体験入部最終日④・隊長の思惑
-no side-
「あーくっそぉ~。やっぱうちの代のエースは悔しいけど桜かー。さすがに鳴海先輩が目をかけるだけあるわねー」
名屋に一刀両断された魔砲少女は大げさに両手を挙げた。悔しさを少し滲ませながらもどこかすっきりしたようにその声色には淀みがなかった。そんな彼女に対して名屋は明確に否定するように顔を横に振った。その瞳は目の前の相手を見つめながらもどこか遠くを見ているようだった。
「そんな、私なんてまだまだ……。今日だってたまたまよ」
「けれども……まあ、ご愁傷様。この場の勝ちぐらいは譲ってあげる。けれど、この試合に勝つのはあたし達よ」
「そうかもしれないけれど、少しでも粘らないと」
脱落した魔砲少女が離脱していくのを見届けた名屋は奥の敵陣地の方を見据えた。まだ遠くて米粒程度の大きさでしかないが、名屋の方へと迫ってくる姿を捉える。頭飾りの色から三年生の魔砲少女達だと判別した名屋は後退しつつ向かってくる彼女達めがけてスタッフを発砲させた。相手の魔砲少女達はすぐさま障害物へと身を潜め、反撃の弾丸を名屋めがけてばらまいてくる。
お互いに木の幹に隠れつつ発砲を繰り返すもののどちらも有効打にはなっていない。距離が離れているのでスタッフから射出される光弾には木の幹を貫通する威力も無く、ただ選手が盾にする少し木を抉って焦がすばかりだった。
(発砲の方角からして相手は二人……いえ、三人? もしかしてC班が交戦してたって相手?)
名屋は無線機に手を当ててC班へと呼びかけるものの一向に返事が無い。戦いに夢中になってイヤホンが外れてしまったか、応答が出来ない程切羽詰った状態なのか、それとも……、
「既に戦闘不能になっていて無線機を取れないから、かしら?」
「……っ!?」
あらぬ方向から透き通った声が聞こえた。背筋が凍るほどの恐怖を覚える前に名屋はソードを展開して声の方向へと切りかかった。
だがそれはお見通しだとばかりに相手はソードで名屋の攻撃を受け止めた。激しい火花が名屋と相手の魔砲少女との間で飛び散る。
「た、隊長……!」
名屋はソードを交える相手、岡崎隊長を鋭い視線で睨んだ。岡崎はそんな名屋も愛おしいとばかりに微笑むばかりだった。
「残念ね名屋さん。そっちの斥候部隊は既にこちらで壊滅させました。三人だったかしらね?」
「……っ。索敵を見つけられたんですから仕方がありません。ですがC班を倒してから回り込んだにしては随分早くありませんか?」
「単純な話よ。待ち伏せていたのはさっきの二人だけじゃあなく、私を含めて四人だったってだけ」
「よ、四人……!?」
名屋が青ざめた時はもう遅かった。彼女の肩から腰元までの斜めに鈍い衝撃が走った。途端、名屋を覆っていたシールドは破られ、岡崎と交えていたソードの光刃が消失する。息を呑む名屋に向けて押し合っていた岡崎のソードが勢いを乗せて名屋へと迫ってきたが、寸での所で刃は同じように消え失せる。
「あ……?」
「戦闘不能になった相手への攻撃がこんな感じに無効化される。大分昔に起こった死亡事故対策の保護機能よ。整備を疎かにしていなければちゃんと働きます」
「そ、そうだったんですか……」
名屋は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。名屋の背後から岡崎の方へと駆け寄ったのは相手チームの先輩で、遅れて名屋とけん制し合っていた二人、それから程なく三人が姿を現す。
(七人、さっき私が倒した二人を加えると九人!? そんなに森に費やしていたなんて……)
森を迂回させたB班の四人をC班やA班に加えていたら、と思うのも後の祭りだった。こうなるとB班が現在どのような状況に置かれているのか猛烈に知りたくなったが、戦闘不能となった名屋はルール上もはや無線は使えなかった。
岡崎は辺りを窺うように見渡した。その上でしゃがんで名屋と同じ目線になると、
「何か拍子抜け。例年の先輩方も私達にこんな風に思っていたのかしら?」
と冷淡に呟いてきた。
「ねえ名屋さん。鳴海さんは一年生にも試合に出場する機会を与えようってしきりに言っているけれど、それは一年生が戦力になったらの話でしょう? 夏の大会の地区予選はもうすぐそこまで迫ってきているの。今から新人を一から育てたんじゃあ到底間に合わないわ」
「だから年功序列のままが最適だ、と仰りたいんですか?」
「さすがに怠慢な三年と優れた二年生とじゃあ後者を選びます。けれど一年生はまず雑務で勝手を覚えてもらい、基礎を徹底的に鍛えるだけに留めるのは間違ってはいない筈よ」
岡崎が少しずつ魔砲部の雰囲気を変えていっているのは名屋も分かっていた。鳴海は表向きは懐古にひた走る岡崎への批判を口にしているものの、急激な変革で部がばらばらにならないように隊長の岡崎が舵を切っているだけなのは誰もが感じていた。
今の二年生は今の三年生からそれほど理不尽な仕打ちは受けていない。練習と称するしごきも受けていないし、ただ備品を磨くだけの日々も送っていない。三年の誰かが体調を崩したり調子が悪かったりしたら三年の余りではなく二年生が試合に出場する機会も増えてきた。
この調子で行けばあと一年もすれば完全にこの学校の魔砲部は旧体制を抜けて浄化される、そんな未来を名屋が思い浮かべていた。
だが、それとこれとは別だ、と岡崎は断じて鳴海と常に対立していた。
「小学校時代に神童とか天才とか言われる程の凄さがある子なら即戦力として試合に参加させたいけれど、将来有望ってだけで経験値が不足してる足手まといに開ける枠なんて無いの。そこが鳴海さんの甘い所なのよ」
「……じゃあ、今日の試合はそれを確かめるための?」
「そう思ってくれて結構です。名屋さんが面倒を見ていた経験者組がこの有様なんですから、今年も例年と同じく控えにも入れられそうにないわね」
「それは分かりませんよ」
少し落胆したように声を沈ませた岡崎に対し、名屋は強くはっきりした口調で言葉を被せて明確に否定した。岡崎の周りに集う名屋の先輩達は強がりと思ったのかわずかに嘲笑ったようだが、岡崎はただ名屋に対して微笑むだけだった。
「いいえ、分かるわ。少なくとも名屋さんが面倒見ていた経験者の子達はてんで話にならない。この一年間は徹底的に鍛えてあげなきゃ。それはチラ見していただけの私達よりも名屋さんが一番良く分かっている筈よ」
「そ、それは……」
「けれど明確に否定するのは、鳴海さんが今年の新入生は有望だって言っていたからよね?」
「……っ!」
名屋には否定できなかった。岡崎の言った通り名屋は練習が終わる度に鳴海とミーティングを行っていたが、その度に初心者を見ていた鳴海は目を輝かせてきたのだ。
「あの子達はきっと将来うちの学校を更なる高みに連れて行ってくれるわよ!」
結局名屋が初心者組の練習を見る機会は無かったけれど、名屋が尊敬する鳴海の断言を彼女は信じたかったのだ。だから今日は彼女が夢見る一年生から公式試合に出場できるチームになるよう頑張ろうとした矢先、名屋達はさほど見せ場も無くやられてしまった。
不甲斐なさと申し訳なさで涙を滲ませた名屋の肩を、岡崎は優しく叩いた。
「悔しかったら私達を見返すぐらいに頑張りなさい。その想いがきっと名屋さんの血肉になって行く筈だから」
「……はい」
「ま、あの鳴海さんの根拠なしはいつもの事だけれど、不思議と毎回そう外れてはいないのよね」
岡崎は立ち上がると集った六人にそのまま侵攻するように指示を送る。威勢のいい返事をした六人の魔砲少女達は与えられた任務を全うすべく、一年生チームのフラッグ向けて森の中を駆けていった。岡崎は名屋へと手を差し伸べてきたので、名屋は感謝を述べつつその手を取った。
「鳴海さんがはしゃぐほどの新入生、か。面白そうよね」
名屋を引っ張って立ち上がらせた岡崎は微笑を湛えたままだったが、その瞳は強く鋭く、その奥に炎のような感情が燃え盛っているのを名屋は感じた。
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