プロローグ
泥に深く穿たれたトラックの轍に顔を突っ込んでいる少女がいる。まるでそこに素晴らしい世界が広がっているかのように見えたけれども、その後頭部はぱっくりと紅く花開いていて、頭蓋の中身をさらしている。そこからすぐ近く、今度は少年が横たわっていた。背中から入った弾丸は、少年の体内で散々跳ね回った後、へその近くから出ていくことに決めたようだ。ぱっくりと開いた腹からはみ出た腸がピンク色にてらてらと光っている。かすかに開いた唇から、まだ小さくかわいらしい前歯がのぞいている。まるで何か言い残したことがあるとでもいうように。
轍の続く道を辿っていくとそこには小さな村があった。村の広場には穴が掘られていて、多くの人々が皮膚をくすぶらせて、煙を放ちながら折り重なって倒れている。肉の焼ける臭いと、髪の毛の焦げる臭い。中途半端に焼けた筋肉が収縮し折れ曲がる姿はまるで赤子のようであった。皆が生まれたままの姿で死んでいる。
ふつうの感性を持つ人間ならば何かしらの反応を示すはずのその光景に憤りを感じることも、深い悲しみを覚えることもなく、私はもくもくと着実に目的地へと歩みを進めていた。
これまで私はたくさんの人間を殺してきた。おもに金属で出た刃物で。魔法で殺したこともあるが、正直なことを言うと効率が悪いのであまり好きなやり方ではない。魔法と聞けばファンタジーを想像する人が多くいるだろうが、ここは現実だ。そう、否応ないほどに現実だった。
私は勇者だ。いや、正確にいえば元勇者だろう。異世界に召喚され、勇者としての使命をまっとうし、現実世界に帰還できた勇者だ。それも五年前の話だ。ふと、気配を感じ、私はその場から大きく飛び退く。遠距離から狙撃されたであろう銃弾が地面を穿った。そして物陰から数人の重火器を装備した男どもが躍り出て、ありったけの鉄の塊を打ち込んでくる。
「死ね、化け物め」
「くたばりやがれっ!」
なんて酷いことを言うのだろうか彼らは。私はれっきとした人間だ。と胸を張って高らかに言ってのけるほどの自信はないが。飛来する銃弾を躱すため、大きな一歩を踏み出す。力を込めて地面をける。それだけで彼らの認識できる速度域を逸脱する。認識不可の速度で彼らに迫り、ホルスターに仕舞っていた肉厚のダガーナイフで彼らの首を刈り取る。崩れ落ちる肉塊に何の意識も払わないまま、私はまた獲物を探してさまよう。
なぜ、元勇者である私が戦場でわざわざ傭兵になってまで人殺しをしているのか。答えは単純だ。生ぬるい日常に戻れなかったからだ。考えてみてほしい。中学、高校といった多感で未熟で純粋だった少年時代を、殺伐とした殺したり殺されたりする非日常で生きていればこうなる。普通に戻れない。
よく小説などでは日常生活に戻れるような話が多いが、あんなものありえない。かつての私は戻れると信じていたが実際はこのざまだ。現実にもアフガニスタンやイラクに派遣された米兵どもも精神に異常を抱え、カウンセリングを受けるはめになっているのだ。
結局のところ、刺激が足りないのだ、異世界での非現実的な毎日に比べて。だから私は戦場にいる。人殺しを生業にしている。私はただの殺人者だ。
「はやく、またあの世界に行けたら……」
そしたらなんて幸せなことなのだろう。こんな手ごたえのない人間どもを相手にしていては結局のところ満たされないのだ。いつかこの地獄のような戦場の刺激も物足りなくなるだろう。そうなったら私は一体どうなる。力を持て余したまま、心が満たされないまま死んでいくのか。
そんなのは絶対に嫌だ。だがどうしようもないのだ。私には世界を渡る術など持ち合わせていない。全盛期の私なら可能だったろうが、かつての魔王との死闘で力を使い果たし、残り滓のような私ではどうしようもない。だからただ待つしかない。召喚されるそのときまでただ待つことしかできない。
生憎とこの世界では使い果たしたチカラ、魔力とか呼ぶものを回復手段がなかった。あちらの世界では飲み食い、睡眠で回復できたのだが、こちらでは不可能だった。理由はこの世界に魔力が存在していないという至極単純で絶対的なことだった。
だが私はあきらめてなどいない。かつては神にも迫るほどのチカラをその身にまとい、魔王と対峙し、見事使命を全うすることができたのだから、もしかしたらまた異世界に召喚されるのではないかとひそかに期待しているのだ。
もし、世界が無数にあり、超常のチカラを宿すもの、または宿す可能性を持つものを望む世界があるのなら、また私が呼ばれる可能性はあるはずだ。そうすればまたかつてのチカラを手に入れれるかもしれない。そうして私の悲願を叶える。願いを遂げる。
そう、この瞬間のように。
「ハハッ……ようやく私は」
私の足元に突如として出現した魔法陣。私はそれを識っていた。かつて視た、私をあの世界へと誘ったものに似ていた。そして異世界へと召喚された。
「待っていろよ……」




