魔砲少女の仲間入り
大型連休中は基礎体力作りと素振りこそ続けていたけれど、ソードやスタッフを手に取ったのは神薙に誘われて郊外の練習場で一日中精を出したぐらいか。後は二泊三日で国内旅行に連れて行ってもらったり、神薙や豊依、それに葵と一日中遊んだ日もあった。
休み明けに聞いたら葵も同じような感じだったらしい。ただ休み中なのに朝早く起きてランニングや筋トレ、素振りをやる彼女になんと母親が付き合ったんだとか。もしかして葵の母親は魔砲経験者なのかと頭をよぎったそうだが、まだ切り出せていないそうだ。
豊依は両親の都合がつかなかったので、一人自転車でちょっと遠出をしたりクラスメイトと遊んだそうだ。彼女はなんと魔砲に一切手を付けなかったと断言してきた。最も彼女の場合なぎなたの道場に通っているので、毎日そっちで運動していたんだとか。
神薙は一人黙々と特訓するかとも思ったけれど、さすがに両親にきつく言われて休んだそうな。わたしへのお誘いも苦肉の策だったんだとか。後は手ぶらで公園に遊びに行って小高い丘の上からイメージトレーニングで通行人を撃ち抜いたりしてたらしい。怖いなおい。
そして大型連休明け。最初の日は朝練こそなかったけれど習慣で早起きしてしまったので朝練と同じメニューを消化してから登校した。放課後に練習場にて魔砲部一同が揃って整列し、前に並ぶ岡崎隊長と鳴海先輩がわたし達を見渡した。
しばらく目線を動かしていた岡崎隊長は鳴海先輩に向けて笑いかけた。
「鳴海さん、こうしていざ私達がこの立場になってみると分かるものなのね」
「ええそうね隊長。まさかこうまで連休中どう過ごしてきたのか手に取るように分かるなんて」
「それが結果にどう結び付くのか、楽しみでならないわ」
「ま、全て身体と精神を癒すのに費やすのだって十分有意義だと思うし、こればっかりは蓋を開けてみないと」
その会話はわたし達一同を大いにどよめかせた。連休前は自由に過ごして問題ないと言っておきながらこれである。これじゃあ夏休み以降も全然油断出来ないじゃあないか。日々の努力が実を結ぶ、とはさすがに言い過ぎだけれど、やらなければ錆びるだけだろうし。
「静粛に」、と岡崎隊長は一声でわたし達を黙らせる。静寂に包まれたのを確認してから隊長は再び口を開いた。
「さて、連休明け二週間も経たないうちに中間テストが来ます。一年生がいるので改めて言いますが、テスト期間中および前日は部活動は禁止されているので我が部も例外ではありません。この間言ったように赤点は許されませんので勉学に励む事。いいですね?」
「「「はいっ」」」
鳴海先輩から聞いた話では、一年生の中間テストは小学生での貯金で何とかなるそうだ。差が出るのは一年生の期末テストかららしい。かと言って勉強を疎かにしているとあっという間に付いていけなくなって散々な結果になるだろうし、日々のこつこつが大事だろう。
「中間テストも終われば全国大会予選が開かれる時期になりますが、その前に何校かと練習試合を行うよう日程を組んでおきました。試合に出すメンバーは固定せずに色々と試そうかと思います」
成程、練習試合を夏の全国大会に向けての指針にするつもりか。鳴海先輩の発言によれば一年生にもチャンスは巡ってくるらしいから、是非ものにしたい所だ。見稽古はさすがに退屈すぎるしじれったい。
「ちょっと今季の遠征は難しそうね。近隣の中学を招いたり隣の県に日帰りで足を運んだりってなりそうよ。何日かは平日の授業を休んでもらうからそのつもりでいてね」
「それと、毎年この時期に西東京の深沢学園と交流試合を行っていますが、今年はこちらがあちらを招待する形になります。万全の態勢で臨みましょう」
その岡崎隊長の言葉を聞いて先輩方が一様に高揚したのを感じた。東京なんて社会の授業とかニュースで聞くばかりでわたしとは全く無縁の場所だと思っていたのに、思わぬ形で繋がりが出来るものだ。
「神薙、その学校ってどんな所なんだ?」
「文武共に様々な分野で全国レベルで、魔砲部も例外じゃあなかった筈よ。確か去年は全国大会で結構いい所まで進んでたっけ」
「名門なのかー。じゃあここと同じぐらい強いのか?」
「昔は向こうの方が強かったんだけど、最近の成績だと一進一退かな」
多分全国大会で戦う事も想定してお互いに手の内の全ては明かさないように、それと公式試合の準備の為に色々と試みるだろうから、全力のぶつかり合いじゃあなく探り合いになるだろう、とは神薙の発言だ。そう、既に全国大会に向けての戦いは始まっている、と。
んー、わたしって今はただチームの勝利に向けてただひたすら動くだけの駒になれるよう頑張ってる段階だけれど、その先を目指すんならそう言った情報も必要になってくるかもしれないなー。少し考えておくか。
「では一年生を除いて解散。各自トレーニングを開始してください」
その言葉を受けて先輩方は各々隊列を崩してぶつからないよう広がっていく。そしてパーソナルパイロンを起動させるとユニフォームデータを引き出し、ドレスアップしていった。その上でラジオ体操で軽めに身体を動かし始める。
わたし達一年生は岡崎隊長に連れられてそんな先輩方の邪魔にならないよう練習場の端に寄る。岡崎隊長は魔砲装備一式を揃えながらも制服に身を包んだままのわたし達を眺め、満足そうに微笑んだ。隣に立つ鳴海先輩も何処となく嬉しそうだ。
「どうやら皆さん言われたとおりに自分の装備品一式を揃えてきたようね。では貴女達が入部してからある程度経ちましたし、正式に我が部のユニフォームを授けようと思います」
「「おー」」
同級生の何人かが感嘆の声を漏らした。無理もない、県内にも数多くある中学校を勝ち抜いて全国大会に出場するほどの強豪校として名が知れ渡っている魔砲部のユニフォームだ。知る人からすれば憧れの対象だろう。
まあ、初めてまだ一か月ぐらいのわたしからすると、純粋に自分専用のユニフォームを着れるので心がはしゃぐというものだ。どうやら隣に立つ葵も同じようで目を輝かせている。反対側の隣に立つ豊依はさすがに表情が読めないけれど、何処となく嬉しそうだ。
「では左からやっていきます。ブレスレットを付けている方の手をこちらにかざすように」
「えっと、こうですか?」
「ええ、それで問題ありません」
左端にいた子が自分の左手を前に出す。ブレスレットは腕時計と同じで利き腕とは逆側に付けるものらしい。別に右腕でも左腕でも性能的には変わりないそうだが、動かす際に邪魔にならないようにするんだったらやっぱりそうなるようだ。
そんなかざされた左手に、岡崎隊長は自分の左手を合わせた。すると淡い光の粒子がブレスレットを潜らせる手首から広がっていき、やがて手と手を伝ってその子のブレスレットへと集まっていくではないか。
これが連休前に鳴海先輩が言っていたマスター版からのユニフォームデータの配布か。携帯電話だとデータのやり取りは無線なので何の感慨も湧かないけれど、これはとても幻想的に思える。誰かが「綺麗」とつぶやいたのでわたしだけの感想ではないようだ。
やがて光の粒子が全て彼女の腕輪に入っていくと、岡崎部長は手を離す。そして次の人にも同じようにしてユニフォームを渡していった。
「岡崎隊長、非常に失礼な質問で申し訳ありませんが、手と手を合わせる意味はあるんです?」
「パーソナルパイロンを身に着ける身体の一部分を接触させるって制約があるらしいわよ。だからタッチでなくても握手とか有名な映画みたいに指と指を触れるだけでも、何なら指を絡ませたりキスをするのでも問題ないらしいけれど?」
「い、いえ。すみませんでした」
豊依が無表情で投げかけた質問は、岡崎隊長にからかい半分で返された。くすくすと笑う隊長にやや赤面する豊依の姿はとても対称的で面白い構図だった。まあ、多分パイロン同士を接触させる事に意味があるんだろうからタッチは隊長の嗜好なんだろうけれど。
ようやくわたしの出番が回ってきたのでわたしは自分の左手を差し出した。心臓が高鳴るのを自覚する。ユニフォームが授けられる間もとくに感覚的な刺激は無かったけれど、気分的には嬉しさがこみあげてくる。
やがて全員に授け終ると、隊長はわたし達にやや広がるよう促した。
「では早速ユニフォームに着替えてみましょうか。いつもと同じで問題ないから」
「「「はいっ」」」
わたし達は各々がユニフォーム姿を意識しながらクリスタルに手を触れると、ブレスレットのクリスタルが光り輝き、光の粒子に分解された制服が靴、スカート、ジャケット、グローブ、リボンと再構築されていき、やがて色と質感を伴っていく。わたしはそれに合わせてスタッフを回転させて、最後に構えを取った。
ちなみにそんな変身ポーズを取っているのは神薙を含めた元初心者組ばかりで、元経験者組のみんなは淡々と衣装変換が終わるまで棒立ちのようだった。当たり前だがポーズは完全に無駄な動作だ。なのに何でやるかって? その方がカッコいいからだ!
そんなわたし達に……いや、一年生全員に対して岡崎隊長も鳴海先輩も拍手を送ってきた。
「魔砲装備一式を揃えてうちの部のユニフォームに袖を通した。これでみんなの周りから借り物は無くなったわね」
「おめでとう、これで貴女達は正真正銘私達と同じく那古屋南中魔砲部の魔砲少女になりました。私達は貴女達を歓迎しますよ」
それは祝いだった。改めてスタートしたわたし達の新たな門出への。わたしにはたった一か月の出来事だしこれだって過程の一つに過ぎないのに、心に来るものがあった。照れる子や感動する子、誇らしげに笑う子など反応は様々だった。
「では改めて始めましょう、私達の魔砲を」
その岡崎隊長の言葉がこの場の全てを物語っていた。
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