第20話 残留
「ねぇ。立花さん。後藤さんの姿が見えないけど、ひょっとして遅刻かしら」
「今朝、具合が悪いから休むって事務所に電話があったみたいですよ」
「嘘でしょ?これで、4日連続よ。簡単にクビを切られないからって調子に乗っているのかしら」
いくらなんでもそれは言い過ぎだろ……。
ここ数年、極度の人手不足に悩まされ続けていた『双葉』は、年の頭に2つの思い切った方針を打ち出した。
一つ目は、今年、入社した者は、全員正規職員で採用。二つ目は、希望すれば退職金共済への加入も出来るようになった。但し、これにはフルタイムで働ける者だけという条件が付いていた。
身分安定。わずかだが、退職金もある。俺に出来ることは泉と里佳子のためにせっせと給料を運ぶことだけだ。
それまでゼロ行進中だった勤労意欲は、1月1日を境に数ランクアップした。
「……それでさぁ、元カレが寄り戻そうって泣きついてきたのよ」
「うん。それで、どうなったの?」
「そんな気はないってはっきり言ってやったわよ。そしたら、また、泣いてさ」
「自分の浮気が原因なのによく2回も泣けるね」
「やっぱり、そう、思うよね?」
「うん。思う。思う」
……ったく、こいつら、さっきから喋ってばかりで全然働かないな。かといって、注意しても逆恨みされるのがオチだもんな。
アルバイトからスタートして6年以上かかってようやく正規職員という身分を手に入れた功と違って、いきなり正規職員扱いで働き始めた職員達は、簡単にクビ切りされないのをいいことに怠けたい放題だった。
あーもう。やってらんねぇ。これ以上、あいつらと一緒に働いていたらイライラばかりして仕事にならねぇ。介護福祉士の資格もあるし、来週から転職活動していいところが見付かったら速攻で辞めてやる。
夏の賞与(一般的に世間ではボーナスと呼ばれているが『双葉』では寸志として支給されるので金額は毎年、数千円から多くても1万円未満だ)が支給されたこの日の夕方、帰宅した功は、泉に自分の考えを打ち明けた。
「話はわかったわ。働いているのはあなただから私はあなたのやり方についていくだけよ。でも、もうしばらく働いてから行動しても遅くはないと思うわよ」
「どういうこと?」
「介護職って資格があればいつでも好きなタイミングで同業他社に転職出来るんでしょ?」
「そうだね。この業界は常に人手不足だし、どこの施設や事業者も経験と資格があれば多少、履歴書がごちゃごちゃしていても問題なく雇うだろうね」
「だったら、なおさら、今の職場で働きなさいよ」
「話が見えないな」
「怒らないで聞いてくれる?」
「うん」
「私、あなたが話す職場の人達の話、凄く楽しいのよ。だって、毎日のようにありえないことばかり起きているじゃない。この間の話もそうだっけど、あれってもう立派なコントじゃん」
そこまで言って泉は、思い切り吹き出した。
介護とお笑いライブを一緒にするな……でも、言われてみれば確かにそうかも知れないな。世界中どこ探してもあそこほどネタの宝庫はないよな。
今日も笑えるネタが拾えるといいな。
転職活動から一転、セルフ残留を決めた功は、これまで額面通りに受け取っていた言動をなるべく面白おかしく受け止めるようにした。
この効果は絶大で、ちょっとやそっとのことでは腹が立たなくなった。
「今日からこちらにお世話になることになりました今井悟志です。他所での経験はありますが、こちらでは1年生なので、遠慮なくビシビシしごいてください」
残留決定から1週間後。『双葉』に2人の男がやって来た。




