体験入部初日⑧・下校
「勝負ありね。大丈夫? 怪我は無い?」
「ま、負けちゃったあ。行けると思ったのにぃ~。あ、大丈夫です」
尻餅を付いた熱田さんへと鳴海先輩は手を差し出し、それを熱田さんは手に取る。試合では相対しても終われば健闘を讃えあって握手を交わし、その後で交流を深める。実にスポーツマンシップ溢れる光景ではないだろうか。
ただ腑に落ちない点があるとすれば、どうして熱田さんが鳴海先輩の左胸に突き刺したソードで勝負がつかなかったんだろうか? 疑問に思ってふと知立さんの方へと視線が泳いでしまったが、彼女も同じことを考えていたようで顎に手を当てていた。
「おそらく魔砲の勝敗がシールドの出力で決まる為でしょう。スポーツチャンバラのように当たれば一本であれば鳴海先輩もあのような無謀な反撃はしなかったでしょうね」
「あー、熱田さんの突きじゃあ鳴海先輩のシールドが減りきらなかったのか」
「熱田さんがソードを突き刺している間に先輩のシールドは激減していった筈です。けれど先輩はシールドを削られきる前に体格差を利用して熱田さんを突き飛ばした。その上での一刀両断で勝負あり、と言った所でしょう」
「だったら戦法として肉を切らせて骨を断つってのも十分アリなわけか」
剣道や柔道とはその辺りが違うんだな。限られたルールの中で勝利条件を満たすのもスポーツの醍醐味だけれど、その辺りの多様性も魔砲の魅力であり特徴なんだろう。
二人は再び剣を構えあってその場にしゃがんだ。知立さんが言っていた剣道の蹲踞だったっけ? その後でソードの刃を消すと納刀するように左手に持ちかえて立ち上がる。三歩下がって一礼、更に一歩下がって初めて肩を始めとして全身から力を落とした。
「剣道での試合終了の際はこうやりとりするんですよ」、と知立さんが不思議に思っていたわたしに耳打ちしてくれる。
「多対多だと不味いけれど一対一の場合は今みたいに捨て身にも出られるから、急所を狙う突きより腹を掻っ捌く払いの方がよかったわね。より大きく相手のシールドをダウンさせられるし」
「そうですよね。突き刺す場所が頭でも腕でも与えられるダメージは同じですし」
「あと体躯が小さい熱田さんは相手に結構な頻度で力任せに出てこられると思うの。相手に吹っ飛ばされないよう下半身の踏ん張りは鍛えた方がいいでしょうね」
「そ、そうかな。分かりました、指導ありがとうございました」
熱田さんは深々と先輩にお辞儀をしてわたし達の方へと戻ってくる。まだ興奮冷めやらぬようで、彼女の瞳は爛々と輝いていた。わたしの視線に気づて熱田さんは満面の笑みをこちらに向けてくる。
「やっぱ楽しいね、魔砲って!」
「え、あ、うん」
まだ初めて数時間しか経っていないわたしは申し訳なかったけれど、ただ生返事を返すしかなかった。
その後は二人一組になってかかり稽古と言うのを始めた。知立さん曰く剣道やなぎなたでも良くやるんだそうだ。やり方は簡単、相手があえて無防備にしている箇所にソードを打ち込んでいくものだ。鳴海先輩が打ち込み役と打たれ役双方の指導をする。数分間で交代、その後はパートナーを入れ替える。
それで分かったけれど、どうやら一年生の中でわたしは結構どんくさい方らしい。何と言うか打たれるのが嫌なせいで覇気が無いとか前に出てないとか、まあそんな感じだ。生き生きとしていた知立さんとは逆にわたしは接近戦が性に合わないらしい。
一周して全員が他の一年生とソードを交えた辺りで鳴海先輩は手を叩く。まだ春先なのに身体は火照ってみんな汗を流していた。
「はい、じゃあ今日はこれでおしまい。じゃあみんな悪いんだけれど貸し出した装備一式は集めて私に渡してもらえる?」
「はいっ」
わたし達がパイロンクリスタルに手を触れると各々のユニフォームは光の粒子となり、再び制服姿になる。ただどうやら制服は再構成されても下着はそのままのようで、練習で流した汗を吸い込んでいるせいか少し冷たく気持ち悪かった。
ソードとスタッフ、それからアミュレットをそれぞれ集めて鳴海先輩へと手渡した。彼女はまだユニフォーム姿だから、わたし達の面倒見が終わったら先輩方と合流するのだろう。
「今日は一日お疲れさま。少しでも魔砲の魅力が伝わっていれば嬉しいわ。うちの部は日曜を除いて毎日練習しているから、また来てくれたら歓迎するわよ。勿論入部を希望してくれるのが一番だけれど、折角中学校で三年間過ごすんだから色々と試しても損は無いと思うわよ。どうもありがとうね」
「「どうもありがとうございました!」」
「元気がいいのはいい事ね。それじゃあ解散します」
こうしてわたし達の長い仮入部初日は終わった。
■■■
下校途中、聞けば熱田さんと知立さんとは途中まで通学路が同じだったので、折角なので一緒に帰宅している。さすがに今からどこか寄り道するには時間が遅いから、直帰するしかないだろう。
夕焼けで空は橙色に染まっている。少し雲がかかった夕日は少しばかり寂しさを感じさせた。聞いた話だけれど外国ではこうした夕焼けが無い場所があるらしい。ただ青空が暗くなっていく様子はあまり想像できないな。
熱田さんは満面の笑みをわたしと知立さんに向けてくる。彼女の瞳は夜空の星のよう輝いていた。昨日出会った時も熱意溢れていたけれど、今は目一杯魔砲を堪能して満ち足りた顔をしていた。
「どうだった? どうだった?」
「どう、とは魔砲の練習ですか? さすが全国大会に出場するだけあって練習量は多いですね」
「ただ今日の練習は全部基本稽古だろ? いくら的に命中出来て棒立ちの相手に打ち込めても、実戦では相手は反撃するし動き回ってくるだろうからな」
「ああんもう、違うよ。それもそうなんだけれどさ!」
熱田さんは両手を振って頬を膨らませる。分かっている、熱田さんが言いたいのは練習の内容や質そのものではないだろう。わたし達を誘ってくれた彼女はの意図は充実した稽古よりももっと前にある筈だ。
どうやら知立さんも分かっていて答えていたようで、微笑を浮かべた。わたしも歯を見せるぐらいににいっと笑って見せた。
「ええ、楽しかったですよ。初めて触るスタッフやソードにわくわくしましたし、上手く相手にソードを叩き込めた瞬間は爽快でした。初めて薙刀に手を触れた時を思い出しました」
「ああ、やっぱ実際にやってみると全然違うな。鳴海先輩が丁寧に優しく教えてくれたのもあったんだが、初心者にも手を付けやすいのが大きいな」
「うん、うん! 二人にそう思ってもらえるのはあたしも嬉しいよう!」
熱田さんは自分の事のように大はしゃぎする。鞄を手にしていなかったらわたしか知立さんの手を取って小躍りしていたかもしれない。
「明日も一緒に行かない? 行こうよう!」
「ええ、構いません」
「わたしもオッケーだよ。今日と同じように授業終ったら廊下で集合でいいかな?」
「ありがとう二人とも! それでね、それでね」
熱田さんは少しだけ駆けてわたし達の前に出た。夕日で茜色に染まった彼女がわたし達に天使のように笑いかけてくる。
「豊橋さんと知立さんの事、名前で呼んでいいかな?」
「名前で?」
「うん、一日一緒に過ごせばもうあたし達は友達だよ。なのに苗字で呼びあうなんて寂しいと思うんだ」
名前、そう言えば小学校時代も気心知れた何人かとは名前で呼び合っていたっけ。けれど話し合って家に遊びに行って出かけたりしていつの間にか苗字から名前呼びになっていた覚えがある。こうしていきなりとは随分と思い切ったものだ。
わたしは少しの間知立さんと顔を見合わせてしまったが、すぐにお互いに破顔した。
「ええ、いいですよ神薙さん」
「わたしも構わないぞ。気軽に穂香って呼んでくれ」
「ありがとう豊依ちゃん、穂香ちゃん!」
熱田さん……いや、神薙は向日葵畑にいたらさぞ絵になるだろう笑顔を向けてくる。名前で呼ばれて恥ずかしさもあって顔が熱くなってくるのが自分でも分かる。たださん付けとか呼び捨てされるかと思っていたら、まさかちゃん付けされるとは。
「いや、まあ、別に構いませんけれど……」
「言っとくがわたしは神薙をちゃん付けでは呼ばないぞ」
「えぇ~? いいじゃんいいじゃん。呼んでよぉ!」
「いーやーだー!」
わたし達三人は結局別れる最後まで楽しく語り合った。
神薙に誘われた時は半分暇つぶしの思いで乗ったけれど、中学校に入ってから一番充実して楽しい日となったと断言できる。知立さん……じゃあなかった。豊依の言葉にもなるけれど、神薙には感謝しないといけないな。明日も合うし、その時に改めてお礼を言おう。
お読みくださりありがとうございました。




