プロローグ
魔砲少女、と呼ばれる女の子達がいる。魔法ではない、魔砲と書く。決して誤字ではない。
そして比喩表現でもなければ架空の存在でもない。れっきとした実在する乙女達を指す。
マジックスタッフと呼ばれる武器を使って砲弾を発射して敵を撃ち落とす。ライトソードと呼ばれる武器を振るって相手を切り伏せる。フォースシールドを展開して迫る攻撃を防ぐ。この三種類を巧みに駆使する女性の総称、彼女達が魔砲少女と呼ばれている。
これら三つの武装の原動力として使用されている特殊なクリスタルは現代科学をもってしても今だその原理、正体すら掴めていない。分かっているのはクリスタルの力を解放できるのが何故か女性だという事ぐらいか。
その歴史はとても古く、古代から色々な形で名を残してきた。ある人は神の声を代弁する巫女、ある人は主より遣わされた聖女、またある人は多くの戦場を駆け抜けた軍神。国に利用された人もいれば英雄として讃えられた人もいた。
そして現代、魔砲は形を変えて個人、団体競技として世界中に広まっている。完全なオーバーテクノロジーの結晶と呼べるクリスタルを用いた高価な用具が必要となるので遊びや暇つぶしで出来る程身近なスポーツではないけれど、それでも全国大会がテレビ中継されるぐらいには人気があるとは明記しておく。
……さて、現実逃避はこのぐらいにしておこう。
「こ、こちら分隊A! 敵の奇襲を受けて三名がリタイアし現在撤退中……!」
「こちら分隊C! 敵部隊の待ち伏せを受けて交戦中! し、指示を……うわああぁぁっ!」
「ごめんなさい、本隊は侵攻に失敗! 相手は、あの黒い魔女よ……!」
「ちょっと隊長……! 応答しなさいよ、隊長!?」
夏の全国大会一回戦、その日無線を飛び交うわたしの所属するチームの仲間からの報告はまさに阿鼻叫喚だった。これまで積み重ねてきた練習や地区予選大会からは考えられない狼狽した悲痛な声がわたしの耳をつんざいた。
攻撃を任されたチームメイトが次々と挙げる凶報は、守備を任されていた副隊長とその旗下にあったわたし達一年生三人を絶望の淵に叩き込むには十分だった。副隊長が無線で必死に先輩方に呼びかけるけれど、ノイズばかりで一向に応答する気配はなかった。
「ふ、副隊長……!」
代わりに物陰から現れたのは黒づくめのユニフォームを着た魔砲少女だった。深くフードを被った彼女の顔は窺い知れなかったけれど、その双眸が最後の獲物として残されていたわたし達を捉えて離さないのは何となく察した。
「怯まないで各自スタッフもしくはワンドを構えて! 一斉掃射!」
副隊長の指示を受けてわたし達は練習通りにスタッフを構える。そして間髪入れずに発砲させると杖の先端からレーザー光線状の砲弾が射出された。そんな攻撃に対して黒づくめの魔砲少女は身を翻した回避や遮蔽物に隠れるそぶりも見せず、あろう事かこちらへと飛び出してきた。
「なっ……!?」
「嘘……!」
相手はライトソードの柄から紅い光線状の刃を形成させると、わたし達の攻撃を次々と打ち払っていくではないか。何度キャノンを発射しても写真を焼き増しするかのように弾かれるばかりでまるで効果が無い。地面や周囲の木々に着弾すると軽い閃光と爆発音を発する。
足止めどころか相手の勢いは止まる様子を見せなかった。むしろ目の前の迫りくる女子はわたし達がトリガーを引く前から、完全にわたし達の攻撃を読んでその予兆時点からライトソードを振るい始めている錯覚すら覚えた。
「そ、総員抜刀! 接近戦に備えて!」
「は、はいっ!」
わたし達一年はスタッフからソードに武装を切り替える。僅かな間で一年同士で目配せを交わすと、ほぼ同時に相手を迎え撃つ形で攻撃を繰り出した。剣道で例えるならわたしが飛び込み面でもう一人が飛び込み胴、最後の一人が飛び込み突きだろうか。日々の練習で身体に覚え込ませた素振りの通り、いや、研ぎ澄まされた一振りはこれまで自分が放ってきた攻撃にも優る会心の一撃とも言ってよかった。
それを、相手はわたしの隣に位置していた一年生のソードが振り切られる前に弾いてわたしのソードに接触させてきた。その上で最後の一人の攻撃を軽やかにいなすと、目にも止まらぬ速さの三連撃でわたし達の胴や腕を薙ぎ払ってきた。
「う、そ……!?」
倒れ伏すわたし達新米を尻目に漆黒の魔砲少女はなおもマジックスタッフから攻撃を放つ副隊長へと難なく迫っていき、無慈悲にもそのソードを振り下ろした。
『那古屋南中、総員戦闘不能。よって桜木学院大学付属中の勝利です』
無慈悲な審判団からのアナウンスが耳に入ってくる。
わたし達のチームは結局相手チームの選手を誰一人として倒せなかった。あまりにあっけない幕切れ。地区予選を突破してきたわたし達の学校の夏は無残な完封負けで終わりを迎えた。
わたしは倒れ伏す副隊長と、事も無さ気にフードを下ろす漆黒の魔砲少女を見つめる。完璧な勝利を収めた筈の目の前の女子はその凛々しい面持ちに何の感情も浮かべていなかった。試合に勝ったと言うよりただ当たり前のように相手チームを処理した、といった表現が正しいだろうか。
まあ、つまりわたし達は彼女を想定を一切越えられずに沈んでいっただけなわけだ。世の中上には上がいると良く聞くものの、こうまで圧倒的な差を見せつけられると怒りや悔しさを通り越して笑うしかなかった。
これがわたしとジュニア日本を代表する魔砲少女、黒き魔女こと渋谷光との出会いだった。
お読みくださりありがとうございました。




