攻略対象に転生したけど抗いません
ご拝読ありがとうございまーすっ。
「――――いやっ…!」
遠くから聞こえた微かな声に、周は頭をもたげた。
冬も近くなって、葉桜となった桜の葉さえもが散っていくのを見届けて労っていた青年が捉えたその声は、聞き覚えのあるものであった。
すい、とごつごつとした節のある木を軽く撫でてから、迷う様子もなく彼は声のする方向、雑木林のようになった校舎裏の庭へと足を進める。
言い合い、というよりも一方的に言われる言葉に少女の声が拒絶しているような会話は、近頃よく聞くような台詞ばかりを届けてくる。
余りにも不快なそれに眉を顰めつつ、草木越しに見える状況を変えるために口出しに行こうかと思った所で、男子生徒に手を掴まれた少女の方がそれを振り払ってこちら側へと走ってきた。
周がそこに居るとわかって来ているわけではないだろう。
必死にただ逃げることだけを考えている少女はそれだけで一杯一杯で、側にある視界が塞がれて相手を撒ける場所として選んだだけだと思われた。
咄嗟のその判断をナイスであると内心賞賛しながら、周は無我夢中で向かってくる少女の、華奢な身体を抱きとめる。
「ひっ…………ぃや、はなしてっ」
急に抱き仕留められて驚いたのだろう。怯えと恐怖が入り混じった細い声に一瞬、ここまで彼女を怯えさせたその相手に殺意を憶えた。それを感じ取られないように直ぐに霧散させて、彼女の背をゆっくりと宥めるように撫でながら口を開く。
「うんうん、落ち着いて。もう大丈夫だから。……平気? 怖かったよね」
振り払おうと藻掻いて、抵抗して暴れていた少女は彼の声に動きを止めた。
微かに震えた細い指で周の制服をぎゅっと掴み、恐怖を押し込めるように自分を抱きとめる相手の顔を確認しようと瞼を持ち上げる。
「あ……ま、ね…せん、ぱ、い……?」
「そうだよ。…………もう大丈夫かい、杏珠」
安心させるように穏やかな笑みを見せれば、身体を強張らせていた杏珠の肩から力が抜け、「せんぱぁい…」と今にも泣きそうに目元を潤ませた。
泣くことが出来るように抱きしめながら促せば、静かに涙を流していた彼女の声に嗚咽が混じり始め、周の制服を掴む指に力が加わる。
皺になるだろうと彼は何となく考えはしたけれど、彼女の涙を止めるつもりはなかった。
「っ…………なんで、なん……でしょう」
まともな言葉にもならない、嗚咽の混じった声で、震えた唇で、杏珠は紡ぐ。
ずっとずっと耐えてきた、小さな身体に押し殺してきた、疑問や混乱、困惑、苦痛を全て吐き出すように、吐露するように彼女は言った。
「わたしはっ、ただ……仲良く、なり、たかっただけで…」
周囲と自分は別物なんだと、壁を作って独りになっている同級生や、先輩、知り合った人たちに少しでも学校が楽しいって、世界は面白いんだって思ってほしかった。
自分はひとりなんかじゃないって知って欲しかった。
能力は人を傷つけるばかりじゃなくて使い方次第で守るためにも使えるんだって、化け物なんかじゃなくて自分達も人間なんだって解って欲しかった。
…………あわよくば、能力による影響無しに仲良く、友達になって欲しいと思った。
「みかえり、とか……もとめた、っからですか………?」
能力が発現してしまってから、少女は友達を作るのが怖くなった。
もしかしたら、異性の友達は自分の能力のせいで良くしてくれるのかもしれない。
もしかしたら、友達の大切な人に能力が影響してしまうかもしれない。
もしかしたら、
もしかしたら、
もしかしたら――――――…
そもそも、少女の能力は洗脳に似ているもので。
催眠のような、相手の意思を無視するもので。
――――もしかしたら、わたしは。
『勝手に他人の意思を捻じ曲げて、友達にしてしまっているのかもしれない』
「――――みんな、………っおかしく、なって…………!!」
主人公である筈の少女の声は、物語で定められた運命を拒絶するかのように辛く苦しく、悲痛な叫びであった。
――――『狂愛のクリェートカ』という乙女ゲームがあった。
それは、ここではなく、どこに在るかもわからない遠い世界での記憶。
舞台は現代日本にも似通った地にある一つの学園。
そこには能力者と呼ばれる、一般人には化け物のようにも扱われてしまう能力を発現させてしまった少年少女達が通っていた。
主人公は、魅惑の能力を発現してしまった一人の少女。
能力のせいで周囲に影響を与え、被害が生まれることを恐れた両親によって、能力を制御することを名目としてこの学園へ入学する運びとなった。
ゲームの期間は、三年間。ルートによって差があるのだが、攻略を終えてからも後日譚として卒業までのストーリーが有るため、やはり年月に変わりはない。
一番わかりやすい、そのゲームの特徴といえば、題名にもある『狂愛』であろう。
そう、このゲームは登場してくる攻略対象のキャラクターはどれも、最終的にはヤンデレに進化するのである。
肉体的、精神的、物理的、様々な方法でキャラクター達はヒロインを自分に繋ぎとめようとして、暴力に走り、心中に走る。
そんな狂った愛が良いのだと言う人も居たが、それはゲームだからであって、現実のなかでそんな相手と苦もなく過ごすことなんて難しいだろう。
――――――けれど、『彼女』はそこに産まれてしまった。
ゲームの中ではヒロインに攻略され、他のキャラと同じように狂気の扉を開いてしまう攻略対象の一人として、彼女はこの世界に生を受けた。
前世、何に興味を抱くわけでもなく、大切な何かが出来ることもなく。
ただ淡々と、徒に問題を起こすこともなく、無気力に、最後まで何かを残すこともなく生きていた少女の記憶を留めたままに、彼女は『彼』として誕生した。
植物のように生きたいと、彼女は言った。
植物のように逝きたかったと、彼は言った。
その影響なのか、それともゲームの補正でもあったのか、彼が発現したのは植物を操る能力であった。
彼は今度こそ、何かを残すような生き方をしたいと考えて、能力を活かすために学園へと入学を希望したのである。
それが良かったのだろうか。
…………それとも、悪かったのだろうか。
何にも執着しない彼が、初めて、『欲しい』と思った。
ヒロインの持つ能力に影響を受けて暴走したわけではない。ゲームの補正でそう思い込まされたわけでもない。
植物である彼には必要不可欠であり、何かを残すために必要とした、それだけのこと。
初めての欲が狂気と入り混じり、理性による制御によって暴走こそしないものの、どうしようも無いほどの飢餓感と執着を生み出していた。
彼は太陽が欲しかった。
ただがむしゃらに手を伸ばして引きずり降ろそうとする攻略対象の脇で静かに眺めながら、眩しすぎて目が潰れないように、仮面を被って優しく抱擁をした。
自分ばかりが求めるのでは、彼女は怯えていつか逃げてしまう。
なら、怯えさせてはいけない。どろどろに甘やかして、目には見えない柔らかい鎖で繋ぎ止めないと。
逃げられないように、逃げるという考えが生まれることさえ無いように目隠しで両目を塞いで、余計な事が聞こえないように両耳を手で覆って、その耳に彼女の為だけの嘘を囁やこう。
引きずり下ろすのではなく、彼女の方から堕ちてくるように。
強すぎる光を弱めるためにその身を染めて。
…………嗚呼、そうだ。光が弱まれば眩しすぎる光に仮面で顔を隠し続けること無く、彼女を直視することが出来るかもしれない。
「そんなに苦しいなら、逃げる?」
悪魔が人に甘言を囁くように、周は彼女にとっての甘い言葉を餌として目の前に吊り下げる。
甘い甘い餌に相手が釣られればこちらのものだと、他の誰にも渡したくない杏珠を、あちらこちらから伸ばされるその手から掻っ攫う準備を始めた。
「運命とか、物語とか、そんなものはどうだっていい。この先の未来がどうなろうと知ったことか。君が今を苦痛だというなら、君がそれを望むというなら、僕は君を攫って何処までも遠くへと連れて行ってあげる」
逃げたいと、心が訴えている叫びに手を貸しながら、彼は彼女の意思を問いかける。
断るならば身を引くと、相手に安心感を与えるような言葉を用いて、手を差し出した。
「杏珠、僕の手を取るかい?」
それは、決して未来に続いているとは限らない約束。
苦しくて苦しくて、どうしようもない絶望感に支配されていた杏珠は、震えの残っている指先を――――――周の手のひらの上に、そっと乗せた。
結局、一番たちの悪い攻略対象キャラは誰かっていう話。
ネタ考えながら割りと楽しかったです。
純愛じゃなければ書けるかもしれない・・・頑張ってみましょうかねw