体験入部最終日⑩・試合終了
「や、やられちゃったぁ」
「……葵、もうここは大丈夫だからすぐに離れて安全地帯まで移動しよう」
「う、うん」
わたし達は岡崎隊長に一刀両断されて戦闘不能となった。
がっかりとしょげる葵の肩を叩き、わたし達はゆっくりと立ち上がってユニフォームに付いた土ぼこりを払った。わたしは地図を取り出して安全地帯までの道のりを確認する。死人に口なしとは言えこれは試合、わたし達は相対する二人に向けてお辞儀をした。
「まさか五人もやられるとは思ってもいませんでしたよ」
「へ?」
「鳴海さんが珍しく期待していたので若干興味は持っていたのですが、予想以上でした」
すぐさま進行を再開するかと想像していたら、岡崎隊長は意外にもわたし達に柔らかな笑みを向けてきていた。思わずわたしは目を丸くして隊長を見つめてしまう。
「超遠距離狙撃を可能とする熱田さんといい上級生をもろともしない知立さんといい、小学校で魔砲をかじった子達よりも有望のようで。貴女達なら二年生……いえ、一年時でも冬の大会にはレギュラーになれるかもしれない」
「あ、そ、そう言ってくれると嬉しいです」
「是非魔砲部に入部しなさい。私達一同は貴女達を歓迎するわよ」
「あ、ありがとうございますっ」
わたし達二人は自然と頭を下げていた。褒められて嬉しかったのもあるけれど、一番は新入生のわたし達をちゃんと評価してくれた点だ。確かに鳴海先輩と違って完全実力主義とは線を引いているけれど、それでも隊長からは隊長なりに単なる年功序列ではなくそうとする意志を感じた。
「隊長、どうやら森に突入してきた人達がいるようです」
「そう、おそらく鳴海さん達ね。いいでしょう、この場で迎え撃つわよ。金山さんは新入生を、私は鳴海さんを相手します」
「分かりました」
「さ、豊橋さん達は早く避難を」
「は、はいっ」
わたし達はその場から駆けだした。その場の木の幹に身を潜ませて相手を待ち構える岡崎隊長達の姿が見る見るうちに離れていく。隣の葵はどこか嬉しそうにはにかんでいた。
「葵、嬉しそうだね。それとも面白いとか楽しいとかかしら?」
「え、いや……うん。嬉しいのかもね。穂香ちゃんは気付いた?」
「気付いたって何に?」
「だってあたし達の名前、隊長が知っていてくれたんだもの」
そんなの……いや待て。名屋先輩指導の下で上級生に交じって練習していた経験者組と違ってわたし達初心者組はずっと鳴海先輩が付きっきりだった。当然岡崎隊長と会話するどころか顔を合わせたのだって今日が初めて。わたし達は一切あの人の前で自己紹介はしていない。
つまり、あの人は仮入部受付の名簿を見て全新入生の情報を頭に叩き込んでいたのか?
「思ってたよりも温かくて優しい人で安心しちゃったぁ」
「……そうだね」
岡崎隊長と鳴海副隊長に率いられた魔砲部、これなら上下のしがらみもそれほどではなく、かと言って完全に実力や成果に左右されるほど徹底はされていないだろう。正しい部活の姿がそこにはあるような気がした。
「そ、それで……穂香ちゃんは、その……魔砲部に入るのかな?」
「ん?」
葵からの問いかけを受けて改めて考えてみる。
確かにやっていて楽しい。練習すればするだけ上達していくのも、両チームの動きをあれこれと考えるのも、相手を自分の狙撃で倒せたのも、そして自分があっさりと戦闘不能にさせられたのすらも、だ。
これなら続けてもいいかも……いや、自分でも不思議なぐらい是非続けたいと思えるぐらい熱中しているのを自覚できる。
「入るよ。もっと色々と知りたいし上手くなりたい」
「そ、そう。穂香ちゃんも入るならあたしも入ろっかな……?」
「おー、同級生の仲間件ライバルは大歓迎さ。一緒に頑張ろうな!」
「う、うん!」
葵は夏の向日葵を思わせる満面の笑みを浮かべてきた。きっと自分の顔を確認できたらわたしもこうなっているんだろうな。
それほどまでに今のわたしは充実感に満たされていた。
■■■
「二対四で在校生チームの勝利です。一同、礼!」
「「「ありがとうございました!!」」」
両チーム整列して礼をする。魔砲少女達の顔は人によって様々だったけれど、二通りに大別出来るだろう。満足そうな笑みの人と悔しそうに歪ませる人とでだ。それもどちらか一方のチームに偏っておらず、両チームともそういう人達がいるのが面白い。
試合はあの後、鳴海先輩達二人が森に突撃した所を岡崎隊長達が返り討ちに。そしてB班を背後から不意打ちした三名と合わせて森から十字砲火で一方的にフラッグ前で防御を固めていた未経験者組の二人を排除。そのまま三人はフラッグに向けて突撃したものの、丘で待機していた神薙の狙撃で撃ち抜かれて失敗に終わる。同時に飛び出した岡崎隊長ともう一人、金山先輩はいつの間にかフラッグ傍まで戻っていた豊依に阻まれて仲間三人の脱落を見過ごす形となった。
結局、両チーム共に攻め手にあぐねる形に収束してしまい、そのまま時間切れとなったわけだ。
「今年は思った以上にいい勝負になったわね」
「そうね。これで岡崎さんも今年の新入生はいけるって分かったでしょう?」
「いえ、評価できる部分もあったのは認めるけれど、かと言ってそうおいそれとレギュラーメンバーを変えるのは難しいわね。まあ、今後次第とは言っておきます」
「まあ今はそれでいいかな。少しでも検討してくれると嬉しいわよ」
握手を交わした岡崎隊長と鳴海先輩はどちらも充実した顔をしていた。ただ岡崎隊長の横に並ぶ先輩方はどことなく浮かない顔ばかりだった。この練習試合、いい勝負になったと言えば聞こえがいいけれど、とどのつまり小学生上がりのお子様にいいようにやられたとも言い換えられる。
現に、岡崎隊長が先輩方を見つめる視線はとても冷ややかなものだった。鋭利な刃物を思わせる鋭さもあり、先輩の何人かは恐れおののいたように縮こまってしまっている。
「ミーティングを開くので二、三年生は十五分後に会議室に集合とします。では一旦解散で」
「岡崎さん、私と新入生はどうするの?」
「今日はまだ仮入部期間だからわざわざ反省会に参加させなくてもいいわよ。鳴海さんは新入生の相手をお願い」
「おっけー。けれど後でミーティングの議事録は見せてね。私も色々と振り返りたいし」
先輩方が隊長の号令でばらけていく。隊長は整列するわたし達へと振り返った。先輩方に向けた切れそうな睨みとは打って変わってとても柔らかな面持ちだった。
「これで仮入部期間中の全練習は終了よ。ここまで付き合ってくれてどうもありがとう。今日の練習試合の結果は私達が貴女達を把握したかっただけなので特に入部した後の評価に加えるつもりはありません。不本意な結果に終わった子も、活躍した子も、入部後はしばらく特に区別なく練習に取り組んでもらいます。この期間中、他の部活と並行して色々と試して回った人もいるでしょうけれど、魔砲部を選択してくれたら私達一同が喜びます」
隊長は言い終えるとわたし達に丁寧なお辞儀をした。それから肘で隣に控えていた鳴海先輩を小突く。少し拗ねたように唇を尖らせながら鳴海先輩はため息を漏らした。
「みんな良く頑張ったわね。今日は私の作戦がまずかったせいでボロボロになっちゃってごめんなさい。公式試合ではちゃんと岡崎隊長がちゃんとした作戦を立案してくれるから安心して。この期間中、色々と辛かったり楽しかったりしたと思うけれど、是非この魔砲部を選んで頂戴。一緒に全国大会優勝を目指して頑張りましょう!」
こうしてわたし達の仮入部は終わった。一方的にやられるだけだった経験者の同級生達は意気消沈する子と更にやる気に満ちた子とで真っ二つに分かれていた。この様子だと全員がそのまま素直に入部、とはいかなそうだ。
逆に初心者のみんなは様々な未知の経験を経て興奮冷めやらぬ感じだった。やられても特に悔しくなさそうで純粋で楽しかったと笑い合っていた。そうした想いは勝ち負けにはこだわらない始まりの特権とも言っていいだろう。
下校もわたしは神薙と豊依、それから葵と一緒になった。話題は今日の練習試合一色に染まっていた。もっとうまく作戦を立てていれば先輩方を出し抜けたとか、凄腕の岡崎隊長をまずどうにかしないと結局一方的にやられるとか、先輩相手に奮闘した神薙と豊依が凄いとか、だった。
わたしも口を開けば熱がこもった想いをぶちまけた。そうした熱弁は自分でも意外だったけれど別に恥ずかしくもなんともなかった。だって本当にそう感じたんだから。ちょっと人見知り気味の葵やクールな印象の豊依も同じように充実した時間を過ごせたと語ってくれた。
そろそろ別れる交差点までって所でようやく肝心な事を言い忘れていたって気づいた。わたしは前かがみになって神薙の顔を見やった。
「それでさ神薙。さっき葵とも話したんだけれど、わたしは魔砲部に入る事にしたぞ」
「えっ? 本当!? わぁ、嬉しいよ穂香ちゃん! よかったぁ、一緒にやってくれる人が出来てくれて!」
「あ、あたしも一緒にやりますぅ。もっと頑張って、みんなの役に立てるようになりますぅ!」
「私も構いませんよ神薙。貴女と共にいればまた違った自分が発見できるかもしれませんし」
「葵ちゃん、豊依ちゃん……!」
満面の笑みで歯を見せたわたし、手を握って意気込む葵、僅かに笑みをこぼす豊依。そんな三人を目の当たりにして、神薙は感極まったように顔を崩した。今にも泣きそうではないか。
「うん、うん! ありがとう、頑張ろうねみんな!」
礼を言いたいのはこちらの方だ。中学に入って早々にこうしてわたし達が仲良しになれたのも魔砲部に誘ってくれたのも、最初に行動を起こした神薙のおかげなんだから。ただ言葉にするのはもう少し後にしよう。何しろまだ長い道の第一歩を踏み出したばかりなんだから。
願わくばこの想いがずっと色褪せる事の無いように。
お読みくださりありがとうございました。




