体験入部最終日②・練習試合開始前
「それではこれより新入生対二年生及び三年生連合の練習試合を行います。一同、礼」
「「よろしくお願いします!」」
あれからわたし達は試合会場端の観客席付近、を想定した練習場の一角、で一堂に集まり整列、試合開始の挨拶を交わした。それから一旦両チーム共に自軍のフラッグ位置へと移動するそうだけれど、あまりに会場が大きい場合はバス等を使うらしい。
「負けないわよ、岡崎隊長」
「期待しているわ、鳴海副隊長」
岡崎隊長と鳴海先輩はお互いに健闘を祈って握手を交わした。先輩方の半分以上が新入生と言う格下が相手で余裕そうに構えているように見えた。逆を言えば半分に迫る人数が真剣な面持ちで試合に臨もうとしている。その方達は練習試合だろうと気を抜くつもりは無いらしい。
その後、隊長に率いられた先輩方は自軍のフラッグの下へと去っていった。わたし達も鳴海先輩に率いられて歩いて十数分程の位置にあったこちら側のフラッグの傍まで移動した。
鳴海先輩は相手側が誰もこちらを見ていないのを確認すると、大きくため息をついた。
「はあ。これも悪しき伝統なのよね。小学生の部で大活躍した選手を四月半ばって早い時期で長く伸びた鼻をへし折る、みたいな」
「私達も去年やられました。ですけど今年はちゃんと二、三年生のサポートが入ったからまだマシだと思いますよ」
要するにひよこの新入生が絶対に上級生に逆らわないようにする横暴じゃあないか。とても全国大会に出場した強豪として正気の沙汰じゃあ……いや、強豪だからこそそうして明確な上下関係を築いて一定の規律を生み出しているのか?
ため息を漏らす鳴海先輩と苦笑する名屋先輩は、しかし無様に負ける気は無いようだ。不利でありながらも寄ってたかってくる仲間達に勝つつもりなのか、その瞳には強い闘争心が宿っていると思わせる強さを感じた。
「一応ルールは新入生が有利になるようになっているわ。制限時間は一時間半、タイムオーバーになったら無条件で新入生側の勝ちになるし。向こう側はこっち側の人数に合わせてくれるそうよ」
「でもやるからには全力出して勝ちに行きましょう。大丈夫、作戦次第では格上の足元を掬ったりも十分可能なのが魔砲の良い所ですから」
「それじゃあ経験者組は名屋と一緒に作戦会議して頂戴。名屋、昨日ミーティングでも話した通り攻撃側はあんたに指揮を預けるわよ。山菜取り気分の連中の鼻をあかしてやりなさい」
「ふふっ、分かりましたよ先輩。でもいくら指揮権を委任したからって放置なんて嫌ですよ。きちんと報告はしちゃいますから」
「分かってるわよ。そこまで無責任じゃあないわ」
経験者組は名屋先輩に率いられて少しわたし達から距離を置く。そう言えば同じ一年生なのに経験者組とは全く会話していないな。本入部した後はどうせそんな隔たり関係無しに一年生ってくくりにされるんだろうし、親睦を深めるならその後だろう。
鳴海先輩は神薙を含めた初心者組六人を集合させる。その中には豊依や葵もいた。
「さて、岡崎隊長が分けたように魔砲の試合では攻撃と防御でチームを分けるものよ。大体フラッグ前には三人から五人ほど残して、後は攻撃に費やすわね。けれどこれはあくまで基本の動きであって、全員突撃で短期決着を企てたりする場合もあるから注意が必要よ」
「しかしそれでは相手選手を一人倒した後に全員でフラッグの防御を固めてしまったら手も足も出ないのでは?」
「ああ、故意的なタイムオーバー狙いね。そうした消極的な策は無気力行為と見なされて減点対象になるの。判定での勝敗に大きく響くから籠城策は使えないわ。けれど、逆を言えば消極的と見なされない範囲なら防御を固めても問題ない」
「絶対的エース数人が攻撃に出て他の選手は守りを固める、って戦法を取る学校もあるらしいよ」
なるほど、あくまで攻撃と守備で分けるのは基本でそこから戦術ごとに変動していくわけか。全軍突撃のような捨て身の先鋒を取られたら数で押し切られるだろうし、一騎当千のエースが次々と相手選手を葬っていけるなら数なんて問題ではない。
今回岡崎隊長が班分けを指定してきたのはあくまで新入生の力量を計る練習試合だからか。
「さて、見ての通りわたし達のフラッグの周囲は開けているけれど、高低差が所々あってあまり遠くまでは見通しが効かないわね。相手チームのフラッグとの間には険しい森が広がっているから、森を突っ切るか視界の広いエリアを迂回して来るかは指揮者の判断次第よ」
わたしは鳴海先輩が手を向ける方向、つまりは周囲へと視線を走らせてみた。成程、確かに説明通りこの場所ではあまり視界は良好とはいえないだろう。ただフラッグを囲うように配置したんでは森や丘から隠れて狙撃されたら成す術がない。
「だから守備って言ってもただ相手が来るのを待つだけじゃあなく、相手の動きに合わせて臨機応変に動く必要があるわ。特に今回は熱田さんって遠距離狙撃に長けた選手がいるから、視界が開けた地点を取ってそこで待ち構えるのも一手ね」
鳴海先輩はソードを指揮棒代わりにして森の一角を指し示した。森の中でも一際高い木が立ち上っている方向だった。
「豊橋さんは木登りは得意かしら?」
「えっ? あ、はい。人並みには」
それだけで鳴海先輩が何を意図しているのか分かってしまった。まさか中学生にもなって木登りをさせられるなんて思いもしなかった。きっと魔砲部に入部した暁には想像もしていなかった経験が色々できるんだろうなぁ、などと漠然と頭に思い浮かんだ。
「狙撃に長けた豊橋さんはあの木に登って高所から接近する相手選手を監視、見つけたら容赦なく撃っていいわよ」
「あの、すみませんが味方選手と相手選手はどうやって見分ければ? 今回同じユニフォームですから誤射する可能性があるような気がします」
さすがに敵だと思って狙撃したら味方を撃ち抜いていたなんて御免だ。一応味方の顔ぐらいは頭に入れるつもりだけれど、スコープや双眼鏡で覗いた相手なんて見違える可能性は大いにある。強いて言うならヘアバンドやリボン等の髪飾りは学年ごとに色が違うから、そこで見分けるぐらいかな?
「あー、パーソナルパイロンが識別信号を発してくれたら良かったのにね。あいにくソードにもスタッフにも味方選手への誤射防止機能は無いわよ。頭飾りの色で見分けるぐらいかしら。だから連絡を密に取って味方選手の位置を把握し、目と耳で確認した上で相手選手だけを狙撃なさい」
「わ、分かりました」
「ちなみに各学校のユニフォームにそれぞれ特徴があるのはその識別がしやすいようになのよ。紅白戦の場合たすき掛けしたり手や足にバンダナを巻く学校もあるって聞くわ」
いきなり難題が来てしまった。頭部が物陰に隠れてしまったら集めた情報を元に自分で判断するしかないだろう。責任重大だなあ。
鳴海先輩はわたしの隣に起立していた葵に視線を移した。失礼ながら葵は少し気弱そうな感じがしたのですぐに根をあげるかと思っていたけれど、芯の方は強かったようでこれまで休む事無く練習に参加しているらしい。むしろわたしが彼女を見習うべきかしら?
「美合さんは豊橋さんと一緒に行動して彼女の補助をお願い。絶対に一人で行動しちゃあ駄目よ。よほどの熟練者でも不意を突かれたり思わぬ災難に遭って命の危機を迎える場合もあるから、最低でもツーマンセルで行動する事。分かった?」
「は、はいぃ」
「わたしも色々と至らない所はあるだろうけれど、よろしくお願いな、葵」
「は、はい。よろしくお願いしますぅ」
緊張した声で返事をする葵に向けてわたしは手を差し出した。初めはきょとんとしていた葵もその意味が分かったのか、笑顔でわたしの手を握ってきた。彼女の手は繊細だったけれど確かな温かさがあった。
鳴海先輩は次にソードの剣先を森から右方向に動かしていき、小高い丘で止めた。
「それじゃあ次、熱田さんには知立さんと一緒にあの高い丘の頂上に登ってもらうわ。狙撃ポイントを押さえれば一気に勝利がこっちに傾くからね」
「副隊長、あの場所はフラッグ位置から大分離れています。我々は守備側なのに単独行動をして攻撃側と同じ真似をして問題ありませんか?」
「相手側に狙撃ポイントを押さえられるのを防ぐためよ。あそこを制圧されて守備隊を一人一人撃ち抜かれたんじゃあたまったものじゃあないわ。それに言うでしょう、攻撃は最大の防御だって」
「はい分かりました! あたし達は全力で与えられた任務を果たします」
なおも何かを聞きたそうだった豊依の言葉に覆いかぶさるように神薙は宣誓した。機会を逸した豊依がそれ以上喋る事も無く、
「で、残った三人は私と一緒にフラッグ前で警戒をする役ね。けれど場合によっては周囲の様子を探る斥候としての動きをしてもらうかもしれないから、そのつもりで」
「は、はいっ」
元気のいい声での返事に鳴海先輩は満足そうに頷いた。
どうやら丁度良く経験者組のミーティングも終わったようで、名屋先輩が鳴海先輩の方へと駆け寄ってくる。彼女はしきりに腕時間を確認しながらそれを指し示した。
「鳴海先輩。そろそろ試合開始の時間です」
「あらもうそんな時間? じゃあこっちは準備おっけーだって向こうに連絡入れないとね。えっと、こちら鳴海。一年生チームは準備完了よ。……ええ、ええ、分かったわ。アナウンスが流れるからそれで試合開始ですって」
「分かりました。それじゃあ待機しておきますね」
名屋先輩は経験者組の方へと戻っていく。初心者組のみんなは誰もが緊張した面持ちで、中には手が震えている子もいた。かく言うわたしもあまりに緊張していて軽く吐き気を覚える。そんなわたし達に向けて鳴海先輩は精一杯笑ってみせた。
「大丈夫よ。練習通りにやっていれば必ず相手に当てられるから」
『制限時間は一時間半です。それでは試合開始してください』
どこからか試合開始を告げるアナウンスが流れる。
それを合図にわたし達は一斉に動き始めた。
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