勇者の日常
黒月真宵が死亡して一週間が経過した。月島光輝と大山美月はいまだ王城で生活をしていた。
「もう一週間か。彼が死んでから」
「……そうね」
美月は大きくため息をはく。そう、もう一週間もたってる。その間、何もしていなかったのかというと違う。僕たちはそれは忙しい毎日を過ごしていた。
この世界にやってきたことによって起こった魔力との拒絶症状を乗り越えた僕らのレベルはかなり上がっていた。それでもまだまだ弱いことには変わりなく、リハビリに数日使い、あとはずっと訓練の毎日だ。剣の使い方、魔法の呪文、魔力への順応、この世界の常識についての勉強。あげればきりがないほど、僕らは知識を詰め込んだ。そしてまだまだ足りない。忙しい毎日は黒月真宵が死んでしまったという事実を薄れさせてくれるが、僕らに大きな傷跡を残した。とても深く残していった。
勇者であっても死ぬ。とても簡単に死んでしまう。
その事実が、どこか夢見心地の僕らの眼を覚ますには十分すぎるほどの衝撃を与えた。だから僕らは死にもの狂いで強くなろうと訓練に明け暮れている。
「そういえば十六夜君はどうなったんだろうね」
「さあ、元気にしてるんじゃないかしら?」
十六夜紅月。僕らと共に戦うはずだった勇者。逃げ出した臆病者。彼はどうしているんだろうと、忙しい毎日に余裕も出てきた今、ふと考えてしまう。なぜ逃げ出したのかと。
十六夜紅月が逃げ出した知らせを聞いたときはとても驚いた。そして追いかけた騎士たちを殺して逃げたと聞いて強い怒りを感じた。同じ人間を殺すなんて許せないと。沸々と黒い感情が沸き起こる。
「光輝、時間みたいよ」
「ああ、ごめん。今行くよ」
今日もまた訓練。明日もまた訓練。いつか僕らは命を懸けて戦う。そのための準備だ。少しでも死ぬ可能性を下げるために。
「よし、お前ら。今日もちゃんと来たな」
訓練場で仁王立ちで僕らを待っていたのは、いつも僕らの訓練をつけてくださるこの国の騎士団長。大柄の男でいつも鎧を纏っている軍人だ。軍人特有の厳格な雰囲気ではなく、どこか優しげに微笑んでいる男だ。まるで絵画に登場するおとぎ話の騎士のような貴人だ。だが時折野生動物のような鋭い目つきをしている。
「今日もよろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼むよ。美月様はヘカテ殿のところへ」
「わかっているわ。じゃあね、光輝。頑張ろうね」
「うん。美月も頑張ろう」
美月は魔法使いのヘカテ先生の元へ。
「ふむ。では始めよう。光輝殿、いつものように」
「はい。【聖剣騎士】」
僕の周囲に光が集い、僕のチカラをなる。
それは黄金色の騎士のチカラ。光り輝くそれは神々しく、すべての魔を祓う神聖なチカラ。
右手に剣、左手に盾、ほかの部分は鎧に覆われる。
「よろしい。では始めよう。構えて」
「はいッ!」
騎士団長が剣を抜く。盾を構え、防御の姿勢のままじりじりと距離を詰める。僕もそれに倣い盾を前に構え、じりじりと距離を詰める。
いつもこの瞬間は緊張する。一度剣を合わせてしまえばそんなこと感じないのに。剣を合わせる前、敵とにらみ合うこの時間は苦手だ。これから命を奪う相手を前に、その人物を記憶に刻み込む作業をしているようで本当に嫌だ。これから僕が殺したものはどんな性別で、どんな顔をして、どんな声だったか。これかずっと忘れることはできないのだろう。そんな考えが思考を支配していく、
僕はたまらず突っ込んだ。盾で相手を殴りつける。だが集中力の欠いた一撃は軽々と受け流されてしまう。僕は体勢を崩した。その隙を見逃さない騎士団長に足を払われ転ぶ。
「うわっ」
「集中してください」
「すみません。もう一度お願いします」
立ち上がる。砂にまみれた勇者の鎧。みっともない姿。これではだめだ。勇者がこんなのじゃだめだ。僕は強くなければならない。勇者は強く在らねばならない。強く、気高く、勇敢でなければならない。勇者は魔王という巨悪をうち滅ぼす一筋の希望である。だからこんな場所でつまずいてはいられない。
「うおぉぉぉっ!」
「そうです。その力強い踏み込みが敵の防御を打ち崩します」
先ほどよりも強い踏み込み。今度は騎士団長は受け流さず、しっかりと受け止めた。盾と盾がぶつかる。ここからは駆け引きが大事になる。どの瞬間に、どれだけ力を込めるか、それとも力を抜くか。剣で斬り付けるのか、足技を使うのか。そして異世界での戦闘ではさらに魔法という選択肢が増える。この中から選び、そして相手の選択肢を読まなければならない。
そして僕は魔法を選択した。理由は今までこのタイミングで使ってこなかったから。騎士団長にはまだ僕の魔法を見せていないから。
「【光よ、輝け】」
本当に簡単な魔法。簡単だからこそ近接戦闘中にも使え、発生も速い。ふわりと小さな光の玉が僕と騎士団長の顔の間に浮かび、発光した。その光はとても強く、初めて使用したとき、僕自身くらってしまったというトラウマを持つ魔法だ。効果は白い光に視界が焼かれしばらく視力が戻らない。閃光弾のような魔法だ。
それがうまく発動した。騎士団長は目が見えない。だから僕は強く力を籠め、弾き飛ばす。そして騎士団長の懐に飛び込み、斬り付けた。勝った、そう確信した。だけど何故か僕の手には剣はない。
「……なんで?」
「あのタイミングで魔法を使うのはよかったですよ。今まで私に魔法を見せなかったのも正しい。だがあの程度の魔法、私が経験したことがないとでも?」
それでも有効だと思った。やっぱりこの人は強いんだと認識させられる。
「ああいった目くらましは戦場では常套手段です。それに詠唱をしては何の魔法なのかすぐわかります。ですので無詠唱でなければ意味がない」
「……無詠唱はまだ難しいですよ」
「ええ、難しいでしょうね。でも光輝殿、あなたは勇者だ。高々私如き、超えて頂けなければ」
だがその壁はとてつもなく高い。騎士の中の騎士と誉れ高い彼を超えるのはいったいいつになるのだろうか。騎士団長、セイバーは首のあたりで結んでいる長い銀髪を一度ほどき、結びなおす。
「でもいい考えでしたよ」
「セイバーさん、卑怯とは思わないのですか?」
「いえ、これっぽちも。騎士団の中にはいるでしょうが私はそうは思いませんよ。戦場では生きているものが勝者、死んでいる者が敗者です。死ねば終わりですからね。だからどんな手を使ってでも生き抜く。覚えておいてくださいね」
「……はい」
「光輝殿、卑怯な手だからといって卑下しない。なら強くなりなさい。正々堂々戦い、勝てるように」
「はいッ!」
そういいながらセイバーは僕の頭をなでてくる。本当にこの人には叶わないな。いつかこうなりたいと思うほど、僕の理想を体現している人だ。強く、そして優しくある。伝説の騎士のようで、おとぎ話の勇者であると言われても疑う気にはならない人物だ。
「ではもう一度やりましょう」
「はい、セイバーさん」
それから僕は日が暮れるまで彼と戦い続けた。結局、僕は一太刀も浴びせることもできなかった。
「はぁ……また勝てなかった」
「はぁ……無理よ、あんな複雑な魔法」
そしていつもの恒例行事のように、食卓で向かい合いながら僕たちは落ち込んでいた。二人だけのために用意された部屋で僕たちはいつも愚痴を言っていた。美月も魔法が難しすぎて無理だったようだ。【魔女の礎】というどんな魔法でも使用可能なスキルがあるのにできないらしい。文字から考えればどんな魔法でも使える素質があるだけであとは努力が必要なんだろう。
僕のスキル【聖剣騎士】は複数のスキルを持つ珍しいものだが、まだ一つもスキルは覚醒していない。今のままではただ頑丈な鎧と盾、よく斬れる剣しかない。
「はぁ……」
「光輝もダメだったみたいね」
「うん。セイバーさんは本当に強い人だよ」
「こっちも大変。意味がわからないもの。どういう頭をしていたらあんな魔法を思いつくのかしら」
そういいながら美月は肉料理にかぶりつく。魔法を使った後は、損失した魔力を回復させるためにたくさんご飯を食べるようになるらしい。まだ僕はそれほど魔法を多用していないからわからない感覚だ。今はずっと剣を中心に訓練しているが、そろそろ魔法にも取り組むことになるのだろう。
二人だけの空間だったこの部屋の扉が叩かれる。
「皆様お疲れ様です」
光に反射してきらきらと輝く黄金色の髪、美しい黄金色の瞳、まるでこの世の者とは思えない美貌、豪華絢爛で煌びやかなドレスを優雅に着こなす彼女。イルチェル・エル・ローランド。この国の第一王女様。つまりこの国の王様、アージェイル・ローランドの娘だ。そして第二王位継承者だ。その彼女に続いて入ってきたのは金色の刺繍が刻まれた純白の軍服姿のディオネ・ケイオス・アルテミス。右目は眼帯でおおわれている。今日は赤の眼帯だ。そしてその従者のセレナ・フェイナス。この二人はどちらも銀色の髪を持つが、ディオネは白銀色でセレナは透き通る青色に似た銀色の髪だ。
「フムン。少しはまともになってきたようだな」
「その様でございますね、お嬢様」
ディオネはイルチェルの従妹にあたる。現王の弟の娘だ。つまり王家の血筋であり、もちろん王位継承権を持っていたがそうそうに破棄したらしい。そして王国軍の准将の地位にいる軍人だ。歳も僕とそうは違わない少女だが。
そんな高貴なお方がなぜいきなり僕らのところへ来たのだろう、という疑問が生まれる。
「イル、どうしてここに?」
「光輝がどれだけ強くなったみたいってディオネがうるさくて」
「そうなんだ」
「おいおい、私への挨拶はないのか、少年よ」
「お久しぶりです、ディオネ准将」
イルには砕けた話し方を許されているが、ディオネには許されてはいない。何でもまだ勇者として認められてはいないらしい。僕が強くなって、勇者として認められれば名前で呼ぶとこの前言われた。
「フムン、一般兵よりはましか。それに少女の方はなかなか成長しているようだな」
「光栄です。ディオネ閣下」
黄金色の隻眼に見据えられ、美月は硬直する。僕もあの眼は苦手だった。まるですべてを見透かすようで、そしてその存在を否定する眼差しに晒されれば身体を思うように動かせなくなる。
「イル、そろそろこいつらを実戦で鍛える」
「えっ!?」
僕と美月は驚く。イルは睨むようにディオネを見据える。
「まだ早いのでは」
「だからだ。これではいったい何年かかって魔王を倒すというのだ」
「……ですが勇者様方はまだこの世界に来て日が浅い」
「だが十六夜紅月は旅立ったぞ。騎士団を殺してな」
そういわれイルは唇を噛みしめ黙る。
「勇者を倒せるのは勇者だけだ。だからこそ早く少年らには強くなってもらわなければならない。わかるだろう、イル。十六夜紅月を野放しにしていれば一体どんな被害が生まれるかわからない」
イルは何も言わず、ディオネを見る。
「だから強くなってもらう。早急に。それにちょうどこの国の近隣にドラゴンが出たそうではないか。少年、少女よ。ドラゴンを倒して来い」
僕は驚きのあまり声が出なかった。美月も同じようでパクパクと口が開いたり閉じたりしている。
「何、心配するな。騎士団の連中も護衛につけるさ。では明日、日が上がるころに出発したまえ」
それだけ言うとディオネは部屋を出ていった。
「あの……頑張ってくださいね」
イルは同情してくれるが僕らはそれどころではなかった。
ドラゴン、空想上の生き物。そしてこの世界では間違いなく生態系の上位にいる生物で……
僕らの苦悩はこれからも増えていくのだろう。




