせながらも何とか歩いて先輩へと付いていく。わたしも速まってしまった呼吸のペースを戻そうと深呼吸して肺に空気を送る。
「三年生にもなれば十キロとかも難しくなくなるから、地道に体力を伸ばしていきましょう」
「じゅ、十キロ……」
やがてもう完全に気力だけで持たせていたわたし達は最初の出発地点に戻ってくると、そのまま身体を崩してへたり込んでしまった。もう同級生の一人なんてそのまま仰向けに倒れてしまう。ただ途中から歩いているだけなので幾分かは楽になっているようだ。
「それじゃあ素振り用の木刀持ってくるからみんなはそこで待っていてね」
「あ、あたしも手伝います!」
「ん、じゃあお願いしていいかしら?」
「はいっ!」
息を軽く乱しただけだった熱田さんが鳴海先輩に付き従って管理事務所へと向かっていく。その間わたしは何とか起き上がって屈伸を行う。知立さんも手をついてわたしに並んで屈伸を始めた。
「一キロ半も走っているのにそこまで疲れた様子を見せないんですね。筋トレもそつなくこなしていましたし、もしかして別の競技をやられていました?」
「いや、週一でプール教室に行ってただけだね。あとは寝る前に柔軟してたぐらいで筋トレとかはさっぱりさ」
「成程、そうでしたか。基礎が出来ているなら十分にやっていけるでしょうね」
「そう言ってる知立さんの方こそどうなのさ。顔色一つ変えないで淡々としているじゃないか」
「感情が顔や身体に出ないだけで十分疲れていますよ」
わたしは体操服のズボンに挟んでいたタオルを抜いて汗を拭いた。知立さんは体操服の袖で額の汗を拭い取る。先ほどまで長くたなびいていた髪は首の後ろで団子にまとめ上げられていて、うなじが妙に色っぽいなあ、だなんて馬鹿な感想が頭に浮かぶ。
「ところで、豊橋さんはやはり熱田さんに誘われてこちらへ?」
「そうだな。熱烈に誘われたものでつい乗っちゃった。別に断る理由も無かったからいいかなーって。そう言う知立さんはどうなのさ?」
「私もやはり彼女に誘われただけです。でなければ部活に取り組むつもりはありませんでしたから」
「そうなの? 知立さんぐらいの背丈があったらバスケとかバレーとかで大活躍しそうじゃん」
「背が高いだけで出来る競技ではありませんし、そうやって決めつけるのは偏見ですよ」
「ご、ごめん。そんなつもりじゃあなかったんだ」
慌てて頭を下げるわたしに対して知立さんはくすりと微笑みかけた。これで本当に同級生なのかと思いたくなるほど大人びていたので、わたしは軽く驚いてしまった。
「冗談です。いじわる言ってしまいましたね。どうやら副隊長と熱田さんが戻ってくるようですが、さすがに二人で木刀八本は持ちにくいようですね」
「ああ、そうだな。ちょっと手伝いに行くか」
わたし達は木刀を四本抱えて落としそうになっている熱田さんの方へと駆け寄っていった。
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