体験入部最終日③・副隊長を慕う者
-no side-
「それじゃあさっき話した通りA班は森を突き抜けて、B班は左回りに森を迂回して進行しましょう。C班は先行して相手チームの動きを探って、可能なら牽制してください。総員前進!」
「「了解!!」」
一年生チームの副隊長を任された名屋は試合開始直後に一年生経験者組総勢十名に最低限の指示を送った。C班の三人が先行して森へと突入、B班の四人が駆け足で左方向へと向かっていった。名屋はA班の三人を引き連れて森へと入り、一路相手チームのフラッグを目指す。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。先輩達との接触予測地点まではまだ結構距離があるから。しばらくは気を楽にして行きましょう」
名屋達魔砲部員にとって幾度となく使用している学校近くの練習場は勝手知る庭みたいな場所で、敷地内の地形等はほぼ頭の中に入っていた。当然フラッグ周辺の環境、そしてどれぐらいの速度で進めば相手と鉢合わせするか、等もだ。
新入生が先輩達を良く知らないのと同じで二、三年生もまたこの仮入部の短期間しか新入生を見ていない。練習場の情報は副隊長の鳴海と名屋が補ってくれる。よって情報面では両チームに優劣は無い状態となっていた。
名屋は昨日のミーティングでの鳴海と岡崎の会話を思い出す。
「岡崎さん、まさかついこの間まで小学生だったひよっこ相手に姑息な真似はしないわよね?」
「ただ勝つためなら容赦なくそうするけれどこの紅白戦は新入部員の力量を計る為のもの。戦術を競うものではないわ」
「ふーん、ならこの二年と大体似たような感じで攻めてくるのね。まあ目的が目的な以上、こっちも捻くれた作戦は取れないけれどね」
「ええ。鳴海さんや名屋さんのリーダーシップだけで勝っても意味がないもの」
これが嘘でなければ罠や策で一方的に弄られる心配は無いだろう、と名屋は判断した。さすがに新入部員をテストする名目で上下関係を身を持って思い知らされる筈が無いと信じたかった。その為に鳴海達は最上級生になるまで我慢してきたのだから。
過度な実力主義では部活から楽しさが無くなるだろうし、かと言って過度な年功序列では何時まで経っても陰湿な上下関係は改善されない。今年こそは、と鳴海の背中を追いかけながら名屋は決意を固めているのだ。
「C班の皆さん、報告してください」
『こちらC班、今のところ相手チームの姿は見えません』
「現在位置を教えてください。ハンディGPSの座標で十分ですので」
『C班の現在位置は――』
名屋は選手全員が所持する無線に呼びかける。片イヤホンを耳に刺し、小型マイクを襟元に挟んで無線機本体は腰元にある。これは特にクリスタルの技術は使用しておらず普通の電化製品だ。屋外の広範囲でも電波が行きわたるよう少し強力なものを使用している。
ちなみに標準ライトソード、標準マジックスタッフ、無線機、そしてハンディGPSについては魔砲部から貸し出しされている。と言うのも中学生ではお小遣いとお年玉を総動員しても手が届かない高価な代物だからだ。最も、ソードとスタッフだけはそのうち誰もが個人用の購入に踏み切っていくのだが。
「練習場敷地内だけで使うならダマで行けるけれど……やっぱり新入生には練習試合までには四級無線免許取ってもらわないとね。ねえ岡崎さん、免許試験の費用ぐらい部費から出せないの? ただでさえ学校ユニフォーム仕様のアミュレットでかなり出費させるのに」
「あいにく小学校から本格的に魔砲に取り組んでいる子達は無線免許持ちが多いの。いくら初心者を引き込みたいからって金銭面で差別は出来ないわ」
とは春先での鳴海と岡崎の会話を漠然と思い出しながら名屋は敷地内の地図を片手で広げ、こすれば消えるボールペンでC班の現在位置に印を付けた。
既に両チームのフラッグの中間地点を通り過ぎていた。斥候の役目を担ったC班の三名はそれぞれ隣の者が目視できる程度に間隔を広げて進んでいたが、誰も相手選手を捕捉していなかった。
(C班が誰とも出会わない? 先輩達は攻撃部隊全員に森を迂回させている……?)
名屋は自分のハンディGPSを確認した。名屋のハンディGPSは個人用で、鳴海とおそろいのものをお年玉を使い果たして買ったものだった。三か月が経過した現在でも眺めるだけでつい頬が緩んでしまうのをかろうじて堪える。
「そろそろ相手チームとの接触が予測される地点に到達します。皆さん警戒を強めてください」
「「はいっ!」」
名屋達A班の進路はC班が通過した道のりをなぞったもの。C班の方が先に相手と接触する筈だが回り込まれてしまったら話は別だ。中間地点を抜ければその可能性は飛躍的に高くなってくると名屋は見込んでいた。
だからか、名屋は真正面からの奇襲を受けて反射的に身をかがめる行動しか取れなかった。
「あぅっ!?」
名屋に追従していた新入生の一人は全く反応出来ないままスタッフによる砲撃を腹部に受ける。彼女の身体に張り巡らされたフォースシールドが激しく波打ち、やがてシャボン玉のように弾けてしまった。耐久が持たなくなった為のシールドダウン、即ち戦闘不能だ。
慌てて彼女は手を上げながらその場を立ち去っていく。これは戦闘不能となったのに相手を妨害する行為との反則を取られない為と、それ以上シールドが減って重大な事故に発展しないための行動だ。身の安全と試合進行の為、脱落者は脱落者だとアピールしながら安全地帯へと速やかに移動するルールが定められている。
「みんな木陰に隠れて! この場で応戦します!」
新入生二人は突然の攻撃に動揺したものの、名屋の速やかな指令を受けてすぐに我に返った。二人は木陰に素早く身を隠しながら相手が砲撃してきた方向へと反撃を行う。名屋がうつ伏せの状態で積極的に砲撃している為、やや相手の方角から降り注いでくる光弾は緩くなった。
「どうして!? だってこの道はC班が直前に通っていたんじゃあ……!」
「多分、隠れ潜んでいた相手チームの先行部隊を見落として進んじゃったのね」
息を潜めてC班が通り過ぎるのを待ったのか、木に登っていたのか、それとも幹を上手く死角にして姿を晒さなかったのか。後で教えてもらうと名屋は心に留めておく。今は目の前の相手に集中するまでだった。
「ただ弾幕密度からするとあっちもあまり人数は多くないみたいね」
「私達にはそれで十分って先輩方が判断してるのか、それともただの足止めとかですか?」
「もし足止めだったとしたら、先行してるC班の方は……」
『こ、こちらC班! 相手チームと交戦! 数がこちらより多くて突破出来ません!』
「……っ!」
危惧した矢先にこれだ、と名屋は歯噛みした。
(多分、主攻の私が率いる部隊を足止めしつつまずは足となる斥候部隊を数の暴力で押し潰すつもりなんでしょうね。C班を倒し終わったら足止め班と合流してわたし達を蹴散らす、とかかな? だとしたらこんな所でもたもたしていられない……!)
名屋は決意を固めると、前傾姿勢のままでその場に立ち上がった。
「二人とも、私が突撃しますから援護を!」
「えっ!?」
驚く新入生に名屋は手早く指示を送ると間髪入れずに相手に向けて疾走を始めた。慌てた二人も彼女の後を追う様に木の幹から飛び出し、必死になってスタッフから発砲しつつ彼女の後を追う。名屋は自分達の方へと狙いを定めるスタッフめがけて光弾を放っていく。相手は素早く身を潜めるので命中こそしないものの、的確な牽制にはなっていた。
「相手の数は二名、このまま近接戦に持ち込んで倒します! 総員抜刀!」
「は、はい!」
名屋はスタッフで発砲しながら器用にライトソードから光の刃を展開させる。新入生二人も同じようにスタッフで牽制しつつライトソードを抜こうとするものの、上手くいかずに手を踊らせてしまうばかりだった。
「小手先の技術は基本をしっかりしてからにすべきよ」
向かう先の方からはっきりとした声が聞こえたかと思うと、木の幹に隠れていた狙撃手が前方に躍り出てきた。二人の魔砲少女は身体のぶれが無いまま名屋の後方左右で慌てる新入生二名に狙いを定める。そしてそのまま一切躊躇わずに発砲した。
「きゃあっ!?」
「ああ……!!」
二人は光弾をその身に受けて大きく吹っ飛ばされた。いくらフォースシールドが展開されていても全ての衝撃は抑えられない。怪我は防げても慣性がシールドで吸収しきれず、そのまだ固さの残る華奢な身体を光弾の威力で弾かれたのだ。
狙撃手の魔砲少女二人は目の前まで迫ってきた名屋を迎え撃つべくマジックスタッフをその場に捨てる。そして腰にぶら下げていたソードを素早く展開……させまいと名屋は相手の一方にソードを振りおろした。無防備を晒していた相手の魔砲少女のシールドは成すすべなく両断され破られる。相手が構えようとして展開を始めていたソードの光刃は消滅した。
「くっそお!」
残された魔砲少女は攻撃を終えて隙だらけに身体の側面を晒す名屋に向けてソードを振りおろした。ところが名屋は魔砲少女の予想に反して飛び込んだ勢いをそのままに相手にぶつかったのだ。魔砲少女のソードは名屋の背中を少しかすめただけに終わった。
名屋は相手にぶつかった反発力を利用して生き残った魔砲少女へと飛びかかる。相手を仕留める勢いでソードを振り払った魔砲少女の方が今度は名屋へと無防備を晒していた。
飛び込み胴での一刀両断。
名屋の同級生だった相手チームの魔砲少女はその場で膝を落とした。
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