第3賞 逃げ馬の運命は長沼と共にか?
長沼厩舎には、レースが終わり項垂れて帰ってきた、あの大敗をした逃げ馬がいた。
「マーズ、お疲れ様。」雪乃は、労わるようにマーズの身体にそっとブラシをかけていた。
その時である、さっきの馬主の席にいた男が、馬が嫌がりそうな香水を漂わせながら、こっちに近づいてきた。
雪乃は、室内に蔓延しそうな香水に気付き周りを見渡し、その仁を見つけた。
「あっ、吉良(往生)社長、お疲れ様です。」雪乃は、吉良へ深くお辞儀をした。
「雪乃ちゃんは、まだ、いたんだ。仕事ご苦労様。」吉良は雪乃と会えたのが嬉しそうだった。
「余り厩舎には、いらっしゃらない吉良社長が、何かあったのですか。」
「(ハヤブサ)イチバンに挨拶をしようと思ってな。」
「是非、撫でてやって下さい。マーズも次回は頑張ってくれると思います。」
「それより、雪乃ちゃん。一緒にフランスでも旅行へ行かない?二人っきりで・・。その作業服姿もぞくぞくするね。」雪乃の身体をなめまわすような目をして吉良は言った。
雪乃は、その目に耐えながら、「吉良社長の本社にはお綺麗な方が沢山いらっしゃると聞いています。私のような田舎者をお相手せずに。」と、頑なに嫌な意思を込めて言った。
「今日はイチバンの負けのお陰で胸くそ悪くなってしまった。お前が(身体で)償ってくれるか。俺のはクソウマ(イチバン)よりでかいぜ。」
吉良は、雪乃の身体に近づいて、舌でペロリペロリと雪乃の首のあたりを舐め回した。
「や、やめてください。社長、以前からそうでしたが、あなたを見てるだけで虫唾が走ります。」
「なっ、なにおう。」吉良は、右手で雪乃の左頬を思いっきりたたいた。
雪乃は、殴られた勢いでしゃがみ込み、唇からは血が流れてきた。
「たすけてぇ。誰かー。」
「ひひーん。」ドーン、ズドーン。ズドーン。厩舎内の柵がマーズの体当たりで揺れ動いた。マーズの体に真っ赤なみみずばれが何か所も出来てきた。ズドーン。ズドーン。それでもマーズは諦めずに柵を壊そうとした。
「うるさぁーい。外道め。外道が雪乃を助けるってか。ゆきのぅ。ドラマでは、ヒーローが現れ助けてくれるが、ここは、品川だよ、クルマの騒音でお前の叫ぶ声や外道がぶつかった音に誰も気が付いてくれないよ。」雪乃はいやいやをしたが、吉良が乗りかかり舌なめずりし雪乃へキスをしようとした。
その時である。
「ヒーロー、ヒーローになる時、あ~あ、それが今ぁ~♪」甲斐バンドのヒーローを歌う声が徐々に聞こえて来た。
「ななんだ。く、くっせぇな。香水かぁ?ギ、銀座のホステスでも迷い込んだのか?」
こっちに近づいて来るのは、調教師の長沼だった。
実は長沼は、吉良が厩舎に入るのを見てて、挨拶しようと後を追ったが、二人切りでの会話が聞こえた来たため帰ろうとしたところ、雪乃の泣き叫び声が聞こえたのだった。
長沼は直ぐに止めなければと思ったが、心の葛藤があった。
お前は馬主の吉良社長に盾突けるのか。一瞬の躊躇があったが、マーズのいななきが長沼の心を決めさせた。咄嗟に昭和時代の歌を歌いながら二人の前に出て来たのだった。
雪乃には、長沼の周りには窓から煌々と明かりがさし、まるで長沼の姿は後光がさしている仏陀のようにみえた。
吉良は立ち上がり、「なんだ長沼か。ここからサッサと出てけ。」と、右手でシッシッの合図をした。
「お、おや、吉良社長でっですか。うちの社員が何かしましたか?でなければ連れて帰りますので。さぁ、雪乃さん。」
長沼は、吉良の目を見れず顔がこわばっていた。
「貴様ぁ、何様のつもりだ。俺に向って指図するとは。そうか。丁度いいや。イチバンは、今後は調教しなくていい。馬肉にするから、そのつもりでいてくれ。お前が俺の心に火をつけたのだから(最初から決めていたのに悪い奴)。」
「えっ。吉良社長、待って下さい。マーズを助けて下さい。」雪乃は涙を浮かべ、吉良にすがった。
「そうだな、マーズに支払った落札価格は2800万。それと、これまでのお宅(長沼厩舎)の高い維持費等が嵩み約2600万。耳をそろえて5400万を1週間以内で払ってくれたら考えるが、どうだ?」
「・・。貯金が400万ほどあります。後の残りは・・。」雪乃は窮してしまった。
「き、汚すぎる。馬1頭の馬肉専門店への売値は精々50万位でしょう。」
「うるさい。長沼。お前が払うのか。」
長沼は、人生初めて人に怒り頭の中は切れていた。
「うぅうっ。払ってやるよ。先代(吉良の父)からはよくしてもらい、あんた(吉良往生)の性根の悪さに付き合ってきたが、今回のことで清々した。あんた、さっき自慢げに俺のはマーズよりでかいぜ。と、言ってたが、度量も小さい人ほど大きく見せたがる。どうせ、お前のはちっちゃいんだろ。最後に忠告としてだが、あんたの名前はおうきと読むらしいが、名前の通り早く往生してほしい人が周りには沢山いることを肝に銘じるんだな。」
「うるさい。うるさぁい。お前うるさいんだー。いいかぁー。5400万を1週間以内だぞー。わかったか。」
それを言い、厩舎にあったバケツを蹴りつけ、吉良は怒りながら帰って行った。
お酒を飲んだ時以外は、しゃべることが苦手な長沼が、勇ましく啖呵を切ったその姿に雪乃は好意以上のものを持ったかも知れないも?これから進展はあるのかな?
そのヒーロー長沼は、資金の工面をどうしようか、今になって後悔しきりであった。
2000万に負けてくれないかなぁ。
長沼の苦難が続くのか?




