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永田町へ行ってきます ~いろいろありまして、次の職場は国会議事堂に決まりました~  作者: のらりくらり


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12/22

第12話 怖い女

何かの手違いで1000万くらい振り込まれてくれないかな……ってうちの経理がそんなミスするわけないわな。


待ちに待ったボーナス支給日の朝。仕事の支度を終えた功は、前日に作り置きしていたポテトサラダを食べながら社会人なら誰もが1度はするであろう馬鹿な空想を楽しんでいた。


「たくさんあるといいですね」


「間違えて1000万くらい振り込まれてくれないかな。そしたら、すぐに家のローン返済に回すけどな」


「アハハ。そんなことあるわけないじゃないですか」


「だよね」


みんな、考えることは同じなんだな。でも、残念ながらうちの経理に限ってそんなミスはしないんだよな。


経理部へ向かう途中。背後から聞こえてきた他部署の社員の会話に心の中で突っ込みをいれた。


疲れたぁー。


午前10時過ぎ。入力操作を終えた功が、右手で両眼の疲れをほぐしていると背後からポン、ポンと肩を叩かれたので慌てて振り返った。


「立花さん。これ、賞与明細です」


そこに立っていたのは、一つ年下で後輩の北川泉だった。


「ありがとう」


功は、受け取った明細書を引き出しの中に入れるとトイレへ立った。


思っていたよりちょっとだけ多かったな。手数料も馬鹿にならないし、今のうちに引き出しておくか。


昼休み。大急ぎで昼飯を詰め込んだ功は、会社近くのATMに行って3万円だけ下ろした。


すき焼き、焼肉、ステーキ、しゃぶしゃぶ、どれもいいけど、栄養面を考えるとちゃんこ鍋もありなんだよな……。


仕事終わり。社宅近くのスーパーに入った功は、精肉コーナーの前で今晩のメニューについて悩んでいた。


いや、こういう時こそいつも通りの質素な食事にしよう。


熟考の末。精肉コーナーに別れを告げた功は、もやし、キャベツ、豆腐、そして、この日の特売品だった鮭の切り身を買ってスーパーを出た。


ご飯。もやしとキャベツの野菜炒め。豆腐の味噌汁。焼き鮭。


ボーナス日にしては酷く質素なメニューで腹は膨れなかったが、食後に確認した財布の中身と預金通帳の残高で心だけは満たされていた。


翌日。昼休みから戻った功が席に着くと、左隣の席に座っている経理部の古株で裏ボス的存在の三島米子からちょんちょんと右肩を触られた。


「なんですか?」


「ねぇ。功ちゃん。あの2人、どう思う?」


三島は、右手に持っていたボールペンの先を廊下に向けた。


ペン先に顔を向けると、泉と営業部の原田達也が仲良さそうに立ち話をしていた。


「あいつ、若くてイケメンで高身長で高学歴。おまけに営業部の次期エースだってさ。でも、私、あの手のタイプ、どうにもいけ好かないのよねぇ」


理由はよくわからないが、三島は、以前から原田のことを『あいつ』呼ばわりしていた。


「あのさぁ。功ちゃん。今、お付き合いしている人がいないなら、泉ちゃんと付き合いなさいよ。彼女、美人だし、スタイルもいいし、それに頭も良くて働き者よ。ぼやぼやしていたらあいつに取られるわよ」


「取られるもなにも、俺と彼女では釣り合いが取れませんよ」


「そんなことないわよ。私の勘だけど、あの子、案外、功ちゃんみたいなタイプ好きだと思うけどな」


「もう。からかわないでくださいよ」


口ではそう言ったが、内心はまんざらでもなかった。


年内最後の大行事か。早く終わって帰りたい。


ボーナス支給日から2週間が過ぎた。この日は、各部署総出で大掃除をすることになっていた。


一昨年は、中途半端な時期に異動した関係で直前まで働いていた厨房の大掃除に回された。昨年は、本社内にある全てのエアコンを掃除した。どちらも室内での作業だったので寒さの心配はなかったが、終わる頃には全身油まみれか埃まみれになっていた。


どうか。今年こそは楽な場所に割り当てられますように。


功は、祈るような気持ちで割り当ての発表を待っていた。


「それじゃ、立花さんと北川さんと三島さんは、屋外の清掃です。営繕部の皆さんと一緒に行動してください」


最悪じゃねぇか。


昨日までの陽気が嘘のようにこの日は、朝から冷え込みがきつかった。寒さに弱い功には、組織ぐるみの合法的ないじめにしか思えない指示だった。


さっさとやって、とっとと帰ろう。


屋外での掃除は、寒さと慣れない作業で最初こそきつかったが、30分もすると体も温まりある程度テキパキ動けるようになっていた。


「皆さん。ここらで、昼飯にしましょう」


ふぅ。もう、そんな時間か。


正午の少し前。営繕部の人の合図で3人はお昼休憩に入った。寒さと疲労のため、休憩中は3人とも無口だった。


「それじゃ、キリが良いので、ここで終わります。皆さん、よいお年をお迎えください。ご協力どうもありがとうございました」


「お疲れ様です」


年内最後の大行事は、予想していたよりも早く終わった。


久しぶりに体動かしたから疲れちゃったな。帰ったら、風呂に入ってから熱燗で一杯やろうかな。


帰り支度を始めていた時だった。思いがけない人物から声を掛けられた。


「立花さん。このあと、予定ありますか?」


声の主は泉だった。


「特にはないけど」


「夕方、私の家で飲み会をやるんですけど、参加しませんか?」


「……はい。参加します」


まさかの誘いに自分でも自覚できるほど返事が遅れていた。


「それじゃ、住所と時間は、あとでメールで送ります。お酒もおつまみもこっちで用意するから、くれぐれもドタキャンだけしないでくださいね」


「は、はい」


参加するって言っちゃったけど、他に誰が来るのかな?俺、結構、人見知り激しいから浮いちゃわないか心配だな。


泉からの連絡を待つ間、それだけが気がかりだった。


ここで間違いない。それにしても古いマンションだな。築何年だ?


夕方。メールで送られてきた住所があるマンションに到着すると、頭上から聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。


「おーい。立花さん。3階だよ。早く上がってきて」


頭を声の方に上げると、ベランダから泉が手を振っていた。


「はい。今、行きます」


3階でエレベーターを降りると、左手奥の部屋の玄関が開けっ放しになっているのが目に入った。


「立花です。お邪魔します」


玄関に入ると、冷蔵庫からビールを取り出そうとしていた男と目が合った。


「あっ。初めまして。経理部の立花功です」


「初めまして。営業部の榎本健太といいます。三島さんも来ていますよ」


「功ちゃん。こっち。こっちに座りなよ」


「はい」


いつから飲み始めているのかわからないが、榎本と三島の顔は、肉眼でもわかるほど赤みを帯びていた。


「ぶっちゃけ、あの人、生え抜きじゃないからするうちで出世するのは厳しいわけよ。だから、いつも眉間に皺寄せた仏頂面なんですよ」


「北川さん。知ってた?」


「全然。初耳よ。さすがは営業部のスパイ、じゃなくて、事情通」


「褒めてくれてありがとう」


酒がそうさせているのか。それとも2人のヨイショが上手いのか。


榎本は、2人からのリクエストに応え、知りうる限りの情報、とりわけ、会社内の人間関係について詳細に語ってくれた。


この人、お喋りだけど、よくよく聞いたら話し方も面白いし誠実そうな感じがしていいな。


人見知りが激しく社内の人間関係にも疎かった功は、スパイ、じゃなくて事情通の榎本と知り合えたことを密かに喜んでいた。


そんな楽しい宴に暗雲が立ち込め始めたのは、午後6時を少し回った頃だった。


「おい。榎本。お前の声、外に駄々漏れだ。夕食時のご近所に迷惑だぞ」


玄関先に現れたのは、原田だった。


「お邪魔しますよ」


原田は、玄関に入ると戸を閉めた。乱暴に取っ手を引っ張ったせいで、室内にはバタンという大きな音が響いた。と同時にそれまで和やかだった空気が一転して張り詰めた緊張感に変わった。


この人、シュッとしていると思っていたけど、案外、ごついな。


いつも遠目でしか見ていなかったので、わからなかったが、間近で見た原田は、意外にも筋肉質だった。


「榎本、ちょっと、詰めてくれ」


「はい」


原田は、榎本が寄ると泉の右隣に腰を下ろした。


「ビールがいい?それとも、熱燗にする?」


泉が訊いた。


「最初はビール。あっそうだ。榎本。お前、ウイスキー好きだったよな?1万円やるから、ちょっくら、そこのスーパーまで行ってウイスキーと氷と適当につまみを買ってきてくれないか?」


遅れて来たクセに感じ悪い人だな。


横を見るとそう思っていたのは、功だけではないことがすぐにわかった。


「わかりました」


万札を受け取った榎本は、さっきまでの酔いが嘘のようにフットワーク軽く外に出て行った。


こいつ、どうかしているぜ。


榎本が買い物に行っている間、原田は物凄い勢いで次々と500ミリの缶ビールを空にしていた。


「ただいま戻りました」


「遅かったな。すぐに飲みたいから準備してくれ」


どんだけストレスが溜まっているか知らんけど、こりゃ、典型的なアル中だな。


原田は、榎本が買い物から戻るや否やウイスキーの水割りを作るよう命令した。


「それでさぁ。相手の奴、俺のガタイにビビっていたみたいだから、こりゃ、いけるんじゃねぇって思って強気に出たのよ。そしたら、『ごめんなさい』って逃げやがってさ」


学生時代の武勇伝に始まり、学歴、営業部での実績等々。


原田の話は、正直、どれも不愉快で面白くなかった。


「あのさぁ。前から思っていたことがあるんだけどさ、いい機会だから言ってもいいかな?」


原田の独演会が一段落した時だった。それまで、ちびちび飲みながら黙って聞き役に徹していた泉が唐突に口を開いた。


「いいよ」


「あんたさぁ。いい歳してそんなしょうもない自慢話ばかりしてカッコ悪いと思わないの。そんなことだから、いつまで経っても人望がないのよ。ちょっとは榎本さんを見習って謙虚になれないの?」


「馬鹿野郎。コネで入社した榎本と実力で入社した俺を一緒にするんじゃねぇ」


「あんたって筋金入りの馬鹿ね。コネだろうと自力だろうと、会社なんてものは入ってしまえばそんなものはどっちでもいいのよ。現にあんたが見下している榎本さんはあんたより先に係長という役職に就いているじゃない。それが癪に障るなら、今から大手に転職するか、あんたがなりたかった公認会計士試験とやらを受けて合格してみなさいよ」


「なんだ、その口の利き方は?恋人だからっていい気になるな」


「恋人?あんたとは5回だけ一緒に食事して映画を観て楽しく、いや、楽しくもなかったけど、同じ時間を過ごした。ただ、それだけよ」


「えっ。俺達、恋人同士じゃなかったの?」


「じゃないわよ。ていうか、誰がそんなこと言っているの?」


「……気分が悪い。帰る」


泉の渾身の一撃に原田は、涙目で逃亡した。


「北川さん。いくらなんでも言い過ぎじゃないですか?」


「そうよ。泉ちゃん」


榎本と三島は、原田が開けっ放しにした玄関と泉の顔を交互に見ながら言った。


「知っている?あの人。3股掛けていたのよ。だから、あれくらい、いい薬です」


薬のCMか。


怒り心頭の泉を横目に功は、自らの突っ込みに酔っていた。


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