暗い時には、電気をつける。
もうじきお昼だというのに、
カーテンをしめたまま。
ぼくは部屋の中で
じっと息を殺している。
ぼくが少しでも動いたら
世界は消えてなくなってしまう。
きっと。
神様に見放されたぼくは、
いつだって、
終止符をうたれる覚悟をしている。
おかあさんが部屋に入ってきた。
ぼくはなおさら身を硬くする。
「また、カーテン閉めっぱなしで!」
ひきちぎるような勢いで、
カーテンを開ける。
まぶしい日差しがどっと部屋の中に入ってくる。
まぶしいのはイヤだ。
「掃除も全然しないし!」
おかあさんは、
愚痴をこぼしながら、
テーブルの上の食べかけの
カップラーメンやポテトチップの袋を片付ける。
ちょっとまってくれよ。
そのポテトチップはまだ空じゃないのに。
怒っているお母さんは、聞く耳をもたない。
窓を全開にして空気を入れ替える。
こもったにおいが、消え去る。
犬だって、猫だって
匂いでテリトリーを守るじゃないか。
いくらおかあさんでも、
この部屋の匂いを変える権利なんか
ないはずなのに。
くやしいけれど、
ぼくには言い返せない。
だってぼくは
取るに足らない存在だから。
おかあさんにとってぼくは、
いてもいなくてもいい、
いや、いないほうがいい存在なんだ。
じゃあどうしてこの世に生まれてきたのだろう。
その意味を考えると、わからなくなる。
早く夜になって、
全てが動きを止める時間になってほしい。
そこではじめてぼくは
自分が生きていてもいいのだと思えるから。
けれども都会の夜は、
なかなか思うように更けてはくれないものだ。
「ただいま」
「ちょっと、マモル!
あんた、また食べ散らかしたままだったでしょう!
ちょっとくらい自分で片付けてちょうだい!」
「はいはいはいはい」
面倒くさ、と心でつぶやきながら
マモルは自分の部屋に入る。
カーテンを閉めて、
電気をつける。
モニターのスイッチを入れて、
ゲームをはじめた。
「マモル!
また今夜も一晩中
ゲームするつもりなの?
いい加減にしてちょうだいよ!
食べたものをちらかさないで!
虫がわくんだからね!」
「いちいちうるせえな、ババア」
マモルはコントローラーを持ったまま
そう叫んで、ゲームに没頭する。
おかあさんのことをババアだなんて
いってはいけないよ。
ぼくは思う。
ぼくよりもマモルのほうが、
神様に見放されてしかるべきだ。
今夜も煌々と電気をつけたままで、
ぼくは夜をうばわれる。
どうしてぼくだけが、
こんなに理不尽な扱いをうけるのだろう。
仕方が無い。
電気が消えるまでじっと待っていよう。
ぼくの名前、
それはゴキブリ。