交流試合開始前ミーティング
中間テストの結果はまあそれなりだった。授業の内容を理解していれば解ける問題ばかりだったけれど、一部応用に踏み込んだ設問があって戸惑った。今後は教科書の例題だけじゃあなくて参考書とか問題集にも手を出した方がいいかもしれない。
ちなみに一年生一同は赤点無しだった。神薙が「もうちょっと勉強しとけばよかった~」って嘆いたり、豊依が「気構えていましたが拍子抜けしました」と呟いていたのはとりあえず忘れておこう。
テスト明けに組まれた練習試合は主に先輩方のレギュラーの座をかけた熾烈な争いの場だった。選手に求められたのは与えられた指示を遂行する能力、班長に求められたのは隊長からの指令を咀嚼して遂行する判断力、そして隊長に求められたのは試合会場を俯瞰的に捉えて最適な解を導き出す指示能力だった。
そう、たまに次期隊長の候補となる二年生を隊長代理とする試合もあったのだ。戦略上は完璧に負けていたのを個々の能力で何とか凌いだ泥仕合となったり手痛い敗北を喫した試合もあった。そんな先輩達は大きく肩を落としたり失意に泣き崩れたりした。
「んー、この調子だとやっぱ名屋さんか金山さんで来年の隊長は決まりかしらね」
「副隊長もどちらかでいいんじゃあない? 後はどちらを上にするかだけでしょう」
試合後のミーティングで鳴海先輩と岡崎隊長が隠そうともしないでそんな会話を繰り広げた通り、隊長が常に行動を共にさせる二年生の金山先輩と副隊長が傍に置く名屋先輩の指揮はそれぞれ特徴的だったものの、上手くチームをまとめていた。
あえて二人の特徴を表現するなら、金山先輩は手堅く攻め、名屋先輩は守りつつ意表を突くカウンターで返す、だろうか。金山先輩は真面目な人柄が出た戦術なので特に驚かないけれど、名屋先輩の基本方針は普段温厚なあの人からはあまり考えられなかったので、正直意外だった。
隊員の方は特に変動が無かったものの、ちょっと調子を落としたらすぐに後退させられそうなほどその層は厚い。レギュラーを勝ち取った人も決して油断は出来ないだろう。そんな中でも先の隊長候補二人に加えてレギュラー安泰って人も何人かいて、そんな魔砲少女達の立ち回りと腕前は後で映像で見返しても勉強になった。
「それにしても……ちょっと意外って言うか、期待とは違ったと言うか」
「そう? まあこの結果は予想外だったけれどある程度は想定出来たと言うか」
「いや、私は総合的に優れた即戦力のエースが一年生ってだけで試合に出れない可能性を危惧したんであって、まさかこうなるなんてねー」
「そんな夢物語なんて早々あるわけないじゃないの。やっぱり新入部員と私達の間には覆しようのない経験の差があるんだし」
そんな風に両トップが話し合うのには訳があった。そう、わたし達一年の話だ。
当たり前だが競い合うのは中学校の部活で血の滲む努力を重ねて汗と涙を流してきた先輩方だ。彼女達を前にしたら小学校時代に経験があろうがなかろうが、大きな壁には違いない。一年生の中では優秀な動きが出来ようと、レギュラーメンバーはおろかサブメンバーにも及ばないのだ。
ではそんな一年生がどうやってレギュラーをもぎ取るか? 先輩達よりも優れた技術を持てばいい。総合能力で敵わなくたって一発芸があれば十分に試合でも通じるのだから。
「超遠距離の熱田さん、近距離の知立さん、それと遠距離の豊橋さんかしらね。この三人は使いようによっては戦術の幅が大きく広がるでしょう。今までの私たちには無かった武器に成り得る」
「でも二十人の中に彼女達を選ぶとしたら通常の作戦を遂行するメンバーが少なくなるわ。採用には慎重になった方がいいんじゃあない?」
「そうね。特化した部分が他のメンバーに追いついていたら迷う必要は無いんだけれどね。やっぱり対戦相手の傾向、試合会場の地理を踏まえて運用していきましょうか」
「後は何人か控えに選んでも良さそうな子が何人かいたってぐらいかしら?」
ミーティングの際に隊長と副隊長がわたし達部員全員に聞こえるように意見を交わすのは、上から下に頭ごなしに方針を決めるのではなく反対意見があれば受け付ける意図があるんだそうだ。だから今のやりとりは鳴海先輩が進言をして隊長が検討している、って建前なんだとか。
「あの、隊長。私は――」
「そうね。公式試合でも何回か出番を与えてもいいかもしれないわね」
「隊長、私は反対です。――は――」
「そうでしょうか? 多少通常行動に支障が出ようと相手に楔を打つ意味はあると思いますが」
三年生や二年生からも何度か意見が出てそれを隊長が参考とする体制が整っている。それがこれまでミーティングに参加したわたしの感想だった。鳴海先輩の話では積極的な意見の交換がされるようになったのは上下関係が和らいだごく最近らしいが。
最も、一切包み隠さずにわたし達の評価を口にされると恥ずかしいやら凹むやらでかなり複雑だったりする。特に批判部分はオブラートに包んでほしいんですがそれは。
「最終的に全国大会予選に臨むメンバーの選定は明日に控えた交流試合の結果を踏まえてからにします。試合に参加する人は一層気を引き締め、参加しない人はちゃんと仲間を応援するように」
岡崎先輩は連絡事項として明日交流試合が行われる会場、集合時間、移動方法等を述べていく。と同時に名屋先輩が各々に情報が記されたプリントを配っていった。
これまでの練習試合を踏まえた総評は終わった。過去が終われば次は未来の話だ。
「では金山さん、明日戦う事になる深沢学園についての説明を」
「はい、隊長」
金山先輩はパソコンを操作してプロジェクターに映し出される映像を切り替えていく。映し出された映像の日付はつい最近で、どうやら練習試合の風景のようだ。
「ではまず直近の試合の映像を見てもらいます」
あいにく試合時間の一時間半フルで見ていては時間がもったいない為、試合が大きく動いた箇所以外は全て四倍速再生ぐらいで飛ばしていった。所々で意見や感想を交わす為に通常再生に戻したり一時停止をしながら、三十分かけて試合を見終える。
「見ての通り西東京の深沢学園の戦術は去年までとあまり変わりありません。特に奇策は用いずにチームの練度をもって相手チームを正面から打ち倒す傾向にあります。去年夏以降にチームを率いている現三年生の北野選手と鳥山選手も特に強い癖はありませんね」
レーザーポインタを手にした金山先輩は自分の評価を口にし、特に他の人達もそれに異を唱えたりはしなかった。今の映像では相手は回り込んで意表を突こうとしていたけれど、深沢学園の魔砲少女達は涼しげに受け流して正面から粉砕していた。正攻法、と言えばいいんだろうか?
ただ、一つだけ気になる点があった。深沢学園は四人一組の計五組で行動していたけれど、その内の一つが妙にしっくりきていないように感じたのだ。何と言うか、確かに他のチームメイトと行動を合わせてはいたんだけれど、少しばかり攻めのタイミングにずれがあったと言うか。
「あの、金山先輩。すみませんけどちょっと動画戻してもらっていいですか? えっと、お互いのチームの主力がぶつかる手前ぐらいまで」
「この辺りかしら、豊橋さん?」
「あ、そうです。そこから再生を……あ、そこです。その班の動きがちょっと気になったんですけど。そうそう、その四人組です」
「ちょっと待ってね、今誰なのかを確認するから」
わたしは金山先輩にポインタで指し示してもらった人物を指差した。それは髪を後ろで束ねて団子にしている魔砲少女に率いられたように見える班だった。同性のわたしから見ても容姿が整っていて可愛いのはさておき、この班だけが他の班より半歩先に動いて相手に圧力を加えていた気がしたのだ。
「あった。この班を率いているのは高尾さんと言って今年入ったばかりの一年生みたいね。一年生二人と二年生二人の班だそうよ」
「えっと、その高尾さんって小学校時代にも魔砲をやってたりは?」
「経験有り、だそうだけれど大会で優秀な成績を収めたわけではないみたいね。むしろもう一人の一年生の方が地方大会で入賞経験あるみたいよ」
「……そう、ですか」
その場面を再生してもらうものの、やっぱり他の班とは少しずれがある。けれどわたしにはそれが意図的な物なのか彼女達が不慣れで他の班と合わせられなかったのかは判別が付かなかった。相手の意図を見破るにはもっと根拠となるバックデータを頭に叩き込まないと駄目だろう。
「あちら側も一年生は練習試合で何度か起用しているようだけれど、この二人は頻度が高いから明日も参加が予想されるわね」
「特に気にする必要は無いだろ。この調子ならいつも通り正面からぶつかり合ってどっちが優れてるか競うだけだ」
「そうねー。あっちのチームは去年に負けず劣らずいい動きしてるから、後は個人の能力が物を言うんじゃない?」
わたしの違和感はこんな感じで特に大事とはされずに流された。わたしもあまり確信は無いので強くは言えず、黙ったままにしておいた。そんなわたしを名屋先輩だけが真摯な眼差しで見つめてきていたのだけが印象的だった。
そうして特に慌てる事も無く淡々とミーティングは終わり、次の日を迎える事となった。
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