体験入部最終日⑤・狙撃手の位置取り
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一年生チームの守備部隊は試合開始早々、鳴海の指示によって三つの班に分かれる形となった。そのうち熱田と知立のコンビは自チームフラッグから相手チームフラッグ方向を向いて右手に位置していた小高い丘を一路目指していた。
「二人には両チームのフラッグが見える丘を目指してもらうわ。今までうちの学校って狙撃手いなかったからそこってただ練習場を一望出来る程度に過ぎない場所だったけれど、熱田さんほど優秀な遠距離狙撃手がいるならその重要性は全然違ってくるでしょうね」
「でも隊長から頂いた練習場の全体図を見る限りだと、相手チームのフラッグまではちょっと遠すぎてあたしには届かないと思うんです」
「別に敵の守備部隊を始末しろって言ってるんじゃあないの。熱田さんだったらこっち側のフラッグの場所ぐらいなら射程距離内なんでしょう?」
「現場を見ていないから何とも言えないんですけど、多分そうじゃないかと」
「攻め手はあくまで桜……名屋さん達に任せましょう。熱田さんはこっちに攻めてくる相手チームの選手を片付けてくれればいいわ」
熱田は試合開始前に鳴海と交わした会話を思い返し、彼女から渡された練習場の全体図を確認した。小高い丘はやや一年生チームのフラッグの方が近かったが、相手チームのスタート地点からもそう遠くはない位置にあった。
「気を付けてほしいのは既にチームメイトは熱田さんって遠距離狙撃に特化した新入生がいるってもう知られちゃってる点かしらね。一方的にやられるのはたまったものじゃあないでしょうから、きっと岡崎さん達は人員を裂いて妨害してくる筈よ」
「んー、あたしの武装だとあまり小回りが効かないから相手が向かってきたら撃退は難しいかもしれません」
「そこで知立さんには熱田さんに同行して彼女を守って欲しいのよ。初心者組の中で一番近接戦に向いていたのは知立さんだから、きっと熱田さんといいコンビになると思うの」
「分かりました。その期待に答えてみせましょう」
知立もまた鳴海との会話を思い返す。事前に聞いていた通り丘には特に視界を阻む木や岩などは無く、占拠して狙撃手を配置すれば戦局を大きく有利に傾けられるだろう。その為、相手チームがさせじと刺客を差し向けてくるのは想像に難くなかった。
「……だっこしましょうか?」
「だ、大丈夫だよう。行きましょう」
知立と彼女のお腹辺りほどの背丈しかない熱田の走る速度は明らかな差があった。それでも何とか熱田は知立の背に縋りつくように付いていく。歩幅からして全く違うのに、と知立は素直に感心して自然と笑みをこぼしていた口元を慌てて隠した。
「どうしたの? 何か嬉しい事とかあった? 昨日の夜ご飯が大好物だったとか?」
「いえ、他愛ない事ですのでお気になさらずに」
二人は特に相手チームの魔砲少女と遭遇する事も無く丘のふもとまでたどり着く。小高いと鳴海は説明していたが、知立が見上げる丘はやや急斜面となっていた。彼女は階段が欲しい険しさだと感想を浮かべる。
(……ここまで急坂だと足を滑らせたら大変な事になりますね。駆け上がって相手を迎え撃つ体力すら消耗しては意味もありませんし。少し速度を落としてでも確実に昇っていくべきでしょうか)
知立は地面を踏みしめるようにして急な坂を一歩一歩前に進んでいく。だがそんな知立をよそに熱田は彼女を追いぬいてそのまま駆け上がっていく。軽やかではなかったが確かな足取りで昇る熱田は緩やかに着実に登っていた知立を見下ろした。
「神薙さん……!? そんなハイペースでは頂上に付くまでにばててしまいますよ」
「駄目だよう豊依ちゃん! 先輩達がこっちに来る前に少しでも有利な位置になるよう急がないと……!」
「っ。そうでしたね。私が愚かにものんびりと構えていたようです。分かりました、少しでも早く頂上に行きましょう」
知立は頷いて熱田と共に坂を駆け昇る。上り坂は容赦なく二人の体力を奪っていき、すぐに息が上がっていく。疲労感が出始めた辺りで二人は見晴らしの良い丘の頂上までたどり着けた。二人共仮入部以前にも走り込みをやっていたおかげで脚は棒のようにならずに済んだ。
呼吸を整えるのもそこそこに二人はすぐさま周囲に目を走らせる。穏やかな風が二人の頬を撫でる中、特に他の魔砲少女の姿は見当たらなかった。ひとまず二人は胸をなで下ろす。
「どうやら我々が先行したようですね」
「よかったぁ。もし先輩達が待ち伏せしてらどうしようって思ってたんだぁ」
熱田は双眼鏡で自分達のチームのフラッグを確認した。遠く離れてはいたがその様子ははっきりとその目で捉えられた。
「んー、確かにあたしが仮に相手チームの選手でここを確保してたら、フラッグ周囲の魔砲少女達が狙いたい放題よね」
「そうなれば試合はあまりに一方的な展開となり総崩れとなっていたでしょうね。……それにしても良くあれだけ遠くの様子が分かりますね。同じ双眼鏡を使っていても私には味方が豆粒にしか見えませんよ。彼女達をこの場所から狙撃した所で一日かけてもかすりもしないでしょうよ」
「それは得手不得手があるからしょうがないよ。あたしだって二刀流やってるのは護身の意味合いが強いし、正直苦肉の策なのよね」
「私みたいに突撃するしか芸の無い女の子よりはよほどいいと思いますがね」
熱田は背負っていた細長の道具袋からロングバレルスタッフの部品を取り出していき、手際よく組み立て始めた。初めは単なる金属の棒にしか見えなかった部品が組み合わさるごとに次第にスタッフとしての形を成していく。
知立もその様子はこの数日で何度も目にしてきたが、小柄な熱田と物々しいまでの武具との対照には違和感を通り越した不気味さすら感じてしまう。そんな彼女の思いとは裏腹に、熱田は脇目で知立の方を見つめて深くため息を漏らした。
「あたしも豊依ちゃんぐらい背があったらこんないちいち手間かけて組み立てなくてもいいんだろうけどな~」
「いくら私の背が高いからってそれだけ長いスタッフを背負ってはいられませんよ。もう少し背が伸びたら分かりませんけれど」
「豊依ちゃんきっとあと数年経ったらもっと大きくなるって。それこそバレーボール選手とかバスケ選手ぐらいに」
「可愛い服が着られなくなるのでそれは御免ですね。けれど神薙のスタッフを背負って共に進むのも悪くは――」
知立は引き続き辺り一帯を双眼鏡で監視している最中、熱田への言葉を突然止めた。初めは怪訝に思った熱田もすぐさま事情を察した。
彼女が視界の端で映したのは相手チームの魔砲少女の姿だった。その数四人。魔砲少女の先輩達も熱田と同じように駆け足で丘を登り始めていた。自然と頂上から見下ろしていた知立と魔砲少女達の視線が交錯する。
「先輩方が既に丘を登り始めていますね。足止めしますので急いでください」
「えっ、思ったよりも早いよ。ごめん、スタッフの組立にはもう少し時間かかりそう。足止めしてもらっていいかな?」
「分かりました。お任せください」
知立はすぐさま背負っていたスタッフを手元に戻し、相手に向ける面積を減らす為にその場にうつ伏せになって肘で上体をわずかに起こした。
(結局この仮入部期間で射撃の腕は上がりませんでしたが……)
結局知立はこの期間中で一度も的に命中させれられなかった。スタッフより発射される光弾はあさっての方向へ飛ぶばかりの光景を見かねた鳴海は、知立から通常仕様のスタッフを取り上げて別のスタッフを手渡した。
「知立さんは狙いを定めてターゲットに命中させる狙撃タイプのスタッフは向いてないみたいね。けれどそんな人の為にいい言葉があるわよ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってね」
「つまりは狙いを定めた一発必中にしないで、弾幕をばらまくと」
「そうよ。さすがに銃で言うガトリング砲みたいなのは競技用には無いけれど、サブマシンガンっぽいのはあるから使ってみなさい」
「成程、そちらの方が私の性には合いそうですね」
知立が貸し与えられたのは射程距離はそれほど遠くなくシールドへ与えられる損害も多くないが、その分連射性能に優れたタイプのスタッフだった。狙いが大雑把でも命中位置を見てから少しずつ調整しつつ撃ち続けられるのは自分好みだ、と知立は考えていた。
「まだ顔も名前も知らない先輩方。ここまでは来させませんよ」
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