第11賞 見事に昇格へ
大井競馬場で調教されながらに、馬のペルドが感じたことは、この馬(マーズ=ペルド)は、現、中央競馬会きっての名馬、いや、1954年設立以来の最高の名馬とも云われるハヤブサイチバンに勝てるかも知れないと。
ハヤブサイチバンに一番騎乗していたペルドだからこそ、体感からそう言えた。
なんて速さなんだ。疾風そのものだ。何故、地方競馬場でくすぶっているのか。今まで騎乗した騎手の腕の問題で勝てなかったのか。
俺が騎手ならば、中央競馬のレースで、全勝できるが。
ようし、俺がこの馬(マーズ=ペルド)のポテンシャルを引き出し、世間をあっと言わせてあげようか。
ペルドは馬になり自暴自棄の中、馬の生きがいを何とか見つけたようだった。
翌日のレースで、真価が直ぐに出てきた。
マーズは今迄の逃げ馬戦法が、影を潜め、競走馬の技法を極めた走りをしたのだった。
スタートしてから中団の後方寄りに陣取をし騎手同士の駆け引きが始まった。ゴールまでの馬体力を温存しつつ、前方を窺がいながら走り、追い抜くルートを決めたら、ゴールの200m手前より疾風で駆け抜け、あっという間に10騎を抜き去り、楽々勝利となった。イダテンヤリオルにとって地方競馬レースでの初めての一着だった。
レース後、ベテラン騎手の須田皆源太へ長沼が祝福の声をかけた。
「源さん、ナイス手綱さばきでした!」
「文ちゃん、ワシは何もしてないよ。ただ騎乗していただけ。ヤリー(イダテンヤリオル=幼名マーズ)が勝手にシンドバッドだったのさ。老齢のワシは馬から落ちないように、只しがみ付いていただけ・・だよ。」源太は苦笑いを浮かべて言った。
長沼は、源太の社交辞令の言葉と思い込んでいたが、その次のレースも、そのまた次のレースもマーズは優勝した。
その時々、レースの源太の手綱さばきを長沼は見ていたが、一切手綱をしめたり、脚の操作もしていなかった。只々、源太が言っていた通り、ゴールが近くなった時、疾風となったマーズにしがみついていた。
その後も、連勝を続けマーズは一躍有名馬となって行った。
競馬ファンからは大井競馬場でヤリー(イダテンヤリオル)に勝てる馬はいないと云われた。
それから地方競馬から日本最高峰の中央競馬へと走る舞台が移ったが、そこでも破竹の連勝が続いた。
おそらく、日本中を探しても対抗できるのは如雲ペルドが騎乗したハヤブサイチバンだけだと、競馬評論家達が言っていた。
悲しいのはハヤブサイチバンは、中夏権民協調国との友好競馬会でのレースで、深手を負い(重傷)今もリハビリ中だし、騎手のペルドはそのレースで頭部を殴打し、今でも意識がなく、大学病院で昏睡状態にいた。
競馬ファンは、世紀のレースを期待して・・。
ハヤブサ(イチバン)や、じょうーん(如雲)カァムバァック~してぇ。
と言っているが、ヤリーはペルド(如雲)が憑依している馬だし。笑えること・・かな?




