10.400日目-1
あけましておめでとうございます。
いやー、年内無理でした。申し訳ない。
そしてもう一つ申し訳ない。ダンジョン編、もう一話伸びます。
東京ドーム並みに広い空間に鎮座する一つの巨体。
フロア10のボス部屋である。
ダンジョン世界に部屋ごと入り込んで500日目、僕の目の前には黒く大きなドラゴンがいた。
今まで相手にしていたボスとは明らかに違う存在感。
体の大きさは50mくらいあるのではないかというサイズもさながら、発している雰囲気が神々しくもある。
僕がゆっくりと近づいていくと、のそりと首を上げこちらを見下ろすように目を開ける。
『此度の挑戦者は吾か?』
システム音声のように頭の中に言葉が響く。
この言葉はドラゴンなのか?
「この声はあなたが?」
『ふむ。我に人語を話す声帯がないでの。直接言葉を送り込ませてもらっておる』
やはりドラゴンからの声のようだ。だけど話すモンスターは始めて―――って会話自体が500日ぶりじゃね?
やばいちょっと涙が出そうだ。
『何をいきなり涙を流しておるのじゃ』
あー、出そうじゃなくて出てたらしい。
「会話するのが久々だったもので」
『ほぉ、それは一人でここまで来たということかの?』
「えーーっと……一人じゃ無い場合も?」
『普通はパーティで挑まれるのじゃがの。知らぬのか?』
「知らぬも何もよくわからない間にこのダンジョンにいたもので。マニュアルっぽい本が一冊だけあっただけですが」
『なに? それは真か?』
「? はい。嘘ついても仕方ないですし」
『それもそうかの。ふむ。どう説明したものか……じゃが、それでもここまで一人で来たというのは……』
一人(?)でなにやらブツブツ喋り始めた黒龍。
「ここが何処で、何なのか、説明して頂けると助かるのですが」
『そうじゃの。そなたは別の世界からこちらの世界に、呼ばれてきた存在というのはわかるかの?』
やっぱりか。だが呼ばれたということは、僕を呼んだ何者かがいると言うことだ。一発殴らせて貰わねば。
「なんとなくですけど、そうじゃないかと思ってました。僕をこの世界に呼んだのは誰なんですか?」
『“誰”という者でもないの。世界の意志とも言えるし、神とも言えるしの。そのような存在じゃ』
神なのか何なのかよくわからない。一体誰を殴れば良いんだ?
『天災のようなものじゃと思えばよいの』
天災か。災害にでもあったと考えれば良いと? それじゃぁ誰も殴れないじゃないか。
「僕は……元の世界へ帰れるんですか?」
『死してなら、可能と言えるかもしれぬの。運良くその世界の輪廻へと入れれば、と付くがの。生きてというのなら、それは再び天災が起きる事しかないの。その確率は宙の星の中から一つの星へと辿り着く位の確率じゃがの。あるいは神となれば……だがそれでは人としての生活は送れぬであろうがの」
あぁぁぁぁぁ。それは無理だという事じゃないか……。
神を目指す?
元の生活に戻れなければ意味が無い。
だが、今のまま戻って、元の生活に戻れるのか?
この身体を維持したままになるのか?
元に戻るのではないか?
僕は――――――――。
『本当に何も知らずにここまで来たようじゃの。普通、その葛藤はもうすでに終わらせてから皆ここまでくるのだがの』
皆?
僕の他にもいるのか?
そういえばさっき、普通はパーティでだとか言ってたし。
「僕の他にもいるんですか? この世界に呼ばれた人間は」
『いる。ここはそういう場所じゃからの』
そういう場所?
『ここまで来たというのじゃったら全てのフロアを攻略したのであろう? 気付かなんだか?」
「確かに攻略しましたが、何を気付くと?」
『フロア1からのモンスターの出現を考えてみることじゃの」
モンスターの出現?
フロア1 ――スライム。ノンアクティブ。
フロア2 ――ブランチャー。アクティブ。
フロア3 ――ゴブリン。集団戦。
フロア4 ――ボブゴブリン。魔法を使う。
フロア5 ――ウルフィア。素早い個別戦。
フロア6 ――マインウルフィア。麻痺を使う集団戦。
フロア7 ――アウラウネ。気絶を使う集団戦。
フロア8 ――トロール・ボブオーク・オークリーダー。魔法を絡めた連携の集団戦。
フロア9 ――ガーゴイル。石化を使う集団戦。
フロア10――ランドドラゴン。突進とブレスを織り交ぜた個人戦。
何だ? 何か気になる様な――――っあ!
まるでモンスターと戦う訓練なんじゃないか?
フロア1でノンアクティブモンスターと戦う事で戦いそのものの訓練。
フロア2でアクティブモンスターとの訓練。
フロア3で集団戦の訓練。
フロア4で魔法戦の訓練。
フロア5で素早いモンスターとの訓練。
フロア6で麻痺と集団戦の訓練。
フロア7で気絶と集団戦の訓練。
フロア8で対連携戦の訓練
フロア9で石化と集団戦の訓練。
フロア10で――コレは何の訓練かわからない。いや、待てよ。パーティで挑むのが普通だと考えると、フロア10では対個人の連携の訓練になるのか?
『答えは出たかの?』
「たぶんですが……モンスターとの戦闘訓練でしょうか?」
『正解じゃ。今まで不思議に思わなかったかの? 何回モンスターに殺されたとしてもペナルティはあるが死なないことにの』
死なない?
「いえ、1回も死ななかったもので……」
『なんと! 1度も死なずにここまで来たと。こりゃ面白い。じゃが、何の説明もなくここに呼ばれたのならば仕方が無いこととも言えるの。死ぬことに馴れてしまい、ここを出た後にあっさり死ぬ者もおるという話じゃから、死なぬその心は良い事じゃ』
「……だけど、どうして訓練なんてものを?」
『ふむ。吾の世界にモンスターと呼ばれるモノはおるかの?』
「空想上でなら。実際にいるかどうかは、いないと言えると」
『では、吾は戦う術を持っておったか?』
「ありません」
『吾が突然モンスターの跋扈する世界に落とされたら、どうじゃ?』
そういうことか。モンスターの跋扈する世界にいきなり現れてもただ殺されるだけ。殺されないための訓練だと。
『その顔は気付いたようじゃの。吾の頭の回転は悪くない。もっと考えるという事を心がければよかろうに。勿体ないの』
あー、昔にも誰かに言われた様な気が……まぁ、それが僕だし。
『それにしても……よく一人で……フロア6からはパーティ戦が基本じゃと言うのに……』
確かに、普通に考えれば状態異常してくるモンスターいるのにソロとかないですよねー。
ボス戦もあきらかに敵多くなってたし。修行しといて良かったー。
「とりあえず、このダンジョンの目的。それと元の世界に戻れないということは、納得はしてませんが理解はしました。それで結局、ここは何なんですか?」
『何なのか? と問われれば、バルバレイダンジョンとしか答えられないの。ちなみにバルバレイは我の名じゃ』
いや、そういう事じゃなくて、っていうか薄々感じてたけど、この黒龍バルバレイはダンジョンの最終ボスなのだろうな。
「いえ、名前ではなく、その存在目的でもなく、単純に世界との繋がりと言うか、あなたの存在そのものというか」
『ふむ。ここは狭間の世界。意志と意志を繋ぐもの。我は代理者にして判別者じゃ』
世界の狭間で、意志というのは世界の意志か? 代理者というのは世界の意志の代理で、判別者は―――なんだ?
「判別者というのは」
『世界に立てる資格を有するかの判別じゃの。我を倒せ何だ者に世界に立つ資格が無いという事じゃ』
ああ、そういうことか。そうかー、あれ? そういえば話が逸れたよな?
「なるほどですね。それで、前に話していた事なんですが、僕の他にも来ている人間がいるとか何とか」
『おお。そうじゃったの。吾の前は5人のパーティじゃったの。なかなかの強さを持っておった。その前は3人パーティじゃったが、吾を倒す事は出来たが、倫理が狂っておったの。長生きは出来ぬじゃろう』
「そんな頻繁に? でもどうして僕は一人だったのでしょうか」
『吾は大分イレギュラーな存在なようじゃの。それが意志なのか、運命なのか、我にはわからぬが、一人だからといって甘い判別はせぬからの』
理由わからないのか。
『一人でここまでこれたというだけでも、強さとしては充分だとは思うのじゃが、実際の強さを見せてもらうかの。どうじゃ?』
「はい。いいのですが……」
今までモンスターは全て殺してきた。だけど目の前にいるこの黒龍を殺すという事が、何か躊躇わせるものがある。
なぜだ?
ああ、そうか。そうだよな。久々に孤独から解放されたのだから、当然だ。
『なんじゃ? 知性ある存在と戦うのが躊躇われるか?』
いや、例え知性ある存在だとしても、自分や周りに害ある存在であれば、殺すことに躊躇いや後悔は起きないと思う。例えそれが人だとしても。
「いえ、僕は、あなただからこそ倒す事が躊躇われるのだと思います」
『ほぉ、嬉しいことを言ってくれるものじゃの。じゃが、本当かの? 例え我を倒せても、殺す事を躊躇えば殺される事もあるのじゃぞ? 我は面白い。じゃから簡単に死なれるとつまらぬのじゃ』
「それは大丈夫だと思います」
『なら、我の心配は無用じゃぞ。このダンジョンは死という概念は存在しても滅という概念は存在せん。死して消えるが、時が経てば復活する。滅する事はないのじゃ。じゃから吾も死しても復活すると言ったじゃろ? それでも戦い辛いかの?』
なるほど。死んでも復活するのは僕だけじゃないのか。っとすると時間が経って復活するモンスターは同一のモンスターということになる。あー、ってことは、修行を同一場所でやったのは、何度も何度も同じモンスターを殺していたことになる。
うわー、なんて残虐な。罪悪感はないけども。
「それでもやっぱり、戦うのは躊躇われますが、たぶん戦い始めれば大丈夫だと思います」
【マッスルハイ】の僕が躊躇う姿が想像できないし。
『そういうのなら、大丈夫なのじゃろうな。では始めようかの』
「ちょっと待ってください。最後に一つだけ疑問が。僕だけではなく、部屋も一緒にというのはなぜなのですか?」
『もう一度言う様じゃが、少し考えればわかると思うのじゃがの。まあよい。吾の部屋は吾の部屋であって元の部屋ではない。吾の部屋の模造品じゃ』
「なぜ模造品を?」
『考えろと言うておるのに……。吾は突然文化水準が下がった場所で生活できるかの?』
二度も言われてしまった。流石に考えよう。
文化水準が下がる。つまり僕が呼ばれた世界は文化水準が低いということ。よくあるファンタジーの世界を想像してみれば、中世ヨーロッパと考えてみる。
電気はないだろう。水洗式トイレはあるのか? ローマ時代からあったと聞いたこともある。もしかするとあるかもしれないが、保証はない。風呂はあるかもしれないが、シャワーはないだろうし、もしかすると水浴びだけかもしれない。
食事はどうだ? ショップで買ってたようなジャンクフードや定食関連はまず無い。そんな食生活に耐えられるか?
そういうことだろう。
ただでさえ突然の戦闘訓練所にぶち込まれてストレスが溜まるのに、馴れない文化水準の生活でのストレスは計り知れない。
精神的、肉体的なストレス緩和のためか。
いや、でも待てよ。あの部屋ってまた戻れるのか?
「部屋の存在意義はわかりました。ですが、またあの部屋に戻る事は可能なのでしょうか?」
『地でいく“やれば出来る子”じゃの。いつでも戻れる様になるはずじゃぞ。このダンジョンには来れぬがな』
「部屋に戻れるのは嬉しいのですが、もうここには来れないのは少し寂しいですね。バルバレイさんにはもう会えないのでしょうか?」
『判別者バルバレイである我には会うことは出来ぬじゃろう。じゃが、代理者である我にはまた別のダンジョンで会えるかもしれぬぞ? その我は我であり、我であるからの』
よくわからないが、別のダンジョンで会えるというのだから、それで良い。
『吾と語るのは楽しいの。じゃが、そろそろ語るのはお仕舞いじゃ。我を倒せなければまた挑戦するときに語れるの。我を倒せれば別のダンジョンで語ろうぞ。準備は良いかの?』
「はい」
『ホントに良いのか?』
「ええ。大丈夫ですが……何か不都合でも?」
『ふむ。我には吾の姿が下着一枚だけしか見えんのだがの』
「見たとおり下着一枚です。それと見えないと思いますがマスクしてます。それと足袋です」
『……どこから突っ込んで良いのやら』
何か疲れた様な声のバルバレイ。
『まぁ見えないマスクは良いとしての、武器も防具も見えんのだがの』
ああ! そういうことか。最近この姿が当たり前で、気付けなかった。
「この筋肉が武器であり、この筋肉が防具です」
『よくわからんがの。吾が良ければ、それでよいかの』
「はい。全てはこの筋肉が語ってくれますから」
僕はそう返事をして構えを取る。
バルバレイは羽を大きく広げ、
「グルァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
首を伸ばして上に向かって啼いた。
それが戦闘の合図。
僕は頭のスイッチを切り替えながら、妖精さん出すの忘れてるのに気付いた。
さぁ、戦闘だ!
第1章10話目にして初の会話シーンをお送りしました。
いや、こんな会話長くなる予定ではなく、ダンジョンの秘密もネタバレすることもなく、簡単な会話の後に戦闘シーンに行くはずが。
バルバレイさんが勝手に喋っちゃいました。おかげで次章以降に徐々にバラしつつの予定が・・・・・・。
1/8 ありがたいご指摘がありまして、文章足せるようなので、最後の方に数行プラスさせて頂きました。