装備品を整えよう①・自分用の装備を整えよ
仮入部期間も終わり、わたしは正式に魔砲部へと入部届を提出した。新入部員はわたしを含めて十二人で、最終日の練習試合に参加していたメンバーから経験者が四名抜けていた。きっと思い知ってしまったんだろう、小学校でのクラブ活動と中学校での部活との差を。
そうして始まった部活動は朝練で基本トレーニングを、放課後に実戦トレーニングを積む。仮入部期間中は個々の技術の底上げを目的としたメニューだったけれど、部に籍を置いてからは隊長の指示に従う一糸乱れぬ行動、すなわち連携についても学んでいく事となった。
それから座学も加わった。練習中、試合中の反省点や改善点の洗い出し、過去の試合を振り返っての戦術分析。それから今年度の他の強豪校の戦力分析などだ。特に戦術面においては岡崎隊長と鳴海先輩がしょっちゅう白熱した議論を繰り広げた。どちらにも一理あるように聞こえたので、きっと実際にその場面に遭遇したら臨機応変な対応を取る形になるんだろうな。
さすがに小学校上がりでろくに動かしていなかった身体は、毎日のトレーニングもあって春も終わった頃には悲鳴を上げなくなっていた。慣れってすごいなーなどと感心するのはまだ早く、追い打ちのようにメニューが次々と追加されていった。
「筋トレとかはやる回数も大事だけどやる時間も大切なのよ。同じ腕立て五十回やるのだって非力な子が一生懸命頑張るのと慣れた人が軽々こなすとでは効果が全く違うもの。疲れて軽く痛みを感じるぐらいやるのが丁度いいのよ」
とは鳴海先輩の言葉だ。筋肉を傷めつけて鍛えるって言いたいんだろう。しんどい。
ちなみに入部してから程なく新入部員歓迎会が開かれた。中学生なのでささやかではあったけれど、缶ジュース、スーパーのお寿司、ハンバーガーやポテトとかが並ぶ賑やかなものになった。ちなみにそんな会を催すのは今回が初めてらしい。
「いやーやっぱ最上級生っていいわねー。こうして好き勝手出来るんだもの!」
「本当、去年までは考えられなかったわね」
と語っていた鳴海先輩と岡崎隊長が印象的だった。逆に三年生の引退を祝う送迎会は毎年行われているんだとか。一年生が会を設定して二年生が盛り上げる。そんな三年生だけが楽しいだけのくだらないイベントだったと鳴海先輩は一蹴していた。そんな悪しき習慣は今年からがらっと変える予定らしい。
そんなこんなであっという間に四月も終わりに差し掛かっていた。
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「さて、そろそろ五月の初等の大型連休が近づいてきました。例年なら学校の敷地に入れない代わりに広い公園に集合して練習に励んでいたっけ。が、今年からは連休中の部活動は無しとします」
「「えっ?」」
ゴールデンウィーク前の朝礼での岡崎隊長の表明に先輩方が驚きの声をあげた。その様子だと去年は休み返上で部活にどっぷりつかってたんだろうな。休みが全然休みじゃなくて遊びに行けないって親御さんが嘆く姿をどっかのニュースで見たっけ。
どよめく先輩方にお構いなしに涼しい顔で岡崎隊長は続ける。
「休める時は休む。家族と旅行に出かけるのも良し、自主的に練習に励むのも良し。ただし休み明けに無事な姿を見せるように。いいかしら?」
「「はいっ!」」
誰もが困惑はするものの隊長の決定には全員特に反対せずに従うようだ。不安だったらそんな人達で集まって練習に取り組むだろう。さすがに連休中遊び呆けたからと咎められる事態にはならないものだと信じたい所だ。
「ああ、それともう一つ重大な決定があるんだったっけ。この学校は魔砲部の他にも優秀な成績を収める部活が少なからずあるけれど、共通するのは部活動の時間を多く割いているせいで本業の勉強が疎かになってるんじゃあないかって所。それを危惧した先生方が一つ残酷な決定を下したわ」
「ざ、残酷な決定?」
「中間テスト及び期末テストで一つでも赤点を取った生徒は次のテストまで部活動では公式試合への参加を禁止するんですって。当然試合に出られない生徒を無駄にレギュラーにするつもりはないから、ちゃんと勉強にも取り組むのを忘れないように。いい?」
「「は、はい……!」」
先輩方の何人かが顔をひきつらせた。多分魔砲に真剣に取り組むあまりに勉強そっちのけになってるってパターンか。あいにくまだ中学校のテストを経験していないわたし達一年生にとっては雲の上の会話なんだけれど。
ざわめくわたし達を静まらせようと岡崎隊長は何度か手を叩いた。
「では次の連絡に移るわ。一年生もいるので改めて説明するけれど、去年全国大会に進出したのもあって今年度の魔砲部の予算はかなり潤っているの。よって今年度の部費は個人で負担していただく必要はありません」
それは僥倖だ。出費を強いるなんてさすがに勘弁願いたい。金銭面の心配せずに済むなら俄然やる気が出てくるというものだ。
「ただし毎度の事ながら学校側からの部費は消耗品、練習場利用費、遠征費、そして熱中症対策の飲み物などに当てるつもりよ。菓子類や個人用の装備までは手が回せません」
岡崎隊長は一年生が整列しているこちら側へと視線を送ってきた。何だろうと不思議に思ってふと気づいた。わたし達が今身にしている魔砲で使用する装備品一式は部から貸し出されているものが多い。特にわたしのように中学に入って初めて手を付けた子は全てが該当する。
けれど先輩方は誰もが自分用の装備を揃えている。自宅で自主練していて持ってき忘れた場合には部の備品を借りる形になるけれど、それ以外の人は部の備品を使用しない。つまり、先輩方はレギュラーだろうとなかろうとそれまでに買い揃えているのだ。
「現在部の備品を使って練習に取り組む一年生のみんなには、連休明けに装備一式を揃えてもらいますからそのつもりで」
やっぱそうですよねー。本入部を果たしたこの時期なのかぁ。
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「何か岡崎さんは結構ハードル上げてきたけど、要はこの装備品一式を揃えてこいって事よ」
朝練も終わって授業開始するまでの間に少し休憩していると、鳴海隊長が一枚の紙を差し出してきた。それは魔砲道具の購入品リストで、マジックスタッフ、ライトソード、そしてパーソナルパイロンが写真付きの表で並べられていた。
ただ、どれもこれも地味な代物と断言していい。その分お値段もお手軽で、今年お正月にもらったお年玉を総動員すれば手が届かなくもない金額が紙には記載されていた。
「ハッキリ言ってどれもこれも標準品の一番安いのにしておいた方がいいわよ。パーソナルパイロンはどうせ中学校でしか使わない指定のユニフォーム仕様にカスタマイズしなきゃいけないし、ソードとスタッフも高校生になったら背や体格の関係で買い替える人も大勢いるしね」
「ですが中学生になったからこそ高校生や大学生になっても使い続けられる一品を買うって選択肢もあるのでは?」
「その手も勿論あるわよ。その辺りは考え方次第ね。ちなみに私の装備は今年になって一新したものだから参考にはならないわよ」
そうだよなあ。中学一年だったらまだまだ背は大きくなるだろうから、例えばちょっと長めのソードを買ったとしても三年生になったら成長していて短く感じる可能性もあるだろう。そうなったら折角高い装備を揃えたとしてもすぐにお役御免になってしまう。
社会人になっても使える大人用を買うんだったら高校生ぐらいか? でも豊依の言った通り将来を見越してちょっと背伸びするって選択肢も有なんだよなあ。
「あ、あのぉ、部からの借り物をそのまま使うって、やっぱり駄目なんです?」
「駄目ね。道具は使っていくとどうしても癖が付いちゃうから。その癖に引っ張られる前に自分用の道具に切り替えるのが重要なの。とある有名なアスリートは自分の道具を一回使われたからってもう二度と使わずにあげちゃったって話もあるぐらいだし」
「あ、あうう、ちょっとお母さんと相談してみますぅ」
だよなあ。さすがに中学生のお小遣いで買える金額じゃあない。お年玉ぐらいの大金になると一旦親に預けて銀行送りが大半だろう。一式揃えるんなら親と相談の上で出してもらうしかない。
それにしても、と自分が借りている装備品一式を眺めてみる。必要最低限の機能を有した標準品の一式は必要最低限の装飾しか施されていない。機能美と言えば聞こえがいいけれど、わたしから言わせれば単に地味なだけだ。
「今使ってるみたいな標準品にするならその用紙にチェックマーク入れてお金用意してくれればこっちで手続きはするわよ」
一番手っ取り早いのは鳴海先輩の案に乗る事だろう。中学生じゃあお小遣いとお年玉ぐらいしか収入源無いし、親にねだるなら高価な代物は論外だろう。かと言ってなあ、何も見ずに触らずにただ標準品にしますじゃああまりに芸が無いだろう。
どうやら汗をタオルで拭っていた豊依も同じ思いを持っていたようで、顔を横に振った。
「あいにく標準品は私に合った性能ではないので、折角ですが遠慮させていただきます」
「あー、知立さんはそうよねー。薙刀タイプのソードとマシンガンタイプのスタッフだもの」
豊依が使っているなぎなたに似て柄が長く刃が先端に付けられているタイプのソードは、部室の中で埃を被っていたものを引っ張り出してきたものだ。よくこんな特殊仕様があったもんだと探し出した鳴海先輩が感心していたっけ。
更に連射性能はいいものの飛距離と威力が心許ないマシンガンタイプのスタッフは、部の備品として数少なく置いてあった代物だ。なぎなたソードと合わせてかつて所属していた先輩方が卒業する際に手放した装備でしょうと名屋先輩は推測していた。
当然、そんな特殊仕様は標準品にリストアップされているわけがない。必然的に専門店に足を運ぶ案件だろう。
「んー、わたしも折角だから少しは捻った得物が欲しいよなあ」
「あ、あたしもちょっと普通のスタッフ以外も試してみたいかなぁ、と……」
わたしの隣でペットボトルに口を付けていた葵も自分のマジックスタッフを手に取りながらつぶやいてきた。なんだ、わたし達三人考える事は一緒か。折角個人用を買うんだから、愛着がわくものが欲しいのは当然だろう。
「実際に確認できる店とか無いんです?」
「あー、うん。やっぱりそうなるわよねー。じゃあ今日の放課後はみんなで専門店に行ってみよっか? 学校からそう遠くないから案内してあげるわ」
「そうですね、是非お願いします」
と言った話の流れからわたし達三人は放課後に鳴海先輩と共に魔砲競技の道具が売っている専門店へと足を運ぶ事となった。
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