第21話 度胸より愛嬌
あっ。また、おむつがズレてやがる……。
自己紹介の際、経験があると言っていただけあって、今井は仕事覚えもスピードも新人にしては早い方だったが、如何せん丁寧さには欠けていた。
本来ならそこの部分を改善すべく口酸っぱく指導するのが教育係を任された自分の使命だとは思うが、あの愛嬌満点の顔を前にすると、注意どころか「次からはもう少し丁寧にやろうね」とつい甘やかしてしまう。
指導力不足は俺のせいだけど、そこは今後の慣れとあの愛嬌でどうにか補えるだろう。
1週間の教育期間を終えた今井は、今日から通常のシフトに入ることになった。
「お疲れ様です。立花さん。怠け者の職員ってどこの施設にもいるんですね。おかげで、僕、クタクタのガタガタですよ」
その日の夕方。更衣室でユニフォームから私服に着替えていると横で先に着替えていた今井が話しかけてきた。
うわぁ。こいつ、笑いながら怒っている。昔の竹中直人そっくりじゃねぇかよ。
この日、今井と組んだ相方は『双葉』で1番フットワーク、いや、尻が重いと言われていたお局様だった。
じつは功も新人の頃、このお局様と何度か組んで仕事をしたことがあった。そのお局様は、冗談抜きで下半身に巨大な岩盤がくっついているのかと思うほど腰の重い人で動きがあるのはトイレに行く時と食事時間だけ。
唯一、救いがあるとすれば業務中、ひたすらパソコン(といっても、ネットサーフィンもやっとのレベル)で時間を潰しているから注意も命令もしないところだ。
早い話が、完全放置主義者なのだ。幸か不幸か。そのおかげで、1日でも早く仕事を覚えないといけないという気持ちになれた。
「あっ。そうだ。僕、前から立花さん質問したいことがあったんですけど、訊いてもいいですか?」
お互いの着替えが終わったところで今井が唐突に切り出した。
「質問って何?」
別に今井のことは嫌いでも警戒していたわけでもないが、下手に話が長引いて帰るのが遅くなるのが嫌だったので、自然と口調もぶっきらぼうになっていた。
「立花さんのお兄さんってひょっとして、川崎スターズの立花新平投手ですか?」
「よく知っているね。そうだよ。誰かに訊いたの?」
功が驚くのも無理はなかった。新平は、入団会見こそ話題になったが、ドラフトは下位指名、入団時の年齢も26歳とプロ野球選手にしてはかなり遅く注目されるような選手ではなかったからだ。
それとは別に、日々、過酷な生存競争が繰り返されるプロの世界では大学や社会人から即戦力と期待されて入団した場合、怪我や病気はもちろん、新平のように下位指名(4位)で入団した選手は、ルーキーイヤーからそれなりの結果を残さないと早々に自由契約(一般社会でいうところの解雇)の候補に挙げられる。
そんな厳しい状況の中、新平はルーキーイヤーの夏前くらいから与えられた数少ないチャンスをモノにして中継ぎ・抑えとフル稼働してシーズンを終えた。この実績が認められ2年目は開幕から中継ぎに抑えにとフル稼働した。チーム事情から3年目以降は、抑えに定着した。
今季は30試合も投げていないのか。兄ちゃんも化け物だけど、それ以上の化け物があの世界にはうじゃうじゃいるんだな。
寄る年波には勝てず。スタミナ(連投)には絶対の自信を持っていた新平も30を超えた頃から体力の衰えを隠せなくなっていた。それでも、たゆまぬ努力と工夫でまず
まずの結果を出していた。
打線が弱くタイトル争いとは無縁だったが、それでも一定の成績を残し続けたことで年俸は微増ながらもルーキーイヤーから毎年のようにアップしていた。
ところが、6年目のシーズンを迎えた矢先に事態は一変した。
春先から違和感を覚えていた肘がついに悲鳴を上げたのだ。検査の結果、医者から「右肘の内側側副靭帯損傷」と診断された。救いは、損傷の程度が軽度だったことくらいだ。
温存療法でも最低1シーズンは棒に振る。下手したらそれ以上、場合によってはそのまま引退という可能性もなくはない。
年末に行われた契約更改の日。引退覚悟で臨んだ首脳陣との話し合いは、悩んでいたことが馬鹿らしく思えるほどあっさり終了した。
<「球団としては1年も無駄飯を喰わせるわけにはいかないけど、君は、入団からこれまで愛想よくサクサク判子を押したからしっかり直してから帰ってきてください」だってさ。世の中にはゴネ得っていう言葉があるけど、ありゃ、俺みたいなもんがやるもんじゃねぇな。あー。悩んで損したぜ。アハハハ>
約1年ぶりに登板したその日の夜。電話の向こうで新平は笑いながら言っていた。
復帰したのはいいが、それでも加齢からくる体力の衰えは顕著だった。その証拠に8年目のシーズン以降は1軍と2軍を行き来することが多くなっていた。
この時、マスコミや解説者は、新平のことを『過去の選手』みたいに言っていたが、功にはこの男がこのままで終わるわけがないという根拠のない予感があった。
「はい。これ。うちの兄ちゃんからのプレゼント。その日、俺は、仕事で行けないけどそっちは休みでしょ?」
「えっ。これってバックネット裏の席じゃないですか?マジですか?」
翌々日のお昼休み。一昨日、新平の大ファンだという今井の熱量にほだされた功は、帰宅後、来週の今井のシフトを確認したあとで新平に手配してもらったチケットを今井に渡した。
「その日。登板機会があるといいね」
「僕の予想ですけど、もし、登板の機会があれば大記録が出ると思いますよ」
大記録って何だ?
功は、しばし考え込んだが答えは見つからなかった。
「教えてよ。チケットプレゼントしただろ?」
「そうですね。ヒントは相手の抑えですね」
「抑えか。なるほど……ってそんなんでわかるわけねぇだろ?チケット返せ。この野郎」
功がチケットを取ろうと今井の右手を掴みかけた時だった。
「おい。さっきからうるさいよ。仕事中は黙って働け」
いつからそこに居たのか。功と今井は、ブランド物のスーツに身を包んだ玉木に鬼の形相で一喝された。
こいつ。前から傲慢だったけど、国会議員になってさらに傲慢になりやがったな。
以前まで都議会議員と『双葉』のサービス提供責任の2足の草鞋を履いていた玉木は、数年前に行われた国政選挙に出馬した。政変の節目という運も味方してその選挙で無所属の新人ながら国会議員に初当選した。
国会議員としての活動に専念するため、高校時代の後輩で1番かわいがってた中川を自分の後釜に据えたのだ。
相手の抑え……あー。さっぱりわからん。
シフトのすれ違いで結局、答え合わせが出来ないままその日はやって来た。
この様子だと、そろそろ、登板するかもな。
同点で迎えた9回の表。予想通り、テレビ画面にはリリーフカーに乗っている新平の姿が映っていた。
前年。新オーナーの決断で大型補強に舵を切っていた川崎スターズは、開幕から不調の波が少なく、この試合に勝てばマジックが点灯することになっていた。
「ピッチャー。大倉に代わりまして、立花」
兄ちゃん。しっかり、抑えて。
功は、祈るような気持ちで画面を見つめていた。
新平は、最初の打者をファーストゴロに打ち取った。これで、気が緩んだのか。次の打者にはあっさりセンター前に運ばれた。
よし。今のは絶対アウトだ。
ルーキーイヤーより牽制球の上手さには定評のあった新平は、絶妙なタイミングで安易に許したランナーを仕留めた。
ストライク。バッターアウト。
どのタイミングで花束が出るんだ?
今井の言葉が頭に残っていた功は、記録の誕生を今か今かと待っていたが、画面の向こう側の新平は、静かにマウンドを降りただけだった。
あいつ、何が大記録だ。嘘つきやがって。出てこい。どこに座っていても見付けてやるぞ。
画面がバックネット裏に切り替わると急いで今井の姿を探したが、見付けられないまま川崎スターズの攻撃が始まった。
川崎スターズの攻撃は7番からだった。相手の外国人ピッチャーは、メジャー経験者でお前等なんぞ問題じゃねぇと言わんばかりのパワーピッチングでスターズの7、8番を連続三振で片付けた。
次は兄ちゃんだけど、ここは代打の佐川だろう。と思った次の瞬間。
バッターボックスに見慣れた顔が入って来た。そこに立っていたのは、新平だった。
何かある。何かが起こる。
2球連続でファールが続いた直後の3球目だった。
えっ……。
外国人ピッチャーが投げた外角低めの速球を芸術的なスイングで救いあげた新平の打球は大きな放物線を描いてバックスクリーンの右側に飛び込んだ。
あれ、ひょっとして、今井か?
ホームに待ち構えていたチームメートに手荒い祝福を受けている新平のうしろに横長の大きなボードを持っている愛嬌たっぷりの男の姿が目に入った。
そこには黒のマジックで『投手サヨナラ本塁打新記録達成おめでとう』と書かれていた。
このことだったのか。
今井は、ピッチャーとしてはもちろん、打者としても生粋の新平ファンだったのだ。
劇的な幕切れから1ヶ月後。川崎スターズは20年ぶりのリーグ優勝を決めた。惜しくも日本一には届かなかったが、あの新記録(珍記録?快記録?)を置き土産に新平は12年の現役生活に別れを告げた。




