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体験入部二日目・四人目の初心者

 仮入部二日目、午後の授業が終わったと同時にわたしと豊依と神薙は昨日と同じように廊下に集合して他愛ない会話を交わしながら魔砲部の練習場へと足を向ける。


「ソードを振れてスタッフを撃てれば次はいよいよ実戦練習でしょうか?」

「うーん、始めたばっかの初心者に実戦練習は早いって思われるかもしれないかなあ」

「しばらくは基本練習で身体に覚え込ませてからじゃあないか? 控えに一年が選ばれたとしたって小学校からやってる子の方になるだろうし」

「でもでも、二人とも副隊長が感心する部分もあったから、これから練習すればもしかしたら大会に出してもらえるかもしれないよ」


 と、わたし達が進む速度が速かったのか、前の方にわたし達と同じ制服を着た女子生徒の背中が見えてきた。彼女はわたし達と一緒に魔砲の練習に励んだ一年生だった。けれど見慣れない顔だからわたしのクラスメイトじゃあない。

 確か昨日の自己紹介の時は美合葵(みあいあおい)って名乗ってたっけ。


「美合さん!」

「えっひゃあぁ!?」


 神薙は彼女へと駆け寄っていき、後ろから両肩を叩いた。美合さんと呼ばれた女子生徒は飛び上がるほど酷く驚き、危うく鞄を取り落としそうになってしまう。周りの通行人が一斉に注目してきたので彼女は恥ずかしそうに手で顔を覆った。


「ご、ごめん! そんなに驚くなんて思わなかったの」

「うう、心臓飛び出るかと思っちゃったよぅ」


 少し気弱そうなショートカットの美合さんに神薙は手を合わせて頭を下げる。


「それで、美合さんも今日一緒に魔砲の練習に?」

「う、うん。みんなと一緒にやってて楽しかったし、先輩も優しかったから……」


 その辺りはわたし達の感想とほぼ同じだった。初心者にいきなり厳しさを叩きつけて門を狭くしたらいずれは競技人口が減っていって自分達の首を絞めかねない。どんな競技でも初めは楽しく温く、そして徐々に厳しく激しく練習を積んでいけばいい。

 鳴海先輩も副隊長って立場ならきっと新入生の面倒なんて見る暇がないほど忙しい筈だ。なのに貴重な時間を割いてわたし達に教えてくれているから、後進の育成にはちゃんと力を注ぐって考えなんだろう。少なくともわたしはその方針を尊敬する。


「じゃあ今日も一緒に頑張ろうね。やっぱり絆パワーだよね、うん」

「き、絆ぱわー?」

「今度から名前で呼んでいい? 葵って言うんだよね」

「えっ? う、うん……いいよ」


 何か強烈なパワーワードが神薙の口から出たけれど気のせいとしておこう。ほら、美合さんだって困ってるじゃあないか。


 そんなこんなでわたし達四人は再び練習場にやって来た。金網の外では昨日と同じぐらい多い一年生で賑やかになっていた。相変わらず何人かただ見学に来ただけみたいで向こうで練習の準備に入っている先輩達の名前を呼んでいる。

 やがて昨日と同じようにユニフォーム姿の鳴海先輩がこちらの方へと歩み寄ってきた。ただ昨日一年生経験者組を引率した桜先輩、だったっけ?、を引き連れている。


「ようこそ魔砲部に。今日初めての子も昨日来てくれた子も、この部に足を向けてくれてありがとうね。この部を代表して礼を述べるわ」

「えっと、それじゃあ時間になってるから見学したい人は少し後ろに下がって、経験者は私の右側、初心者は私の左側に来てもらっていい?」


 ここまでは昨日のやりとりと同じだったが、昨日と同じように分かれてみて初めて昨日とは違うんだと思い知らされた。

 初心者組は経験を偽った神薙を含めて七人、ただし三人が昨日とは異なる女子になっている。多分他の部活も見て回ろうって考えなんだろう。むしろ色々と見て回れるのに同じ部活に足を運ぶわたし達三人がおかしいとも言える。


 気になるのは経験者組の方だ。ざっと数えただけで四人減っている。


 経験ある参加者の減少には鳴海先輩も名屋先輩も気付いているようで、鳴海先輩は難しい顔を、桜先輩は寂しそうな表情を浮かべた。


「じゃあ昨日と同じく初心者は三年の私こと鳴海乙子が、経験者は二年の名屋桜(なやさくら)が付きっきりで練習を指導します。それじゃあ桜、今日もお願いね」

「分かりました先輩。では行きましょうか」


 名屋先輩は経験者組を引き連れて先輩方が準備体操をしている方へと向かっていく。鳴海先輩はそれを見送ると軽くため息を漏らしてきた。


「やっぱ初心者の面倒は私が見て正解だったわ。岡崎に任せてたんじゃあまた新入部員の中で初心者ゼロになる所だったし」

「えっ?」


 わたしは軽く驚いてしまった。新入生のわたし達には内情だと隠すかと思ったのに本音をさらけ出してくるとは。


「体育会系の部活って強くなればなるほど統率が取れてくるから、実力至高か年功序列かに分かれがちになるのよね。ウチの場合は上級生の命令は絶対、みたいな馬鹿な空気があってさ。多分それで何人かは相当堪えたんでしょうね」


 わたしを含めた一年生は言葉も無かった。思い返せば部活紹介の時も壇上に上がったのは鳴海先輩だったし、こうして初心者に懇切丁寧に指導してくれているのもこの人だ。決して向こうの方で新入生に見向きもせずに自分達の練習に取り組む先輩達ではない。


「もしかしたら理不尽な命令とかされるかもしれない。実力があっても雑用を言い渡されるだけで練習試合にも出してもらえないかもしれない」

「そ、そんなぁ」

「ま、安心して」


 一年の誰かが悲観の声をあげる。そんな女子を安心させるためか、鳴海先輩は自信満々に自分の胸を叩いた。


「紛いなりにも私は副隊長だからそんな横暴な真似されたら遠慮なく相談に来て。岡崎……あ、一応うちの隊長兼部長なんだけれど、彼女を気遣う必要は無いわ」

「副隊長が、言い方が悪いですけれど、悪しき風習を変えると?」

「……いえ、深く根付いた風習はそう簡単には変えられないわ。さっきの桜……名屋さんを始めとして私に賛同してくれる子もいるにはいるんだけれど、今は大人しく隊長達の方針に従っているわね」


 自分達は下級生の時に理不尽な思いをしたのにどうして上級生になっても同じ思いをしなきゃいけないんだ、って思う気持ちは分からなくもない。けれどそうした負の連鎖を何処かのタイミングで断ち切らないとずっとそのままだろう。

 そんな割を食う役を鳴海先輩は引き受けようとしている。年下のわたしが思うのは完全に失礼に値するだろうけれど、それでも立派だと言いたい。


「大丈夫よ。私が最上級生になった春休み中に岡崎……隊長と大喧嘩して何とか四人分は確保したから。今年からはちゃんと実力があったり将来有望って判断する子は一年生だろうと試合に出られるわよ」

「本当ですか?」

「ま、本来部長がやる筈の雑務を金輪際やってやらないって散々脅したから約束は破られやしないでしょう。……多分」


 この話はお終い、とばかりに鳴海先輩は手を叩いてあらかじめ傍らに用意されていた魔砲競技で使用する道具一式をそれぞれ取りに来るようにわたし達に促した。


「……どうする穂香ちゃん、豊依ちゃん。あたしはこのまま続けようと思うんだけれど」


 その過程で神薙が声を落としてわたしと豊依に語りかけてきた。元々この部に誘ってきたのは彼女だから、部の内情の一端が明らかになった以上及び腰になっても仕方がない、とでも思っているのだろう。こちらを気遣ってくれる気持ちは大変ありがたいけれど。

 申し訳なさそうに肩を落とす彼女にわたし達は笑顔で返した。


「神薙さん、まだ二日目ですよ。見切りをつけるにはまだ早いです」

「そうさ、折角神薙が誘ってくれたんだ。びびったので抜けます、なんて言うわけないだろう」

「穂香ちゃん、豊依ちゃん……!」


 大げさなほど感無量とばかりにじ~んと来ている神薙の背中を軽く叩いた。

 なあに、順風満帆になるなんて初めから思っていない。苦楽あってこその部活なんだからそれぐらいは覚悟の上だ。そもそも初心者がいきなり試合に出してもらえるなんて思わないから、そう言った面では経験者組より簡単に割り切れる。

 むしろ大会参加の門が狭いと知らされてもなお自分よりわたし達へと言葉を送る神薙こそ大丈夫なのかと言いたかったけれど、この様子だと神薙にとっては試合に出られるかはそこまで重大ではないのかもしれない。

 それとも、自分なら試合に出られるって自信に満ち溢れているとか?


「頑張ろうね、一生懸命!」

「ええ」

「ああ!」


 わたし達は意気込みを新たにそれぞれのアミュレット等を手にしていった。

お読みくださりありがとうございました。

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