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第8賞 走ろうマーズ

長沼厩舎の皆の温もりに触れ、大井競馬場でのイダテンヤリオル(マーズ)のレース運びが少しずつだが変わってきていた。

北海道での人間から受けた恐怖のトラウマが徐々に無くなりつつあった。

レース上での逃げ馬のやり方は変わらないが、勢いをある程度セーブするようになり、成績も入着出来るようになっていった。

出走奨励金が貰える9着馬から6着馬へと着順が上がり、更に本賞金が貰える、着順が5着馬、4着馬と昇っていった。

そのうちに熱心な競馬ファンが応援するようになり、「ヤリー(オル)、頑張れぇー!」「ヤリー(オル)、応援してるぞ!」等の薄墨毛うすずみげの馬を追いかけるオッカケが出てきだした。

マーズ自体も、レースで着順が上がり厩務員の女扱いの師匠でもある吉村から褒められたり、馬主の長沼が感涙を流すところを見たり・・、何よりも長沼厩舎の社長兼務調教師でもある雪乃に頬ずりされるのが・・・たまらなく好きになっていった。これは恋かな?


今日も大井競馬場でレースが始まった。

スタートゲイトをくぐり、何時ものようにマーズの逃げ馬が始まり集団のちょっとだけトップ位置につけた。

観客からは、「マーズ、行けぇー!」と言う声援が聞こえてきた。

あと残り、200m、150mとゴールが近くなったが、徐々に順位が下がって行った。

1位が2位、3位、4位。

やはり4位止まりかと思った瞬間にマーズが必死に猛追しだした。

3位、2位・・1位が見えてきた。

ゴォォール!

鼻先の勝負となった、判定写真の結果は?

映像スクリーンに着番が出た。

「ヤリー(オル)、あっ、惜しかったなぁ。でも、よくやったぞー。」観客席から幾つもの温かい声と拍手が沸き起こった。

マーズは2着だったが、馬主席では、城と長沼が肩を組みながら嬉しさにオイオイ泣き始めた。

関係者控室では、雪乃と吉村が、「やったぁー。やった、やったぁ。」と言い踊り出した。

マーズはゴールを駆け抜けた後、コース上をゆったりとしたスピードで脚を進めたが、マーズがゴール前で猛追をしたがため、心臓は悲鳴をあげていた。

マーズは脚を止・め・た。

ゆっくりと後ろ脚と、前脚とを折り、目を閉じた。まるで眠っているかのように。

騎手の須田皆(源太)が事の重大さに気付き、下馬をして、馬体をそっと撫でたが反応は全く無かった。

もし、走ったままでマーズが倒れていたら、乗馬していた須田皆は大怪我をしていただろう。

JRA職員や獣医がマーズの方に急いで駆け付け、鼓動の確認をしたが既に心臓は止まっていた。

コース上のマーズのところへ雪乃と吉村が急いで駆けつけていた。

「い、いやぁー。」雪乃はレース場全体に響く大きな声で泣き叫んでいた。

「おい、舎弟マーズ、今度、隣の厩舎へナンパしに行くと約束したよなー。起きろー。お前がいなくちゃ・・。先生(獣医)、助けてくれよ。頼む、頼みます。」吉村は獣医の前で土下座し、顔を何度も何度も白砂に打ち付けた。吉村の顔の両方の目尻に細かい白砂が着き、打ち付けるほどに、固着した砂の塊が大きくなっていった。

その光景を見ながら城と長沼は、マーズの傍で呆然と立ち尽くしていた・・・。



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