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永田町へ行ってきます ~いろいろありまして、次の職場は国会議事堂に決まりました~  作者: のらりくらり


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第6話 乗り越えた壁

基礎練習ばかりだったけど、それなりに楽しかったな。


7月中旬。翌年に高校受験を控えていた功は、2年間通っていた柔道教室を辞めた。


「母さん。由紀子。功。大事な話がある。すぐに済むから集まってくれ」


夏休みが始まって3日くらい経ったある日の夕食後。部屋で勉強していると居間の方から孝之の声が聞こえた。


なんだよ。せっかく、エンジンが掛かって来たところなのに……。


功は、やりかけの問題集のページに鉛筆を挟んで部屋を出た。


うわぁ。なんか嫌な空気だな。


功と同じく作業中の手を止められたのだろう。居間に入ると母親と由紀子は、露骨に不機嫌な表情で孝之の話が始まるのを待っていた。


「よし。揃ったな。それじゃ、単刀直入に言う。店のお金を持ち逃げされた。以上」


唐突な報告に3人は、しばし言葉を失っていた。


この空気、どうしてくれるんだ……。


何とも言えない重苦しい空気の中、最初に口を開いたのは、母親の幹子みきこだった。


「お金を持ち逃げされた?馬鹿も休み休み言いなさいよ。今後の生活はどうするつもりなのよ?功はともかく、由紀子と新平が学校を辞めることになったらあんたのせいだからね」


えっ。俺は高校に行かなくてもいいってこと?


当たり前だが、怒り狂っている幹子にそんな突っ込みを入れる度胸はない。


「落ち着けって。そんなことにはならないよ」


「落ち着け?こんな状況で落ち着けるわけないでしょ」


頭の中では最悪なストーリーが展開されていたのだろう。孝之の言葉に幹子は、さらに激高していた。


「最後まで話を聞けって」


「うるさい。持ち逃げされた分際で偉そうに言ってんじゃないわよ」


幹子はよく言えば『心配性』悪く言うと『粘着質』な性格だ。だから、一旦、頭の中で悩みの雪だるまを作り始めると、人が変わったように攻撃的になる。


あー。始まった。ここまで、拗らせたら、もう、手が付けられないや。


大学進学を機に家を出ていた新平に代わってきちんと話を聞くのが次男としての役目だとは思ったが、収拾のつかない話に付き合うほど受験生は暇じゃない。


あとは2人で勝手にやってくれ。


トイレに行くふりをして居間を抜け出した功は、部屋に戻ると気を取り直して勉強を再開した。


居間の状況が気になって、最初の5分くらいはなかなか集中できなかったが、10分もすると頭の中は呼び出される前の状態に戻っていた。


途中、邪魔が入ったけど、思っていたよりは捗ったかな。


2時間後。勉強を終えた功は、問題集と文具を片付けて床に入った。


話を聞く前に逃げちゃったからわからないけど、お父さんにしては珍しい大チョンボだよな。


孝之は、質素倹約をモットーに裸一貫から今の工務店を立ち上げた。だからこそ、功には、孝之が人生の終盤でこのようなミスを犯したことが信じられなかった。


朝から最悪の雰囲気だな。


翌日。家の中は、昨夜に引き続いて、何とも言えない重苦しい空気に包まれていた。


「姉ちゃん。入るよ」


午前9時。孝之と幹子が外出したのを確認した功は、由紀子の部屋に行った。


部屋に入ると由紀子は、横になって漫画を読んでいた。


「あんた。1人で逃げないでよ。私、あんたのせいであれからしばらく人質扱いだったわよ」


由紀子は、功を見るなり読みかけの漫画を閉じて叱った。


「ごめん。でも、俺、受験勉強の途中だっからさ」


功は、伝家の宝刀『受験勉強』で由紀子からのさらなる追撃を防いだ。


「受験勉強じゃ仕方ないわね。まぁ。いいや。それで、用事はなに?」


「昨日のこと詳しく教えてよ」


「逃げた分際で、って言いたいところだけど、あんたの進学にも関わることだからね。教えるわ」


由紀子は、姿勢を正してからことの顛末を話し始めた。


孝之の営んでいた工務店の従業員の1人が、半年前から自身の借金返済のために孝之に内緒で会社のお金に手を付けていた。それに気が付いた経理担当の口を封じるため、その従業員はさらに会社のお金に手を付けた。


売り上げは変わらないはずなのに毎月の資金繰りが苦しくなっていることを疑問に思った孝之は、2人を呼んで顧問税理士と一緒に事情を聴いた。これ以上は逃げ切れないと悟った2人は、着服に至るまでの経緯を孝之と顧問税理士にあらいざらいぶちまけた。


「要するに、お父さんは裏切られたってことよ。それも、よりによって立ち上げ当初から信頼していた仲間に。最悪でしょ?」


この一件は、経済的な面だけでなく心理的な面でも立花家に暗い影を落とした事件だった。唯一、救いがあるとすれば着服された額がそこまで多額ではなかったことくらいだ。


さて、一丁やりますか。


例の事件以降、功は、情勢が不安定な家よりも学校の図書室や近所の図書館で勉強することが多くなった。受験を控えていることもあり、図書室や図書館では友達同士で勉強している人が多かったが、元々、人と群れるのが苦手な性分だった功は、専ら1人で勉強していた。


「隣、空いているみたいだけどいいかな?」


図書館に通うようになって半月ほど経ったある日の土曜日の午後。


問題集を解いていると、横から聞き覚えないのない男の声がした。


誰だろう?


功は、それとなく声のした方に顔を向けた。


あっ。


そこにいたのは学年トップの荻原一郎だった。その名前は知っていても、今日まで荻原とは一ミリも面識がなかった功は、その声掛けにどう反応していいかわからなかった。


「返事がないみたいだけど、他に空いている席もないから勝手に座るよ」


萩原は、椅子に座り背負っていたリュックを机の上に置いた。


学年トップの人ってどんな感じで勉強するのかな?


勉強中、功は隣の席にいる萩原の様子が気になって仕方なかった。


「あー。疲れた。ちょっと、休憩」


冗談だろ?座ってから、まだ、30分も経っていないぞ。


五十嵐は、ゆっくり伸びをしながら席を離れた。それから、5分ほど休憩したあと席に戻り、また、30分ほど勉強したら5分だけ休憩。


萩原は、ひたすらこのパターンを繰り返していた。


いくら何でも落ち着きがなさすぎるだろ。


学年のトップは、勉強が終わるまで机にかじりつく人種だと思い込んでいた功には、萩原の行動がまったく理解できなかった。


「あの。ちょっと、訊いてもいいかな?」


何度目かの休憩から戻った萩原に功は、思い切って声を掛けた。というよりは、掛けずにはいられなかった。


「いいけど。なるべく、手短に頼むよ」


お互い、今日の今日まで一面識もない間柄なので、無視されても全然おかしくないところだが、萩原は、嫌な顔を見せることなく功からの質問を受け付けた。


「そのやり方でよくトップにいられるね」


変わった勉強方法だね。それで、あんなに点数を取れるって凄いね。よかったら、俺にもそのやり方とかコツを教えてくれないかな?


本当はこんな具合に訊きたかったが、緊張で頭が真っ白になっていた功は、核心部分を知りたいという思いだけが先走った結果、気が付くと、失礼この上ない物言いに

なっていた。


やっちまった……。


ところが、萩原の懐はこっちが思っていた以上に深かった。


「本当に手短だね。というか、君。なかなか面白い人だね」


功の失言に対して萩原は、笑いながら返した。


そのあとで「他の人はどうかわからないけど、俺の場合、この勉強方法が合っていたっていうだけの話だよ」と教えてくれた。


「あのぉ。もう1つ、もう1つだけ教えてくれないかな?」


初対面で厚かましいのは重々承知の上だったが、この機会を逃すと後悔すると思った功は、なりふり構わず訊いた。


「いいよ」


「俺、数学が苦手で困っているんだよ。どうすれば、君のように点数を取れるようになるのかな?」


「そうだね。数学は、積み重ねの教科だからね。もし、本気で成績を伸ばしたいなら小学校時代の教科書に戻って勉強した方がいいよ。多少時間は掛かるけど、今のうちなら工夫次第で受験にも間に合うよ。実際、俺がそうだったからね」


へぇ。この人にもそんな時代があったんだ。


その後も萩原とはちょくちょく図書館で顔を合わせていたが、萩原と同じクラスの武内から萩原が、将来、医者を目指していると聞いていたので、勉強の邪魔をしてはいけないと思いこちらから話しかけることは極力控えるようにしていた。


舐めていたけど、意外に難しいな。でも、これで、躓きの原因がわかったぞ。


萩原からのアドバイスを素直に取り入れた功は、受験勉強と並行して小学生時代の算数を丁寧に学び直した。その結果、数学への苦手意識は日を追うごとに少なくなり、翌年の春にはどうにか第1希望の高校に合格した。


因みに、武内の情報によると萩原は、国立大学付属高校にぶっちぎりの成績で合格したらしい。


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