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体験入部最終日⑦・待機して監視

 試合開始と同時に名屋先輩率いる攻撃部隊は侵攻を開始する。神薙と豊依は鳴海先輩の指令で狙撃ポイントになる丘へと向かっていった。二人を見送ったわたしと葵は残った先輩達五人と別れて森へと入り込む。


「豊橋さんと美合さんは森に身を潜めて頂戴。二人して森から侵攻してくる相手チームの部隊を監視していて。それから余裕が出来ればフラッグ側にも気を配って頂戴」

「相手チームの魔砲少女が現れたら?」

「よほどの実力差が無ければ数が物を言うから、交戦する前に絶対に報告して。班長、この場合は私が適時指示を出して増援を送ったり後退させたりするから」


 試合開始前に先輩と交わした会話はこんな感じだ。木の幹の裏に隠れていたんでは見つかる可能性もあるだろうから一旦木に登ろう、と言い出したのはわたしだっけ。一際背の高い木の前にたどり着いたわたしは慣れないながらも枝に手をかけて木を登っていく。

 ある程度の高さまで登ったら木の枝に腰を掛ける。既に侵攻してくる相手の魔砲少女が意識しなければ見逃す程には高い位置になっている。下に視線を向けると葵が木に登る途中で怯えながら動けずにいた。


「ま、待ってよぅ豊橋さん。あ、あたし木登りなんて本当に久しぶりで……」

「大丈夫さ。自慢じゃあないけれどわたしだって木登りなんてもう何年振りだ。ほら、わたしの手に掴まって」

「あうう、ありがとう穂香ちゃん」


 わたしは木の幹に紐を潜らせて落ちないようバランスを取りながら下にいた葵に手を伸ばし、その身体を引き上げる。最終的に葵はわたしからやや下に位置する別の木の枝に落ち着いた。地面から大分離れた高さにめまいを覚えたのか、やや葵の身体がぐらついた。


「あ、あうう。高いよぅ」

「鳴海先輩が言ってたけど、これぐらいの高さから落ちてもフォースシールドがダウンするだけで怪我はないんだってさ」

「き、気休めにならないよそれ……!」


 なるべく不意の事故が発生しても怪我が無いように、フォースシールドは完全に切れない出力で設計されているらしい。戦闘不能になるまでシールド発生率が低下しても実際に砲撃でシールドを貫通しないようにだ。さすがに崖やビルから転落して頭を打っても大丈夫、とまではいかないらしいけれど。


 わたしは首にかけていた双眼鏡で周辺に目を走らせた。周囲一帯は森とが言われてるけれど、そこまで木は密集してないみたいだ。相手選手が近づいて来ればすぐに分かるだろう。

 反対側に位置する自チームフラッグ方向は少し身を乗り出さないと確認できなかった。フラッグ近くに残っているのは二人だけで、先輩達三人の姿は見当たらなかった。これも先輩の作戦通りで、フラッグからやや離れて周囲を見回っている筈だ。


 相手の侵攻も拠点の状況も確認出来るここは身を潜める場所として最適とも言える。


「んー、なるほど。相手の狙撃手にここ取られたら一方的にやられちゃうな」

「フラッグが危なくならないように危険な場所を潰したりするのも大事なのかな?」

「どっちかって言うと個々の実力とか技術よりどれだけ有利な状況に持っていけるかって戦術面の方が重要っぽいな」

「鳴海先輩の知略次第、かぁ……」


 葵は次に森の方へと視線を移そうとして手を滑らせる。零れ落ちた双眼鏡は首からかけていたベルトに引っかかって止まった。慌てて双眼鏡を掴む手は震えていた。その顔はやや青ざめていて、歯をわずかに鳴らしているじゃあないか。


「葵ー。名屋先輩が率いてる攻撃部隊の進行速度から考えてもまだ会敵には早いぞ。もう少しリラックスしたらどうだ?」

「ほ、穂香ちゃんは怖くないの? あたし、緊張してがちがちで……」

「してるさ。不安で仕方がない。だからこそいざと言う時に動けるように無理矢理でも落ち着くのが大事なんだって」


 適度な緊張感があった方が集中出来るのは事実だけれど、かと言ってそれだけに支配されていたんじゃあ実力の半分も出せないしな。


 わたしは先ほどと同じ要領で身を乗り出して美合の肩に手を振れる。ユニフォーム越しだから何の気休めにもならないかもしれないけれど許してほしい。更に安心させるために美合に自信を感じさせるよう精いっぱい笑ってみせた。それが功を奏したのか、葵は軽く驚いて目を丸くしてきた。


「ま、同じ初心者で頼りないかもしれないけれどさ、ここにはわたしもいる。大船に乗った気分になってみろ。案外大丈夫なもんさ」

「穂香ちゃん……」


 葵は一旦目を瞑って深呼吸を何回かして、静かに目を開ける。彼女の瞳に映るのは生い茂る木々と傍で腰かけるわたしの姿のみ。聞こえるのは風でたなびく葉の音。とても魔砲の試合中とは思えない穏やかな時が流れていた。


 しばらくの間そんな感じに葵と他愛ない会話を交わす。他の班が連絡を取り合って今どこそこにいるとか相手とは未だ遭遇していないとか報告が耳に入る。わたしは懐から取り出した練習場の地図に書き込んで各班の現在位置を確認していく。

 既に斥候の役目を担うC班は敵陣奥深くまで入り込んでいる。そろそろ名屋率いるA班も相手チームフラッグの直線距離で半分を越そうとしていた。未だに攻撃部隊となっている各班から相手の同行は全く掴めなかった。


「先輩方がどう動いてるのか全然分からないですぅ」

「んー、相手チームが森に人員を割いてないのか、それとも単に見つからないようにして誘い込まれてるのか。何にせよまだ誰も見つかってないのはあまり良くないな」

「せ、先輩方はどう動いてるんだろう……?」


 もしかして一直線に森を抜ける攻め手を始めから捨てて、森を迂回する方に人員を割いたのか? それとも懐までおびき寄せて、固めていた防御で打ち砕くとか? 何にせよ斥候のC班からすら報告が無いのは不気味だな。

 と、何度目になるか分からない会話を葵と交わしている時だった。耳に入れていたイヤホンから雑音混じりの無線が入った。


『こ、こちらC班! 相手チームと交戦! 数がこちらより多くて突破出来ません!』

『A班了解です。交戦せずに後退してください。数は何名ですか?』

『二人……いえ、三人です!』

『現在A班も二名と交戦中です。援護をお願いします』


 豊橋と美合は顔を見合わせた。意外な展開に葵は動揺を隠せていなかった。きっとわたしも鏡を見たらそんな顔をしているんだろうな。

 地図をもう一度良く見返して両方の班が会敵した場所を確認する。A班が交戦している場所は少し前にC班が通過した場所の筈だ。相手に回り込まれたか隠れ潜んでたのをC班が見落としてたかだろうか。


「先行してた斥候のC班と慎重に進んでたA班が同時に戦闘開始するなんて……おかしくない?」

「重要なのは名屋先輩が思いっきり裏をかかれたって点だろ。まずいなんてもんじゃあないな」

「ええっ!? それじゃあもしかして名屋先輩方が突破されてすぐにこっちにも……!」

「ああ、わたし達の出番もそう遠くはないんじゃあないか?」


 少しのんびりしていた自分に活を入れ直したわたしは無線を聞き逃すまいと耳に手を当てつつ辺りの監視を入念に行う。幸いにもまだこちらに先行してくる魔砲少女はいないようだ。

 すると、程なくして無線から別の声で報告があがってくる。先ほどとは違って切羽詰っておらず落ち着いたものだった。この声は丘に向かっていった豊依か。


『こちらD班、丘の制圧に成功しました。なお、相手選手と遭遇して四名を撃退、こちらの損害はゼロになります』

『嘘、四人もそっちで倒したの!? お手柄なんてものじゃないわ、大成果よ! それで、その位置から相手チームのフラッグは確認できる?』

『確認出来るそうですが距離がありすぎて直接は狙えないと言っています』

『じゃあしばらくそこで待機していて。それで大きく相手の行動を制限出来るから』


 四人を返り討ちか、凄いな。まあ、豊依はわたし達初心者組の中でも近接戦の強さは群を抜いていたし、神薙の狙撃もある。遠近に優れた二人がかみ合えばほぼ一方的に相手をやっつけられるのは初めから分かっていた。実践出来るかは全然違う話だけれど。


『B班、応答しなさい。現在位置の報告を』

『B班、こちらの現在位置は――』


 少し時間をおいて聞こえてきたのは鳴海先輩の声だった。無線越しで雑音が混じっているけれど、その声は相変わらず凛としていて聞き取りやすい。応答したB班の魔砲少女達は特に焦っている様子も無く、わずかに呼吸の乱れがあるぐらいか。

 地図と報告を確認し合い、どうやらB班は鳴海先輩の指示通り森を迂回するように進行しているらしい。森からやや離れているのは森に隠れ潜む狙撃手からの奇襲を避ける為だろう。遠回りしていたB班も既に行程の半分を過ぎている。


『まだ相手チームの先輩方の姿は見えません。引き続き進行していきます』

『分かったわ。何かあったらすぐに連絡頂戴。A班、そっちの様子はどう?』


 今度はA班とC班でやりとりしたのを最後に音信不通になっているA班へと鳴海先輩は呼びかける。けれどそれに応答する者は誰一人としておらず、静寂に包まれたままだった。


『桜、応答しなさい。状況を報告してくれないと対応のしようがないわ』


 鳴海先輩の声色にわずかながら焦りが混じってきた。それでも名屋先輩からの報告は特に無い。経験の浅い新入生ならともかく名屋先輩は二年生、報告が疎かになるほど追いつめられているのかもしれないけれど、合間を縫って合図を送るだけでも出来る筈だ。

 これが意味するのはただ一つ。葵が今にも泣きそうな顔をしてこちらを向いてきているけれど、わたしだって顔を引きつらせるしかない。


『……豊橋さん、美合さん。悪いけれどそっちは忙しくなりそうよ』

「分かりました。相手の姿が見えたら連絡します」


 鳴海先輩は申し訳なさそうに緊迫した重い声をこちらに向けてきたけれど、わたしは陽気とも思える明るく返事した。心配するな任せておけ、と見栄を張りたかったけれどさすがに大言壮語だし止めておいた。意味の無いビッグマウスは嫌なのだ。


「な、何人こっちに来るんだろう?」

「さあね。結局名屋先輩達が何人倒したのかさっぱりだからなあ。下手すると神薙達が倒した四人以外全員森に突撃してるかもしれないぞ」

「どど、どうしようそうなったら……!」

「自分達で何とかしようとしないで大人しく鳴海先輩に救援を求めるのが一番だろ。ハリウッド映画じゃああるまいし一騎当千なんて出来るか」


 最も、その前に足止めを任される可能性は大いにあり得るかもね。別にわたしが倒してしまっても、なんて芸当は無理な話だ。

 まあ、そんな場面になったらせいげい足掻いてみせるさ。

お読みくださりありがとうございました。

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