西東京の強豪校との対面
西東京からやってくる対戦相手の深沢学園は土日を跨いで四日間ほどこちらに滞在し、各校と練習試合を重ねていくらしい。とは言っても移動時間で片道四時間は潰れるし、折角なので観光も少ししていくそうなので、実質試合に費やせるのは二日間ほどだろう。
わたし達も当日は朝練と変わらない時間に駅前に集合し、電車に揺られてやや郊外に出る。いつも練習場として使っている勝手知ったる場所ではあまりにこちらに有利になるので、違った試合会場を選んだとの事だ。
「そう言えばさ、試合って決められた会場でしかやらないのか?」
電車にいる間あまりに暇だったので、隣で舟を漕いでいた神薙に聞いてみた。最初は間の抜けた声しか出さなかったものの、次第に頭が覚醒していくのが目に見えて分かった。
「えっとねー別にそんな事ないよ。要は魔砲装備を運用出来るパイロンクリスタルがある場所ならいいから、ゴルフ場を借りたり山奥でサバイバル同然にやったり、広い砂浜を使う時もあるし」
「砂浜かあ。海の中まで試合会場に含まれてたら相手フラッグまで潜水で近づいて強襲とか、砂に潜り込んで待ち伏せとか面白そうだな」
「穂香ちゃん考えが汚いって」
まあ、確かにかの有名な鳥取砂丘でもない限りそう砂浜は広くないだろうし、普通なら戦術面よりチームの練度が物を言うんだろうな。ちなみにトラップの類は禁止なので落とし穴とか石つぶてとかは駄目らしい。スポーツなのだから限られた中で勝利条件を満たせ、だろう。
最も、直接攻撃が駄目なだけで関節攻撃は黙認されているけれど。例えば木をソードで相手に向けて切り倒すのは駄目でも進行方向を阻むのは問題無かったり、砂浜に光弾を撃ち込んで砂を舞い上げたりはしてもいいんだとか。いいのかそれで?
「他にも廃村を試合会場にする時もあるし、大きな大会だと市街地戦もやったりするんだ」
「市街地で戦ったら大損害じゃあないのか? 建物とか道路の舗装とかお店とか色々まずいだろ」
「そこはパイロンクリスタルで極力被害が出ないようにするんだって。日本じゃああまり浸透してないけれど、海外だと魔砲損害保険とかがあるぐらい市街地戦が活発みたいよ」
「ま、マジか……」
とんだ無茶苦茶だな。けれど普段は人が大勢行き交う街中をわたし達だけで独占した上で自由に暴れ回れるとか爽快どころの話じゃあない。それに森とか丘陵とはまた違った戦術を組めるから楽しい試合になる予感しかしないな。
そう話している内に電車は目的の駅に到着、わたし達は路線バスに乗り換えて目的の練習場に向かった。相手チームは遠征なのもあって貸切バスを手配していて先に到着していた。後で聞いた話では全員で都度と交通費を払うよりそっちの方が総合的に安く済むんだとか。
「やーやー岡崎。この間やった春の選抜大会以来かー?」
わたし達の到着に気付いた相手チームの一人が手を振りながらこちらへと駆け寄ってくる。やや背が高めで活発な女子は岡崎隊長に気さくな笑いを送った。岡崎隊長は丁寧な物腰で静かに頭を下げた。
「北野さん、お久しぶりです。遠路はるばる来ていただきありがとうございました」
「いいっていいって。こっちは学校のお金で旅行出来るんだからいい思いさせてもらってるし?」
「調子はどうです? 今年も優秀な新入部員を獲得できたようにお見受けしましたが」
「そりゃあバッチリさ。多分あたし等の代よりウチは強くなるだろうね」
「こちらも幸いにも戦術の幅が広がる子が入ってきましたので、来年が楽しみですよ」
「おー、幸先いいじゃないか。今から楽しみにさせてもらうよ」
二人はお互いに気心知れた仲であるかのように言葉を交わす。いや、実際毎年交流試合を行うぐらいだから普段から連絡をやりとりしているかもしれない。北野と呼ばれた人がとても気さくなのもあると思う。
程なくもう一人こちらへと歩み寄ってきて、今度は鳴海先輩の真正面に立った。北野さんと比べると物静かな感じだけれど、寡黙の中でも確かな芯が通っているような印象も覚えた。彼女は自分の眼鏡の縁を指で持ち上げ、鳴海先輩を見据える。
「久しいな鳴海さん。そちらの隊長殿はいつもと変わらぬようで安心した。いや、むしろ目の上のたんこぶだった上級生がいなくなって少し大らかになったかな?」
「久しぶりね鳥山さん。試合の映像見させてもらった限りでは順調みたいだけれど、調子はどうかしら?」
「可もなく不可もなくだな。去年の今頃と比較しても進歩はある実感はあるが、かと言って全国制覇まで届くかと問われたら非常に懐疑的だ」
「うちも残念ながら中々そこまで手が届きそうにないのよね。うちって公立中学だから四六時中魔砲漬けってわけにもいかないし」
「勉強を疎かにして選択肢を狭めたらそれこそおしまいだろう。魔砲で食べていける人は限られているんだしな」
こちらもお互いに穏やかに会話が弾む。北野と鳥山、確か昨日のミーティングで現在の深沢学園の隊長と副隊長のコンビだったか。上同士の関係が良好なら今日の試合は感情や思念に振り回されない正々堂々としたものになるだろう。
「この試合が終わったらどうされるんです?」
「とりあえず午前中は観光で、お昼ご飯食べてから帰るつもりだ。ミーティングは東京までの新幹線の中だなー」
「成程、試合開始は丁度八時ほどで? まだわたし達はストレッチも出来ていませんし」
「こっちも体操すらしてないからそうしてほしいかな。どうせ集まってるんだし一緒にやるか?」
「それはいい考えですね。そちらとは単なる対戦相手以上に絆を深めたいですし」
「ははっ、それはあたしもだよ。折角先輩方がこうした関係を築き上げたんだから大事にしていきたいしね」
二人の隊長の合意により準備運動と軽い筋トレは合同で行う事になった。試合だからっていきなり身体をトップギアまで持って行ってもまともに動かないし壊してしまうものだ。なので時間を設けてある程度汗を流して身体をほぐしてからになる。
列は自然と半分が自分達那古屋南、もう半分が深沢と分かれたものの、偶然にも列の端になったわたしは深沢学園の人が隣になった。隣になった少女の顔には見覚えがあった。何しろわたしが昨日試合の動画を見て気になっていた一年生の魔砲少女、高尾さんだったから。
「ごきげんよう。今日はよろしくお願いしますね」
わたしの視線に気づいたのか、彼女は絵画に描かれる貴婦人のように微笑んで、とても丁寧な物腰でこちらにお辞儀をしてくる。わたしのクラスはおろか同級生にもいないだろう上品さが伝わってくる。わたしは何とか自然に振舞いながら笑みを返して頭を下げた。
「初めまして。こちらこそ今日はお願いします」
「私めは深沢学園中魔導部一年の高尾清風と申します。以後お見知りおきを。ああ、同級生ですしどうか気さくにしてくださいね」
「……んじゃあ遠慮なく。那古屋南中魔導部一年の豊橋穂香だ。どうもわたしを知っていたようだけれど、やっぱり事前に調べてたのか?」
「ええ、おそらくそちらもしているように私共も相手チームの研究は常に行っていますので。優れた狙撃の腕を持つ同じ一年生、となったら意識もするでしょう」
確かにわたしはこれまでの練習試合に積極的に取り組んだ。能ある鷹は爪を隠すとは言うけれど、初心者に毛が生えた程度のわたしにそんな悠長な真似をしている余裕なんて無い。限られた出番を最大限活用するとなると目立ってしまうのは仕方がないだろう。
「それは光栄だな。けれどわたしからすると高尾さんも結構やり手に見えたけれど?」
「私めが? まさか。いつも先輩方の意向を上手く出来ずに悩む毎日ですよ」
「……本当に?」
「……建前は、ですけどね。さて、真実はどうなのやら」
ただ、それは個々の実力向上を踏まえたら、だ。チームの戦術に適うようには努力したけれど全国で勝つのなら戦略レベル、戦う前の情報戦や育成方針すら関わってくる。余裕が出来たらそっちの方にも気を配らないと駄目だろう。
目の前で微笑みながらうやむやにした彼女は、わたしの考えが正しければ戦略として上手く実力を隠しながら試合に取り組んでいる。根拠はない、わたしの勘だ。ただそんな彼女の本来のプレイスタイルが何なのか、結局わたしにはサッパリ見当もついていないのだけれど。
「お互いに頑張りましょうね。ふふ、愉しめそうだわ」
「ああ、頑張ろうか」
ただ、彼女が相当の曲者なのは疑いの余地もないだろう。
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