旦那様は唯我独尊
「リシルドも言ってたじゃないか。アマーリエを甘やかせたいんだろ。あの子はなかなかワガママを言わないから、何かねだってきた時は存分に叶えたいって」
「ほお。確かにねだってんな。出番だぞ、旦那さんよ」
「それはそれ」
「どういう意味だよ」
優しい気品に惹かれ、誰かに射止められる前にと焦っては失敗に終わり、それでもめげずに想いを通わせた。ここまで辿り着くのに1年半もかかったのだ。その間にも他の騎士は近づくし、気が気でなかった。
彼女に言い寄る男どもを端から蹴落とし、千切っては投げ。なんとか恋人の間柄にまで漕ぎ着けられた時の、彼の喜びといったら。…………近衛師団の陰で『天使のツラを被った悪魔』と不気味がられたほど。
「あれだけ空回りしまくって、やっとこさ振り向いてもらった奥さんだぞ。自分の子供を産んでくれて、嬉しくないのか」
「嬉しいよ。それは。俺、子供も好きだし」
アマーリエが子供を宿してくれたと知って、胸が熱くなった。嬉しくて、幸せで、ありがとうと何度も伝えた。
もうすでに、彼女との子供が生まれる日を今か今かと指折り数えている。…………けれど、それとこれとは別問題ではないのか。
「こういうのを無責任っていうんだよな。ルーカス」
「産ませるだけ産ませて、自分は何もしないっていうのがねえ」
「ちょっとちょっと! なんだよその言いたい放題!」
さんざん批判されたリシルドは、完全にヘソを曲げた。
「じゃあ聞くけどっ。君たちはさ、お嫁さんに名前をつけてほしいって言われたら、考えるわけ?」
リシルド的には、友人を自分の立場に立たせて、悩ましたかったのだが。
2人は怪訝そうに顔を見合わせ、次いでリシルドに向き直り、同時に頷いた。
「うん」
「逆らえねーわな」
「センスが悪くても?」
「それが愛情ってモンだ」
あえなく撃沈。
独身の彼らに夫婦愛を語られ、敗北感が漂う。
「本当にマズいんだったら、本とか使って考えるけどね」
「自分なりにな」
ここぞとばかり、ルーカスとエルザールはじわじわとリシルドを責める。
「だって頼られているんだよ? 私だったらそれがどんな形であれ、嬉しいけど」
ルーカスの表情がほころぶ。優男風な顔立ちがふんわり笑うと花だ。ただ、今のリシルドからすれば憎たらしいことこの上ない。
「アマーリエがそんなに怒るってことは、こだわりも強いんだろうし」
「だったらいいよもうっ! 相談した俺が馬鹿だった!」
「お」
リシルドはそそくさと足を早める。近衛師団長に捕まったとはいえ、休憩時間を大幅に延長したリシルドを第一師団長が許すべくもない。最悪にも、これから宮廷周りの巡回がある。遅刻は決定だから、何と叱られるか。
このことはエルザールにも言える。ところがいかんせん、リシルドは第一師団長にも懸想されていたアマーリエの夫。集中砲火を浴びるのは必至だ。リシルドは急ぐ。
「怒った」
「うるさいよ!」
からかい半分の野次に食ってかかりつつ、リシルドは自分の持ち場へ駆けていった。
小さくなってゆくリシルドの影を見届け、ルーカスはエルザールに向き直る。
「お前は行かなくていいのか?」
「ん? ああ。うちの上官って厳しいだろ。今から行っても怒られるだけだし、だったらサボろうかと」
「へぇ……。それは聞き捨てならないな」
「ごめん嘘でした」
エルザールが頭を下げ、ルーカスはふざけて握った剣を直す。近衛師団長としてサボる騎士を見過ごしてはならないが、一緒について行って事情を説明すれば許してくれるだろう。第一師団長は権力に弱い。
「しっかし幼いなぁ。あいつ」
「大人なリシルドなんてリシルドじゃないよ」
「さもありなん」
ただでさえ女心は複雑なのに、それを余計に掻き乱す奴の気が知れない。とりわけ胎児を抱えた女性は繊細だ。手厚く介抱してやらないと。
「……まあでも、ぼちぼち父親になんねぇとなー」
「…………そだね」
ルーカスたちは弟を見守る兄の心境で思いを馳せた。