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調香師は記憶を探して旅をする 〜この世界は、様々な香りに満ちている〜  作者: 真白ナラン
第一章

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3/3

偽りの薬師と、欲望の調合レシピ

 西門の広場に、その男の声が響いていた。 「さあ、持っていきな! この『大地の恵み』を撒けば、害獣は退き、麦の穂は黄金に輝く。不肖この私、薬師ゼノが街の平穏を願って作った逸品だよ!」  人当たりの良い笑みを浮かべる男、ゼノの前には、得体の知れない「肥料」を求める農夫たちの列ができていた。


 だが、その列の後方で、ルカはハンカチを口元に当て、鋭い眼光を向けていた。

(……なんて醜悪な調合だ。鼻の奥が、警鐘を鳴らしていますよ)


 ルカは確信していた。この男から漂うのは「善意」ではなく、腐った金貨のような「強欲」の匂い。彼は列をかき分け、ゼノの前に歩み出た。


「おや、旅のお方。あんたも肥料かい?」 「いいえ。……答え合わせに来たのですよ、ゼノさん」


 ルカの静かな声に、周囲のざわめきが止まった。ルカは革カバンを机に置くと、中から二つの証拠品を取り出した。


「まずはこれ。昨日、猫人の少女から回収した小瓶です。そして、そこの袋から漏れ出ている『肥料』。……不思議だと思いませんか? 害獣を退けるはずの肥料から、魔獣を狂乱させる『マタタビ・ペッパー』の煮出し液と同じ匂いがするなんて」


「な……何を馬鹿な! それは野草のスパイスだ!」  ゼノの表情が微かに引き攣る。

ルカは逃さず、追及の調子を強めた。


「いいえ。それだけではありません。皆さんの足元を見てください」

ルカが指し示したのは、ゼノが肥料を配っていた地面だった。肥料がこぼれた場所だけ、石畳の隙間の苔が、不自然なほど黒ずんで枯れ果てている。


「この肥料には、植物の成長を一時的に爆発させる代わりに、土地を死なせる『禁忌の触媒』が混ざっています。……ゼノさん、貴方の目的はこうですね? まず肥料で魔獣を街に呼び寄せ、被害を出す。一方で農地の土を枯らし、農家を絶望させる。……その混乱の中で、貴方は『特効薬』と『特殊な種』を、今の何十倍もの値段で売りつけるつもりだった」

ルカは続けた。

「そして先日、この小瓶に引き寄せられた魔物が、この街で少女を襲いました。すぐに冒険者に発見され、討伐することができたので、奇跡的に怪我人は出ませんでしたが……。もしも、大勢の怪我人が出ていたら? 得をするのは誰でしょうね? 聞けば、魔物調査に向かうための遠征隊は、こちらの店で薬草などを大量に買い求めたとも……」


「証拠……証拠はあるのか! 妄想を吐き散らすな!」

ゼノが声を荒らげ、ルカを突き飛ばそうとする。だが、ルカは揺るがなかった。


「証拠なら、貴方の『袖口』にありますよ」  ルカは、ゼノが隠し持っていた記録帳の端を指差した。


「貴方の衣服からは、昨日私が猫人の少女を救った際に魔獣に付着させた『追跡用の香料』と同じ成分が検出されています。……つまり、貴方は現場で魔獣の様子を『観察』していた。自分の商品がどれほどの効き目か、特等席で楽しんでいたのですね」


「……っ!」


「さらに決定的なのは、これです」

ルカはカバンから、一滴の透明な液体が入った瓶を取り出した。


「これは『真実を暴く試薬』。貴方の肥料にこれを垂らして、もし誘引剤が含まれていれば、ドス黒い赤色に変色します。……さあ、試してみても?」


「ふ、ふざけるな!」  

ゼノはルカの手を払い除けようと、慌てて肥料の袋を隠そうとした。……が、その焦りこそが最大の自白だった。袋が破け、中身がぶちまけられる。ルカが用意していたのは試薬ではなく、ただの「反応を促す香料」だったが、男の動揺がすべてを物語っていた。


 詰め寄る農夫たちと、騒ぎを聞きつけて駆けつけた衛兵局の騎士たち。  ルカが事前に提出していた「成分分析書」という名の告発状により、ゼノはその場で、詐欺および魔獣誘引の罪で捕縛された。


「……香りを汚す者は、いつかその匂いに身を滅ぼす。自業自得というものですよ」


 ゼノが連行されていくのを冷ややかに見送った後、ルカは深く、長く、息を吐き出した。  指先はまだ、怒りと緊張で微かに震えている。


「さて……正義を貫いたのは良いのですが」  ルカはふと、自分の財布を覗き込み、困ったように眉を下げた。


「……宿代が、いよいよ限界ですね。昨日お礼にもらったパンと銅貨だけでは、今夜の寝床も怪しい」


 記憶をなくし、お節介を焼き、悪党を成敗した。……しかし、お腹は空くし、屋根の下で眠りたい。


「……背に腹は代えられませんね。まずは、確実な収入源を探すとしましょう。商業ギルド、それに、荒事ではない依頼があるなら冒険者ギルドにも……」


 ルカは使い込まれた革カバンを抱え直し、再び活気を取り戻した市場の雑踏へと紛れていった。  記憶の中の「優しい香り」への旅を続けるため、名もなき調香師は、まずは一人の「労働者」としての一歩を踏み出すことにした。

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