逃亡
翌朝、私は用意されたこの世界の服にそでを通す。黒を基調とした動きやすそうな服だ。鏡で問題ないかチェックする。
「本当にずいぶんとみすぼらしい姿になったな」
鏡に映る自身の姿を見て嘆かわしいように十六夜は呟く。かつては黄金色に輝いていた、くすんだ黒の髪。チカラの象徴でもある黄金色を失っている黒の双眸。魔力にあふれるこの世界に来て、この体は砂漠に水を垂らすがごとく、貪欲に魔力をむさぼっているがそれでも空っぽの器を満たすには足りない。
「本当に元通りになるのかも怪しいな」
魔力に満ちる場所にいればいずれ回復すると考えていたのだが、その考えは浅はかだったようだな。そもそもチカラを封印の代償に使ったのだ。そう簡単に補えるはずはない。そんな甘いことはない。
ノックの音が響く。
入ってきたのはこの城のメイドだ。昨日、頼んだ城下町の見学の許可が下りたようだ。
「十六夜様、許可が下りましたのでご案内させていただきます」
「そうか。感謝する」
そしてメイドに案内され城を出る。巨大な城門をくぐるとそこには活気あふれる街並みが広がっていた。
活気あふれる城下町。どこまでも溢れかえる人間の波。客を呼ぶ店主の声、食欲をそそる香り、人々の笑い声、平和そのものだった。だがここには人間しかいなかった。かつて私が召喚されたアーサランド帝国には人間以外にも亜人と呼ばれる人族がいた。獣の特徴を色濃く宿したギリク族。森とともに生き、長寿の一族、フィリア族。そして小柄な体格ながら怪力な金属の扱いに長けたメタリア族と共生していた。
……そのはずだった。
この街には人間しかいなかった。かつての光景を知る私からすればここは違和感しか感じない異質な世界だ。
「メイドさん。この世界には人間以外の種族はいないのか?」
「いえ、存在しますよ。人間以外にも」
尋ねられたメイドはさも当たり前のように言葉をつづける。
「人間の敵対種である魔族、汚らわしい獣のギリク、傲慢なフィリア、偏屈で頑固なメタリア。それくらいですね」
「それらとは仲良くしないのか?」
「まさか。なぜ我々人間がそれらのような劣等種と仲良くしなければいけませんか。勇者様もこれからお教えになられますが、くれぐれも劣等種どもに気を付けてくださいね」
平然とメイドはいう。そうか、ここは人間至上主義の国なのか。
「じゃあ人間の国は何がある?」
「そうですね。我が王国と同等の大国となりますとございませんね。我らローランドはこの大陸をほぼ支配していますので」
誇らしげにメイドはいう。
「しいてあげるなら無法国家、傭兵の国と呼ばれるブレイブリードでしょうね。そこではチカラのみがすべて、弱肉強食の法が正しい無法地帯です。勇者さまはお近づきにならぬようしませんとね。ああ、あの屋台で売っている焼き串、美味しいですよ。食べてみますか?」
「ああ、いただこう」
メイドが買ってきた焼き串は確かにうまかった。
「他に何か聞きたいことはありますか?」
「そうだな。魔王について教えろ。知っているのだろう?」
じろり、と横目でメイドを見据える。涼しい顔でメイドは私の視線をやり過ごす。
「ええ、知っていますよ」
微笑を浮かべ、メイドはいう。
「魔王、魔族。人類共通の敵。滅ぼすべき邪悪な種。我らが創生神の神敵の僕」
メイドはつらつらと言葉を紡いでいく。
「次元の狭間に住まう魔王。そこはこの世の醜と悪を詰め込み濃縮された場所。彼の魔王は邪悪である。臣下である魔人は邪悪である。彼らが魔族は邪悪である。そう聖書で示されています」
どこに忍ばせていたのか、メイドの手には一冊の分厚い本がある。
「創生神話が記されている聖書です。今度読んでみますか?」
「いや、いい。続けてくれ」
「そうですか。前回の勇者の予言も記されていますのに」
そんなこととっくに知っている。どんな予言が書かれているのか、魔王はどれだけ邪悪か、この世界の仕組みなど識っている。
「今回、あなた方勇者様が召喚された経緯ですが、魔人が現れたんですよ。突如として次元を裂き、現れたんですよ。そして小国が滅んだ。もしかしたら先代勇者の封印が破かれたのではないかと、だから慌てて勇者を召喚することになったんですよ」
「そうだったのか」
「ええ、そうです。だから勇者様、どうか我らをお助けください」
「ああ、わかった。任せてくれ。チカラを尽くそう」
「ありがとうございます。そろそろお昼ですね。城で昼食でもとりますか?」
「いや、いい。しばらくぶらついているよ」
「そうですか。私もご一緒したほうが?」
「いい。一人で大丈夫だ」
どうせ監視されているのだから問題ないだろう。そのことを知っているのか知らないのかは定かではないが、メイドは特に食い下がることもなく、メイドは帰って行った。
「さて、行くか」
どこに監視している者がいて、何人いるのかも把握している。それらを撒くために人ごみに紛れる。気配も薄くしていく。今頃、大慌てだろうな。意地の悪い笑みを浮かべた私は露店に商品としておいてある両手剣を盗む。人とぶつかった際に財布をする。ついでにこの世界の果物も拝借した。
こういったスリの手口もこの世界で学んだものだ。生きることに精いっぱいだった当時のことを思い出し懐かしい気持ちになりながら果物にかぶりついた。甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。
「うまいな、これ」
これでこの世界に貨幣を手に入れた。戦うための道具である、安物ではあるが剣も手に入った。十分とはいえない装備だがまあいいだろう。
そしてわざと監視している者たちの前に私は姿を現した。さあ、ついて来いよ。
私はこの街の出入り口である壁門にたどり着く。さすがは王都と言うべきほど、立派な防御壁だ。ある程度の財力がある街にはどこにでもある、魔物や人間の侵入を拒む壁だ。魔法的な処理もされているのだろう。嫌な魔法の気配を感じる。今すぐにでも叩き切ってやりたい衝動の駆られるが我慢する。
そして私は外へ。門番には止められない。
監視者たちが慌てふためいて報告に行くものと追跡するものに分かれる。本来ならこうならないようにするのが役目なのだから仕方ない。
彼らには気の毒に思うし同情もするが、あきらめてくれと思う。
「うん。行こうか」
私は私の目的のために。彼らは彼らの目的のために。行動した。




