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有原弟妹の義兄

 佐原宗雄は渋い顔で彼自身の住処である1DKのアパートで座り込んでいた。


 彼の前にあるリサイクルショップで特価1000円で買ったミニテーブルの上にはすべすべとして豪奢な飾りの入ったティーカップが2つ置かれている。


 六畳一間のワンルームには浮いてしまうような豪奢な作りのそれは引っ越し祝いにと弟分達から貰ったものだが、あまりにも高級品なので一度として使わず今日初めて客に出すため使用された。

 

 ちなみに中身は近所のスーパーで見切り品として投げ売りの値段で売られていたお茶である。


 名は独露。 おそらくはメーカーが唯一トップに立てると確信して付けた名前なんであろうがいかんせん名前と一番肝心な味が微妙だったのでまったく売れなかったようだ。


「だから何度も言ったように俺はお前らのところには就職しないって言ってんだろ」


 憮然とした顔でここ数ヶ月どころか数年間言っている結論を口にするが、


「そんなことを言わないでください宗兄様」


「そうだぞ宗兄、こんな物置以下の部屋で水の方がましな粗悪品を飲んでいるよりは遥かにマシじゃないか」


 そして目の前に居る二人の答えもまた数年間変わっていない。


「だから俺はこの生活が合ってるんだよ、再就職だって…その…ちょっと…間があいただけで…」


「そういってもう一年は立ちますね、いい加減失業手当だけで食いつなぐのも限界なんじゃないですか?」


 子供のころと変わらない大きくつぶらな瞳で微笑を浮かべた真里沙が彼をまっすぐ見つめてくる。


 街を歩けばほとんどの男が振り返るだろう可憐な少女。 だがどんな軟派な人間だろうと声をかけてしまうことに気が引けてしまうような姿に成長した幼馴染の言葉に黙り込んでしまう。


「そうだぞ、宗兄がたかだか十万程度の金で生活をしていくことは世間が許しても俺が許さん!」


 熱っぽい口調で少女の言葉に同意するのは真里沙の双子の兄である卿哉で、彼もまた少し華奢ではあるが世間の女性が艶っぽい嬌声を上げてしまう貴公子然とした仕草が良く似合う少年だった。


「俺が仕事を辞めることになったのはお前らが会社に乗り込んできたからなんだけどな」


「それは仕方ありませんわ、宗兄様がケガをしてしまったのに職場の人間が嘲笑うような従業員の教育をしない会社なのですから」


 心外そうな面持ちでカップに注がれた独露に口をつける。 瞬間、眉間にシワがよったところを見るとやはり美味くはないようだ。


「怪我って言っても単純に入り口の段差に躓いて転んだくらいだ、しかも別に嘲笑ってなんかいなかったわ!」


「宗兄は人が好すぎる!従業員が転んでしまうような段差を放置しているような会社など存在しないほうがいいのだ!しかもこちらは宗兄の顔を立てて最初は穏便に交渉してやったというのに、転んだくらいで大げさなと言ったんだぞ!」


 そのときを思い出したのか整った顔立ちに怒りを浮かびあがらせて悔しそうにテーブルに拳を叩きつける。


 どうでもいいがこのテーブル立て付けが悪くなっているのであまり乱暴にしないでほしい、結構気に入ってるのだから。


 宗雄はテーブルを挟んで憤る弟分が痛そうに拳を摩るのを気に留めずにテーブルの方の心配をする。


「ですからそのような人間が社長で大丈夫なのかしらと周りの方たちに相談しただけですよ?それ以外のことは宗兄様が止めるから私達も我慢したんです」


 微笑を崩さずに真里沙も憤りをわずかに浮かべて兄の手を心配そうに撫であげる。 

「そのせいで決まってた半期分の仕事がすべて無くなっちまってな、社長はストレスで入院しちまったんだぞ」


「まあその程度で傾いたうえに入院なさるなんてずいぶんと大げさなお方ですのね」


 大きい目を驚いたように見開きながら口を隠すようにすべすべとした手でわざとらしく上品に隠す。

 

 急に疲れてきてため息が出た。 


 二人が自分のことを慕ってくれているのは素直に嬉しいが、この兄妹は極端すぎるのだ。 こと宗雄に関しては過保護を通り越している。


「…とにかくだ。お前らが俺のことを心配してくれてるのは本当に有難いよ。だがないい加減それぞれの人生をってやつを…」


「ええ、ですからいい加減に宗兄様も私達と共に人生を…」


「だからそういうことじゃなくて!」


 思わずテーブルを叩く。 それが止めになってしまったのか、三年愛用したテーブルの足が根元からポキリと折れてしまった。


「ああ~しまった~!」


「お、俺のせいじゃないぞ!宗兄が…」


「あらあらまあまあ、大変ですわね。すぐに新しいのを手配しますね」

 

「い、いや別にいい!まだ修理できる…はず…えっとガムテープはどこにやったっけ?」


「ガムテープならそこの戸棚の中ですけど一度壊れてしまったものはすぐにまた壊れますよ?ちょうど宗兄様にプレゼントしたい机があるんです。ちょっと部屋に対しては大きいんですけどとってもセンスがいいんですよ~」


「…ちなみにどれくらいのでかさだ」


 確かにポッキリと折れてしまった机の脚をガムテープで直すのは不可能だろう。 


 多少大きいくらいならそれくらいはいいのかもしれない。 机くらいなら…。


「そうですね~、そのベッドから入り口くらいまででしょうか~?」


「入るか~!」


「いやですわ、宗兄様。納品するときは部品でくるのでちゃんと全て部屋の中に入りますのよ」


「入るけど入るか!家に帰ってきたらベッドまでたどり着けないだろうが、机を踏み越えていくのかよ」


「引越しなさればよろしいのでは?」


「な…が…あ…」


 スパッと言われて何も言葉がでてこない。


「うむ、そうだな…幸いなことにわが屋敷の部屋に空きがちょうどある。そこならば真里沙の見つけてきた机も大きすぎることはないだろうな…


「結局そこかい!引越さねえからな!」


「…ちっ、お兄様やはり失敗してしまいました」


「…お前の案か」


「ち、違うぞ!お、俺は…真里沙が先に…」

   

「ひどいですお兄様、自分の計画が失敗したからって妹に罪を着せるなんて…」


「ああ何だっていいよ!とりあえず今日のところは帰れ!」


「そうですわね、お兄様の浅はかさで宗兄様を怒らせてしまったようですし…」


「ち、違…おれは…」


「はいはいお兄様、それでは宗兄様、また後で…」


 なおも何か言いたげな卿哉を引きずって真里沙はゆっくりと扉を閉めて出て行く。


 二人が出て行った後の室内は意外な程に静かに思えた。 


「まったくどうしてあんな風になっちまったのかな…いや…それも仕方ないか…」


 愚痴めいた独り言は途中で止めた。 そもそも平凡な家庭で生まれた宗雄には想像も出来ない生活をしていたのだ。


 その一端を宗雄は知っている。 そしてその一部だけでも自身に降りかかったのなら果たして自分は彼らと同じようになっていないとは言い切れない。 


 そんな日々を卿哉と真里沙は日々を過ごしていたのだ。


 出会う前と出会った後、そしてその後の何年間を。


「出会ったころと比べればまだマシなのかもな」


 窓の外を高級車で離れていく二人を見送りながらそう呟いた。


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