体験入部最終日⑥・丘の攻防戦
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丘の上に陣取った熱田と知立の二人は、わずかに遅れて姿を見せた相手チームの魔砲少女四名を頂上から眺める。彼女達は周囲を警戒しながらもその足は一直線に丘の頂上を目指していた。
「わざわざご足労お疲れ様ですね。準備に忙しい神薙に代わって私が歓迎いたしましょう」
知立は寝そべりながらスタッフを構え、侵攻してくる先輩達めがけてスタッフを発砲させた。クリスタルより発射された光弾は迫りくる相手選手の横を抜けていく。知立はめげずに少しずつスタッフの向きを調整し、ようやく相手に当たり始めた。
だが相手は既に熱田達が丘の頂上を占拠している事実を目の当たりにしても驚かず、やや前かがみになりながらも前進を止めようとしない。逆に四人が連携しながら知立めがけて立て続けに発砲する。
知立はひるまずに四人全員に均等に弾幕をばらまいていたが、熱田は難色を示すようにふくれっ面をした。
「豊依ちゃん、そのタイプのスタッフだと弾幕ばらまいてもあまり相手に脅威にならないから、強引に突破されちゃうよ。いくらマジックスタッフの弾数が無制限だからって、スタッフのコアクリスタルにチャージされたエナジーが切れたら再チャージまで何も出来なくなっちゃうし」
「つまり成果が乏しいだろう行為は控えながら、威力の無さを数で補って一人一人噛み締めるように処理していけ、と」
「言い方が酷いよう豊依ちゃん! うん、でもシールド残存率って体力と同じで少しずつ自然回復しちゃうから、相手一人に集中させた方がいいってあたしは思うな」
知立はその銃口を四人のうち一番近かった魔砲少女に集中させ、そのシールドを抉るように削っていく。やがてシールド発生率が規定値以下となったのか、その魔砲少女は糸が切れたようにその場に膝を付いて崩れ落ちる。
いや、彼女はその場でうつぶせになったのだ。この場で巻き起ころうとする丘の攻防戦に置いて邪魔にならないよう、そして流れ弾に当たらないように。
知立が最初の一人を倒すまでの間に残り三人の魔砲少女達は既に丘頂上との間にあった距離をぐっと縮めていた。思ったよりも早い進撃に思わず熱田の方へと振り向くものの、彼女の組立作業はまだもう少しかかるようで広げていた部品はまだいくつもあった。
「この調子では相手が丘を登りきる前にもう一人倒せるか否か、ぐらいでしょうかね」
「穂香ちゃんがいてくれたら的確に相手に当てていったんだろうけれどなあ」
「この場にいない人の名を出した所で建設的ではありませんね。ここはひとつ、私だけでも相手に打って出ます。その間に神薙は組立を急いでください」
「だ、大丈夫なの? 三対一になっちゃうよ?」
「ご心配なく。あえて言うならなるべくお早めに準備を整えていただければ」
知立は熱田を安心させるように不安の混じり気を一切感じさせない笑みを浮かべると、スタッフを乱射させながら丘の急斜面を駆け下りていく。飛んで火にいる夏の虫とばかりに魔砲少女三人は知立めがけて発砲していくが、細かく挙動を変える知立に中々命中させられない。
「さて、では試し振りといきますか」
彼女は背負っていたライトソードを持ち出して刃を展開させた。その様子を目の当たりにした魔砲少女達は軽く驚きの声をあげる。
知立のソードは刃の長さこそ他の標準品と変わりなかったが、柄が明らかに異なっていた。魔砲少女の一人は物干し竿を連想し、またもう一人は槍を思い浮かべた。そして知立に迫られる最後の一人は慌てて刃を展開させようとしたソードを知立に弾かれてようやく確信した。
「なぎなた……!」
「正解です。私の間合いは先輩の間合いの外も含めますので」
右側の小手に打ち込まれてソードを取り落とした魔砲少女は喉元への突きを防御出来ず、一撃で自身を覆っていたフォースシールドを破られた。
倒れ伏す味方に当てまいと躊躇していた残された魔砲少女達はその間に知立に間合いを詰められていく。慌てて迎撃すべくスタッフを発砲させても頭部や胸を覆うように腕を前に出す知立には中々有効打にはならなかった。
「この、お……! 調子に乗らないで!」
知立に迫られ迎え撃つ形でソードを抜き出した魔砲少女は相手の懐に潜り込むべく飛び出した。ただ彼女は失念していた。剣道には面、小手、胴、咽喉と四つの打突部位があるが、なぎなたにはもう一つ打突部位があるのだと。
知立は中断の構えからわずかにソードを振りかぶってから、斜め下方向へと薙ぎ払った。上半身のいずれかに攻撃がくるものと身構えていた魔砲少女は、まさかの脚への攻撃に全く対処出来ず、躱す事も叶わなかった。
「脛ッ!」
脚を覆っていたシールドが大きく揺らぎ、怪我や痛みこそなかったものの衝撃は殺し切れず、魔砲少女の体勢が大きく崩れた。知立は間合いを保つように一歩下がると、目の前の相手の頭部めがけて渾身の一撃を繰り出した。
「面ッ!」
引き面、なぎなたと違うのは相手のシールドを減らすべく残心などお構いなしにソードを振り下ろした点にあった。一刀両断された魔砲少女のシールドは戦闘不能なまでの甚大な損傷を受け、膝を付いた。
一対一の戦いをフェアに見守る競技でもなく、残された最後の魔砲少女はチームメイト相手に夢中になる知立に狙いを定め、スタッフを発砲させる。的が大きい腹部を狙った光弾は知立の右腕に直撃し、彼女の身体を大きく跳ね飛ばした。
「あぅっ……!」
「よくも一年のくせにやってくれたわね!」
魔砲少女は起き上がろうとする知立へと容赦なくスタッフを向け……天地が逆転した。
彼女が気が付いた時は頭に強い衝撃を覚え、斜面に吸い込まれるように身体を倒していた。意識ははっきりしていたので何とか転がり落ちまいと身体を踏ん張らせたが、何が起こったのか見当もつかないでいた。
それは絶体絶命の危機に瀕していた知立も同じだったが、知立には倒れた先輩よりも多くの情報を知り得ている。彼女が視線を向ける先は丘の頂上、そこではロングバレルスタッフを構えて知立に向けて腕を高々と掲げる熱田の姿があった。
「ごめん豊依ちゃん! 遅くなっちゃった!」
笑顔を向ける熱田に知立も張り詰めさせた空気を緩めて自然と笑みをこぼす。
「……全く、美味しい所はもっていくんですね」
「そうは言うけど豊依ちゃんだって先輩方三人を相手に凄い立ち回りだったじゃん!」
「私のように長い得物を持つ相手との経験が少なかったからでしょう。意表を突かなければ倒れ伏していたのは私の方だったかと」
「でもでも、結果だけ見れば先輩四人をあたし達だけで何とか出来たんだよ!」
大はしゃぎして喜ぶ熱田に同意を示しながらも知立は自分達が打ち破った先輩達に視線を移した。地団太を踏む者もいれば唇をきゅっと絞って拳を強く握りしめる者もいた。共通するのは悔しさを露わにしている点だったが、新入生にしてやられた逆恨みではなく自分の不甲斐なさから来る憤りの方が強く見られた。
(ふむ、これなら陰湿ないじめや理不尽な指導はさほど無いと思っても問題ないでしょうか?)
未だ知立は熱田と共に魔砲部への入部を決めかねていたが、この調子ならもう少し誘ってくれた熱田と付き合ってもいいか、という気にはなれた。
「……私は今まで狭い空間で一対一の戦いをするのに慣れていましたけれど、魔砲を今後も続けるならもっと周囲に気を配りながら立ち回る必要がありそうですね」
「ほ、本当? 豊依ちゃんあたしと一緒にやってくれるの?」
知立の呟きを熱田は聞き逃さず、目を輝かせて彼女に迫る。別に聞かれて困る内容を口走ったわけではなかった知立は、朗らかに熱田へと笑いかけた。
「ええ。そうしてもいいかって思えるぐらいには楽しいですから」
「うん、うん! ありがとう豊依ちゃん! 一生懸命頑張っていこうね!」
「ちょ、ちょっと神薙。まだ試合中ですから……!」
感極まった熱田は知立へと抱き付いた。慌てて引き離そうとする知立だったがその抵抗はあまり強くない。やがて知立も軽く息を漏らすと彼女もまた熱田の肩へと手を回した。
「ええ共に行きましょう、神薙」
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