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体験入部最終日⑧・迎撃戦

 木の上にわたしと葵が待機し始めて大分、名屋先輩が最後の報告をしてからやや時間が経った。やがて葉が生い茂る森林の中をこちらに向けて進んでくる一行の姿が見えてきた。どうやら先行する部隊らしく三人がやや距離を保ちながら周囲を窺いつつ慎重に足を進めている。


「こちらE班、相手チームの姿を確認。三人がこちらのフラッグに向けて進行中」

『三人か……。狙える距離まで近づいて来たら撃っていいわよ』

「了解ー」


 肉眼じゃあ米粒よりも小さい相手の姿は双眼鏡でも目を凝らさないとはっきりとは分からない。あまり相手を寄せ付けると一人目を狙った後に反撃をもらいかねないし、やや不安が残っても距離を置いて狙撃した方がいいだろう。


「と、届くの穂香ちゃん?」

「この距離だったらまあいけなくもないかな」


 さすがに神薙ほどのキロメートル単位の超遠距離狙撃は無理だけれど、標準品のマジックスタッフを使った狙撃としては結構な距離から狙えると思っている。自分でも意外な才能だけれどね。某国民的漫画の主人公みたいじゃあないか。

 わたしはスタッフをスナイパーライフルのように構えて、相手の魔砲少女に狙いを定める。先輩は周囲に辺りを見渡しているようだけれど高さ方向にはあまり気を配っていないようだ。これなら初撃は完全に相手の意表を突く形になるな。


「葵、やるよ」

「う、うん……!」


 わたしはスコープで相手を捉え、スタッフから光弾を発射させた。鈍い呻り声をあげて発射された弾は木々の枝や葉を潜り抜けて、吸い込まれるように相手の頭部に命中した。直撃を受けた魔砲少女は体勢を崩し、その場に膝を付いた。

 鳴海先輩に聞いた話では命中した部位によってシールドに与えるダメージは違うらしい。脚や腕よりも頭や胴の方が損害が大きくなるんだとか。シールドが張られる密度が違うとか説明を受けたんだけれど、その辺りの詳細な原理は追々学んでいく必要があるかもしれない。

 まあ、頭と胴には差異が無いから的の大きい胸を狙うのが正解らしいけれど、額に一撃の方が必殺っぽいし? どうやらわたしの狙撃一発で相手は戦闘不能になったようで、先輩は両手を挙げている。


「一人目終わり。二人目やるよ」


 わたしはすぐさま二人目に狙いを定める。相手は突然の狙撃に驚きを露わにするもののすぐさま木に身を潜めて更なる狙撃を凌ごうとしている。ただ狙撃手の隠れる方向はまだ分かっていないのか、まだこちらから相手の顔を確認できる。

 これは勝負なんだから見逃す理由は微塵もない。わたしは躊躇わずに木の幹の裏から顔を覗かせる魔砲少女を狙撃した。光弾は先輩の目元に命中し、その身体を大きくのけぞらせた。

 今度は残った一人がいた場所にスコープを向けたものの、魔砲少女の姿は既に見当たらなかった。上手く隠れたのかそれともすぐさまその場を離脱したのか。


「葵ー、そっちから撃ち漏らした最後の一人の姿は見えるかー?」

「う、うん。けれどこっちの方にはまだ気付いてないみたいかな」

「ならもう少しこの場に留まってもよさそうだなあ。ここが特定されたらすぐに木を降りて離れるか」

「そ、そうだね」


 さて、たった三人だけで名屋先輩達を突破したわけじゃあないだろう。様子見か斥候かは分からないけれど、この後も次々と相手の魔砲少女が現れると思われる。そうなればもうそちらに取り掛かりっきりになるから、今のうちに報告しておくか。


「こちらE班、相手チーム二人を倒しました。一人取り逃して身を潜ませています」

『……おっけー。引き続いてそこで見張りをしていて。私達F班もそっちに行くわ』

「了解。ところでこっちが不利になったらですけど……」

『離脱してもいいけれどフラッグ方向じゃあなくて丘の方向に退却して。可能な限りフラッグ手前での防衛は楽にしたいのよ』


 なるほど、わたしと葵で相手の何人かが釣れればその分対処しやすくなる、か。丘から見える範囲なら神薙が相手の魔砲少女を狙撃できるし。


「穂香ちゃん、あっちの方向に……!」

「んん?」


 と、葵が慌てた声で指を差したのでわたしもそちらに方へと双眼鏡を向けた。……成程、あと四人ほどが一定の速度でこちらへと足を進めているようだ。しかもそのうちの一人は先ほど鳴海先輩とも話していた岡崎隊長のようだ。


「鳴海先輩、相手チームの魔砲少女を確認。数は四名、その中に岡崎隊長の姿も見えます」

『岡崎さんを合わせて四人……? さっきの三人とD班が返り討ちにした四人と合わせて十一人。フラッグ前を無人にする筈がないから最低二人。残った五人は?』


 言われてみたらまだそれだけ姿を見せていないのか。わたしは葵の方へと顔を向けたものの、葵もわたしと同じで四人しか姿を確認できないようだ。葵が確かに四人です、と鳴海先輩に報告すると、先輩の声に焦りが彩ってくる。


『D班、そっちから敵影は確認できる?』

『いえ。そちらのフラッグ近辺に相手の姿はなし、丘の周辺とこちら側の森の周囲もいません。相手フラッグ近くには一名が待機、少し離れて一名が見回っているようです』

『……やられたかもしれない。B班、現在位置を直ちに報告』

『は、はい。B班の現在位置は――』


 森を迂回しているB班からGPSでの座標が報告される。迫ってくる隊長率いる相手の魔砲少女達に注視しないといけないから地図に目を落とせないけれど、確か覚えている限りではもう相手のフラッグにほど近い距離になっている気がする。

 ――これまで一切相手に遭遇しないで、だ。


『確実に誘い込まれてるわね。B班、直ちに周囲を警戒して。特に森の方とか通り過ぎた後方とかを重点的に』

『了解しまし――……』


 B班からの無線が途中で切れた。無線は電話みたいに聞くと話すの両立は出来ず、ボタンを押して一方的にしゃべる形になる。途中で切れるとしたらマイクのボタンを突然離すかケーブルが切れるか、無線機が故障するとかか。

 一番考えられるのは突如として不意を突かれて拍子に手を離した、か?


『B班、応答しなさい。B班……!?』

『こ、こちらB班! 背後から不意打ちを受けて二名が戦闘不能! なおも攻撃を受けて……!』


 動揺と焦燥が入り混じった声が耳をつんざいた。そしてその報告もぶつっと音をさせて途中で途切れてしまった。後はいくら鳴海先輩が呼びかけても一切の応答が無いままだった。


『……D班、そっちから何か分かった?』

『いえ、こちらからは遠すぎて確認できませんでした。ただフラッグを守っていたうちの一人がB班が進んでいると思われる方向へと立ち去っていきました』

『背後に回り込んで不意を打ち、更にフラッグ方向からも増員して挟み撃ちにした、かしらね』


 わたし達が確認できる岡崎先輩方の進行速度はそこまで速くない。やはり狙撃があったと報告を受けて慎重になっているようだ。今度は木の上に潜んでいる可能性も考慮しているのか、度々上の方へと視線を移してきている。ユニフォームは迷彩服みたいに背景に溶け込まないからばれないものかと心配で心臓の鼓動が高鳴っている。

 名屋先輩率いていた攻撃部隊はこれで全滅した。残ったのはわたし達守備部隊のみ。そして、今わたしと葵がその敵の攻め手の真っただ中にいるわけだ。責任重大だなあ。


「鳴海先輩。岡崎隊長方がそろそろわたしの射程距離範囲内に入りそうですけど、攻撃しても?」

『ええ、許可するわ。……豊橋さん、美合さん。悪いけれどそこが正念場みたいよ』

「で、しょうね。まあ、冥利に尽きますよ」


 と、強がってはみたものの、情けないが緊張で手が震えるのを自覚できた。ふと横を見ると葵も顔を青ざめさせて歯を鳴らしていた。もはやわたし達がこの試合において最前線になってしまったのだから、責任重大だ。


『こりゃあそこで踏ん張らないと、負けるのは私達よ』


 わたしは覚悟を決めて、スタッフを改めて握りしめ直した。

お読みくださりありがとうございました。

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