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食べる  作者: 妃水
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第四話 監禁


「……う……うう?」


 全身を駆け抜ける痛みで、椎菜リオンは目を覚ました。


 身体の節々が痛い。


 身じろぎしようとして、リオンは身体が動かないことに気づいた。


 両手を後ろ手に拘束されている。


 不自然な姿勢のまま床に転がされていたせいで、身体が軋み痛みを感じているらしい。


──どうしてこんなことに?

 

 予想外の出来事に、リオンは自分になにが起きているかわからず、きょろきょろと周囲を見回した。


 そこは、漆黒のグランドピアノが鎮座する、ひんやりとした広い空間だった。


 フローリングの床と、明るい照明、分厚い壁が見える。


 どこかダンスレッスンのスタジオを思い起こさせる。


 おそらく、防音がされている空間なのだろうと判断した。


 どうして自分はこんな場所にいるのか。


 そもそもここはどこなのか。 


「だ、れ、か……」


 声を上げようとしたが、掠れた呟きしか零れなかった。


 拘束から逃れようともがくが、手錠が手首に食い込むだけだった。


「だれか……いないのか……」


 すると、リオンの呟きに反応したように、部屋のドアが開いた音がして、たんたんたん、と軽い調子で階段を降りてくる足音が響いた。


 リオンは身構える。


 現れた人物を見て、リオンは目を見開いた。


「……滝沢、さん……」


 そこにいたのは滝沢カンナだった。


「……どうして、きみが?」


 滝沢は、最後に見たのと同じ私服姿だった。


 まだ気を失ってそう時間は経っているわけではなさそうだ。


 リオンは自分になにが起きたのか思い出そうと脳をフル回転させようとするが、頭がずきずきと痛んで集中力が保たない。


「どうしてって、ここが私の家だからに決まっているじゃない」


「滝沢さんの、家……?」


 滝沢の声は氷のように冷たかった。


 滝沢の家には何度かきたことがあるが、家にはいつも誰もおらず、通されるのもリビングだけだったので、こんな部屋があることは当然知らなかった。


 少しずつ頭の中がクリアになっていくと、気を失う前の記憶が徐々に呼び覚まされていく。


 嘘をついていた滝沢を責め、別れて帰ろうとした自分を、滝沢が引き止めた。


 謝りたい、というので、促されるままに、目立たない近くの路地にふたりで入った直後、後頭部を強かに殴られた。


 激痛に呻く暇もなく、リオンは気を失った。


 そしてそのまま滝沢の家に連れ帰られたのだろう。


 滝沢がどうやって自分をここまで運んだのか、そんな疑問はもうどうでもよかった。


 とにかく、自分は滝沢に監禁されたのだ。


「手錠、外してくれないか。

 身体が痛くて堪らない」


「外したら逃げるでしょ」


「当たり前だろ、こんなことして、犯罪だぞ、わかってるのか?」


 滝沢の態度に、リオンは溜まりに溜まった不満も手伝って激昂した。


「そんな叫んでも、誰もこないよ。

 ここ、うちの地下だから」


 滝沢はリオンの怒りになど気づいてもいない様子で、淡々とそう言う。


 ちぐはぐな受け答えにリオンの怒りはさらに刺激された。


「手錠を外せ!

 すぐに警察へ通報するからな!」


「だから、大声出したって、誰もこないよ。

 うちの両親、家に帰ってこないから。

 ひどいよねえ、高校生の娘を置いて家を出て行くなんてさ。

 どっちにも愛人だか浮気相手だかがいるみたいで……」


「そんなことは聞いていない!

 手錠を外せと言ってるんだ!」


──駄目だ、こいつとは話が通じない。


 滝沢の目はリオンを捉えているようで、全く焦点が合っていない。


「ねえ、夢原柚希を殺したの、私なんだよ」


 すると突然、どこか誇らしげに滝沢が言った。


「……は?」


 滝沢はスカートのポケットからスマホを取り出すと、床にあぐらをかいた姿勢のリオンの眼前に画面を突きつけた。


 動画が再生される。


 薄暗いビルの屋上。


 スマホの画面は不安定に揺れている。


「や、やめて!

 こないで!」


 目を凝らすと、夢原柚希が怯えた様子でこちらに向けて手を突き出しながら後退している姿が映っていた。


 一瞬映った撮影者の手には刃物が握られている。


「助けて、誰か!」


 迫る刃物、逃げようと後ずさる夢原、やがて刃物が夢原に突き刺さる直前、逃げ場を失った夢原はビルの高層階から転落していった。


「くっ、あははは!」


 画面が夢原が落下した地面を映し、どさっと重いものが落ちる音と撮影者──滝沢の狂ったような笑い声が動画に収められていた。


 リオンは呆然とそれを眺める。


 夢原は滝沢に殺されていた。


 そして夢原を失った自分は後追い自殺をするまで追い詰められ、怪我を負い記憶喪失になった。


 すべては、滝沢カンナの狂気によって引き起こされた悲劇だった。


「ねえ、あなたが『Dreamer』にいない間、世間はどうだったと思う?

 あなたが自殺未遂をしたことは報じられたけど、そんなのすぐに忘れられた。

 『Dreamer』も、他のメンバーが穴を埋めて問題なく活動してる。

 学校でだって、あなたがいなくて困った人なんていない。

 つまり、なにが言いたいかわかる?」


「わかりたくもない、殺人鬼の言うことなんて」


 強がるように突っぱねるリオンに、ずいっと顔を寄せると滝沢は嘲笑して言った。


「あなたがいなくても世界は不足なく回るの、あなたの代わりはいくらでもいるのよ。  

 でも、あなたを永遠に愛することができるのは私だけ」 


「なんで夢原を殺した……。

 どうしてこんなことをする?

 なにが目的なんだ?」


「愛しているからよ、あなたを。

 私はずっとあなたのファンだった。

 あなたがデビューしてから、ずっと追いかけていたの。

 イベントにもライブにも全部通った。

 CDもBlu-rayも、すべて買った。

 Dreamerは、椎菜リオンは、私の生き甲斐だった。

 何度もリオンの歌声に励まされて、引きこもりになってからも、リオンの歌を聴くことで生きようって思えた。

 私は、この世の誰よりもあなたを愛している自信がある。

 偶然同じ高校にあなたが入学したと知ったときには、奇跡だと思った。

 でも、私は学校に行く勇気がなくて……。

 今では、本当に勿体ないことをしたと後悔している。

 だから、私のすべてをあげる。

 あなたのすべては私のもの。

 私だけのもの」 


 すると、滝沢はピアノの上に置いてあった刃物を手にした。


 そして躊躇うことなくリオンの腕を切りつけた。


「……いっ!」


 リオンが苦痛に呻く。


 薄手のニットは切り裂かれ、すぐに血が流れて生地に染み込む。


 するとそれを見た滝沢が、目を妖しく輝かせてリオンの血液を舐め取った。


 あまりに猟奇的な光景に、リオンは言葉を失った。


「……美味しい」


 満足そうに滝沢が独りごちる。


「リオンが好きなのは、この世界で私だけでいいの。

 他には誰も好きになっては駄目なの」


 流れ続ける血を舐めながら、滝沢は再びスマホを取り出し片手で操作してリオンの眼前に突きつけた。


 そこには、リオンの家族写真が表示されていた。


 リオンの背筋が凍りつく。


「ご家族のこと、好きだよね」


「……だったらなんだ」


「ちょっと明日、殺してくる」


「な、なに言ってる……。

 家族は関係ないだろ、手を出すな!」


 錯乱状態に陥りかけている自分をなんとか制御して、リオンは踏み止まろうとする。


「駄目。

 リオンが好きなのは世界で私ただひとりでいいんだよ。

 他の人は、みんな殺す」


 流血が止まると、滝沢が立ち上がる。


「ちょっと、待て、これを外せ!」


 暴れるリオンを見下ろしながら、恍惚と滝沢は嗤った。


 次に滝沢は屈み込むと、リオンの背後に回って手錠を外した。


 助かった、とリオンは自由になった身体を伸ばしたが、じゃらりと不吉な音が耳に届き動きを止める。


 滝沢が鎖を引きずりながらリオンのほうへやってきて、逃げる間も与えず足枷をリオンの足首に装着すると、グランドピアノの脚柱に鎖を巻き付け固定した。


「2日は帰らないから。

 食料と水は部屋の端にある。

 携帯トイレもあるから、大人しくしてて」


 かろうじて手が届く先に、段ボールが山積みになっている。


 ペットボトルの水と、災害時の非常食が入っているようだ。


 滝沢はリオンの制止も聞かず、部屋を出て行ってしまった。


 鎖をめちゃくちゃに引っ張ったりしてみたが、どっしりと鎮座したピアノはびくともせず、リオンは抵抗するのを諦めた。


 やがて疲労から眠気がやってきて、リオンは冷たい床の上に横になり、いつしか眠っていた。

 

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