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面倒事は勘弁

「おい、そこの黒髪ッ!」


ハスキーな女の声が響く。私は誰かの地雷を踏んだのだと悟る。そして厄介ごとに巻き込まれているということも。けれども私は最後の抵抗で気づいていないふりをする。


「お前だよお前。そこの受付にいる黒髪」


そう言われふと思った。そういえば黒髪はここでは珍しい色だったなと。あのころは金髪だったからそれほど目立たなかったため、失念していた。どこかで毛の色を変える道具でも売っていないか探さなくては。


「いい加減無視するなッ!」


肩を掴まれ、後ろに向かされる。そして胸倉をつかまれる。それは赤毛の女だった。何かの魔物の鱗の鎧を着ているが、スタイルの良さが隠しきれていない。まるで獣のような目の女だ。獰猛で狂暴で、そして貪欲なものの眼だ。頬に刻まれた鋭い傷跡、よく見ると体の至る所には傷跡がある。それなりの修羅場を潜ってきた人間のようだ。極めて美しいかと言われれば頷きがたいが、それなりに着飾れば映える容姿をしている。そして一際目を引くのが彼女の身長よりも大きい巨大な剣だ。


「何の用だ、やかましい」

「お前が私ら冒険者の誇りを侮辱したからだ」

「魅力がないといっただけだが?」

「それが侮辱していると言っているんだッ!」

「だからやかましいと言っているだろう。耳元で騒ぐな」


野良犬に絡まれている気分だ。なぜこうまでも感情をぶつけられないといけないのか理解に苦しむ。なんて思ってみても怒りを覚える気持ちは理解できる。誇りを侮辱されたのだ。怒って仕方ない。誇りに思っていることなんて人それぞれだから何が地雷かなんてわからない。人とのかかわりを長いこと断っていたつけだな。


周りを見渡してみる。どいつもこいつも助ける気はない。私の発言に気を悪くしている。もう少し言葉を選べばよかったと後悔しても遅い。


「悪かったよ」


突然謝られたことに驚いたのか胸元を掴む力が緩んだ。私は彼女の手を掴み、力を加える。すると彼女はくるんとコマのように回り、私に背中を見せる。前に押しながら手を放す。彼女は前につんのめる。驚いたように私を見た。


何をされたのか理解できない様子で警戒しながら私に言う。


「お前、ただの旅人ではないな」

「だから何だ」

「それにその剣、お前魔物も殺せるんだろう。なのにどうして冒険者になりたいと思わない」

「理由ならさっきも言ったはずだ」


すると女は何かを考え込む。面倒になった私はその場を去ろうとするが、がっしりと肩を掴まれた。


「よし、こうしよう。お前に冒険者の魅力を教えてやる。うん、それでいい」

「寝言は寝ていえ」

「何、心配するな。Aランクギルド員のナディア様が教えてやろう」

「馬鹿かお前、人の話を聞け」

「誰が馬鹿だッ! 私はちゃんと足し算引き算できるぞ。それに馬鹿というやつが馬鹿なんだ。ゆえにお前が馬鹿だ」


Aランクというのは上から二番目の位置にある。つまり一流の冒険者の証でもある。


このナディアという人間は直情的で短絡的で人の話を聞かない馬鹿なようだ。つまり私の嫌いなタイプの人間だった。こういったタイプの人間に何を言っても聞きはしない。対処法は満足するまで付き合うことだ。


致し方ないがこのバカに付き合うしかない。どうせ行く当てのない暇つぶしなのだからたまにはいいか。行き当たりばったりで大変だが。


「ああもうわかったから。そう吠えるな、馬鹿」

「馬鹿っていうな馬鹿者」

「お前も言っているだろ」

「ナディア様がルールだ」

「あっそ。じゃあな」

「おう、じゃあな」


私がその場から逃げようとするとまたナディアが叫ぶ。


「ってどこに行くつもりだッ!」

「なんだもう気づいたのか」

「お前、ひょっとして私を馬鹿にしているのか」

「ようやく気付いたか、馬鹿。だから馬鹿なんだ馬鹿」


するとナディアは地団太を踏む。それも何度も、床が抜けるのではと心配するほど。少しこのやり取りを気に入りだした私がいた。思いのほか人で遊ぶのは楽しいものだ。


「そう喚くな。迷惑だ」

「そっそうか。わかった。すまない」

「わかればいい」

「ああ、そういえば黒髪。お前の名前はなんだ?」

「私の名か?」


十六夜紅月。その名で活動するのはどうだろうか。第一この名前はこの世界では違和感があるので却下だ。詰まる所、何かいい偽名を考えなければいけないのだが……


「ルナクスだ」

「ルナクスか。よろしくな」


これが彼女、ナディア、どこか男勝りな馬鹿な女との出会いだった。


「じゃあいくぞ」

「どこへだ?」

「お前、私と一緒にくるのだろう? 早く来い、馬鹿女」

「あっ待って。てかまた馬鹿といったなルナクスッ!」


私がギルドをでると慌てた様子のナディアが追いかけてきた。


「どこにいくつもりだ?」

「旅の準備だ」

「へーお前、旅人なのか?」

「見てわからないのか?」

「旅人ならふつうギルドで登録しているぞ」

「そうなのか?知らなかった」

「ふふん。ナディア様は賢いからな」


ナディアがよく利用している店に案内された。そこは俗にいう何でも屋のようであり、本当に何でもあった。


「いらっしゃい。ナディアちゃんが男連れてくるなんて珍しいね」


店主は若い男だった。この世界では珍しい黒髪で、細い青年だ。


「ああ、こいつに冒険者の何たるかを教えてやるんだ」

「へぇー。てっきり恋人かと思ってたよ」

「ばっ馬鹿言うな。どうして私がこんなやつに」


二人が会話している間に私は品物を物色している。まずは目当ての保存食。これはすぐに見つかる。必要なだけ店のカウンターに持っていく。金を払いカバンにしまう。あとは……


「ルナクスさん、剣にご興味でも?」


ナディアのやつが教えたのだろう。店主は微笑みを浮かべながら尋ねてくる。


「それなりには」

「では何かご希望があればおっしゃってください。このツキミの万事屋は何でもご用意しますよ」

「金があればな」

「ええ、ナディアちゃんの知り合いですのでおまけしますよ」


そういいながら彼は笑う。人当たりのいい青年だ。


私は数本、剣を物色する。やはりここの主流はどれも両刃の剣らしい。切れ味よりも叩き潰すことを目的としたものばかりだ。できれば曲刀があればいいのだが。理想を言えば日本刀に近いものがあればいい。


「ルナクスさんは随分と安物の剣をお使いになるのですね」

「金がないからな」


金がないというのも事実だが、必要がないというのも事実だ。どんなにいい剣であっても私の待宵月を超える剣はない。


「いい剣が必要になるほど危険なものと戦うつもりもないさ」

「本当に? あのナディアちゃんに目を付けられているのに」


そういわれるとどこか納得した気持ちになる。この店主にもナディアが厄介ごとを持ってくるという認識はあるらしい。


「必要になったらまたくるとする」

「そうですか」

「ああ、おい馬鹿」

「なんだ馬鹿ルナ」

「変な愛称で呼ぶな。用事はもう終わったぞ」

「そうか。じゃあいくか」


その様子を店主は楽しそうに笑いながら見ている。


「またのご来店を。次はルナクスさんに見合うものを用意しておきますね。じゃあねナディアちゃん。大切に使うんだよ」

「おう、また来るぞ、ツキミ」


それから私は宿へ戻る。


「私は明日出発するがお前はどうするんだ?」

「そうさなー。ナディア様は特に考えていないな。金になる依頼もないししばらくはお前に付き合う」

「そうか」

「そうだ」


そのあとは特に何も起こらず。翌朝になる。


「よお。ルナクス、今日はどこへ向かうんだ」

「ああ、帝都へ向かう」


するとナディアは怪訝な顔をする。


「お前、死にたいのか?」

「そのつもりはないが?」

「死の都に近づくなんて馬鹿しかいない」


そう、帝都はもうなかった。それは簡単に調べることができた。帝国と王国は二十年ほど前から戦争状態になった。決着がついたのがおよそ六年前。10歳の少女の手によって帝都は壊滅状態になった。勿論帝やその近親者はその時に皆殺しにされた。帝都を滅ぼし、戦争を終わらせたその少女の名はディオネ・ケイオス・アルテミス。英雄であり現王国准将だ。


そして問題はここからだ。帝都が滅ぼされただけでそこにいた人間が皆殺しにされたわけではない。ディオネ・ケイオス・アルテミスは単独で敵の本拠地に乗り込み、帝国の主要人物を皆殺しにして戦争を終わらせた。帝都にいた人民に何の被害がなかったかと言えば違う。帝都の民の生活に影響はあった。支配者が帝国から王国へ変わった。勿論、反発するものもいたが、ディオネ・ケイオス・アルテミスがチカラを誇示して黙らせた。


本来なら反乱などが起こっていても不思議ではなかったが、それが起こる前に帝都は滅んでしまった。突如として起こった異常な現象によって。


私はそれを確かめるために帝都へ行く。


「別についてくる必要はないぞ」

「行くに決まっているだろう。誰も行きたがらない場所にいく。それでこそ冒険者の矜持だ」

「なら俺は冒険者だな」

「むっまだナディア様はお前を冒険者として認めたわけではないぞ」

「そうか」

「そうだ」

「行くか」

「おう」





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