体験入部最終日①・魔砲部隊長
年を重ねるにつれて月日の流れは速くなる、とは誰かから聞いた覚えがある。中学生がそんな事言っちゃあいけないんだけれど、仮入部期間はとても充実していてあっという間に過ぎ去っていった。
魔砲部が練習場を借りられるのは週三日、それ以外は基本的に学校のグラウンドで基礎練習に励んだり教室で戦術の確認に費やすらしい。ただ基礎が出来ていないわたし達がミーティングに参加したって意味が無いって理由で鳴海先輩はずっとわたし達に付きっきりで練習を見てくれている。
わたしはいくら神薙に熱烈に誘われたからって体験入部期間全てを魔砲部に費やす気は全くなかったので、折角だからと何日かは別の部活を見学してみた。とは言っても唯一週一で習っていた水泳はこの時期部活動をやっている筈も無いし、他の習い事に関連する部活は無し。必然的にちょっと興味が出た部活に足を運んではただ数十分眺めて立ち去る、なパターンばかりとなった。
どうやら豊依も同じだったらしい。校舎内で偶然ばったり出くわして会話したけれど、あまりいい手ごたえは得られなかったそうだ。
「そう言えば豊依は剣道にも詳しかったみたいだけれど、あっちには行かないのか?」
「興味ありませんね。それならなぎなたの道場に行く回数を増やします。夜の部でしたら大人の方も練習に来ますので」
「んー。じゃあ文科系の部活とかは? 吹奏楽部とかコンサートで入賞したって言ってたじゃん」
「趣味としては有りですが、どちらかと言えば身体を動かしていた方が性に合います」
そっかー、などと言い合いながら結局次の日には二人して神薙と一緒に魔砲部に足を運んでいたりしたものだ。
仮入部期間中に魔砲部に足を運ぶ生徒は少しずつ少なくなっていった。初心者はまず雰囲気を味わってみたいって思いから参加する場合もあるからさておき、鳴海先輩の危惧した通り経験者組の人数が減っていった。さすがに初日のように一気に四人も減ったりはしなかったらしいけれど、三十人弱いた新入生は仮入部期間終盤に差し掛かった辺りで結構な数減っていた。
「岡崎の奴、だから今年の新入生は全員私が面倒みるって言ったのに……」
「すみません鳴海先輩、私が至らなかったばかりに……」
「ううん、名屋さんは悪くない。まあ、こうしてふるいにかけられた新入生が来年の戦力になるって点は否定できないから、私も彼女に強く言えないのよね」
「けれど、折角小学校でやっていた子達がいなくなるのはやっぱり悲しいです」
そんな会話が鳴海先輩と名屋先輩から聞こえてきたのが印象に残っている。
そうして仮入部期間最終日になった。いつものように集まってきた新入生を迎えてくれた鳴海先輩と名屋先輩だったけれど、今日はいつもと違った。言われなくても経験者と初心者で別れようとしていたわたし達を止めたのだ。
「ううん、今日は折角だから基礎練習してから紅白戦をやろうって思うの」
「紅白戦?」
「そうよ」
一年生がざわつく。特に初心者組なんて準備体操から始まって打ち込み、射撃訓練など基礎的な内容の練習しかしていない。なのにいきなり総合練習を飛ばして練習試合なんて無茶じゃあないだろうか? それに習うより慣れろって感じでまだ魔砲のルールすら把握出来てないのに。
「あー、うん、実はね……」
「それは私から説明するわ」
言葉を濁す鳴海先輩の背後から現れて前に歩み出たのはわたし達の見知らぬ人だった。彼女を一目見た経験者組が緊張した様子で背筋を正す。改造が一切されていないユニフォーム姿の落ち着いた雰囲気をさせた彼女は鳴海先輩のような安心感はあまり無かった。けれどその分物腰といい身なりといいきちんと整っていて、魔砲少女の模範とも言うべき姿をさせていた。
目の前の魔砲少女は彼女は初心者組を値踏みするように見つめた後、わたし達全体を見据えてきた。
「まずは仮入部期間最終日にも関わらずこれだけ大勢集まってくれた事、部員を代表して礼を述べるわね。挨拶をしていなかった筈なので改めて自己紹介させてもらうと、私が隊長兼部長の岡崎明よ」
「……」
「あ、あぅぅ……」
優雅なまでに岡崎隊長は一礼した。それを鳴海先輩は一歩引いたところで憮然と眺め、名屋先輩は狼狽えながら二人を交互に見やる。
「仮入部期間中の皆さんの練習する姿は確認させてもらったから、今日はその総仕上げとして実戦模様を確認させてもらうから。鳴海さんと名屋さんから聞いているでしょうけれど、基本的にうちの部は伝統的に年功序列、よほどの事がない限り試合には三年生優先でエントリーさせるわ。かといって決して腐らないでほしい。今年度から設けた例外枠に一年が入るか、その指針にもするからそのつもりで」
すると岡崎隊長はわたし達の人数を数えはじめる。わたし達を一人一人指差しながら指を折って数えるなんて随分器用な事をするものだ。
「十六人、か。頭数としては可もなく不可もなく、かしらね?」
「岡崎さんが初っ端から厳しくいってなきゃあもっと多かったでしょうけれどね」
「あら鳴海さん、慈悲深いと思うけれど? 夏前に失意のうちに去っていくよりはよほどね」
「あーはいはい。左様でございますね隊長サマ」
つっけんどんに返す鳴海先輩へ岡崎隊長は気分を悪くせず微笑みで返した。……あれ、思っていたよりはこの二人の関係は険悪ではなさそうだ。意見の違いで衝突こそしているけれど、いがみ合う仲では片づけられない絆がありそうだ。
「これまでと同じように経験者組と初心者組で分かれてもらうわ。経験者組は名屋さんの指揮で攻撃側、初心者組は鳴海副隊長の指揮の下で守備側になってもらうから」
「えっ!?」
再び一年生の間で驚きが広がった。ただでさえ埋めがたい年期の違いがあるのに経験者組の人数は二倍以上、どう考えたって勝てる筈がない。鳴海先輩と名屋先輩の実力差でこの大きく開いたハンデが埋まるとはとても思えない。
そんなのこの場の誰もが考えつくのに、名屋先輩も鳴海先輩も視線を逸らして渋い顔をするばかりで二人とも岡崎隊長のとんでもない発言を撤回しようとしない。隊長の突発的な思い付きではなく部の伝統なのか、それとも口出しできない程隊長の命令が絶対なのか、あいにくわたしには分からなかった。
「すみませんが発言よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
困惑の只中にいたわたし達を代表するかのように豊依が手をあげて許可を求めた。岡崎隊長も想定の範囲内だったようで特に驚きもせずに続きを促す。
「初心者の方が数が多いならいざ知らず、これでは試合が一方的な展開になると思います。実力を測るという目的を達成出来ないのでは?」
「その意見はご最もよ。あくまで初心者対経験者でやるとしたら、だけれどね」
豊依の指摘は感情に任せておらず実に説得力あるものだった。事実を語った上で欠点を明らかにして相手に考えを改めるよう促す、見事なものだ。だが岡崎隊長はそれにもくっくと笑いながら含みある返答を返してきた。
途端、嫌な予感がした。この場の誰もが思い浮かべただろう。鳴海先輩は「あっちゃあ」とばかりに頭を押さえている。豊依すらわずかに眉をひそめていた。
岡崎隊長はそんな反応を全く気にせずに、無慈悲なまでの一言を発した。
「貴女達一年生が相手するのは私達二、三年生。新入生の力、見せてもらいましょう」
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