3. 懺悔する者
「……ああっ……、魔導士殿っ……、英雄イムル殿! 一体何故このような事にっ! ……私はっ……、一体どうすれば……!」
後悔に打ちひしがれるこの男こそ、クレアの元婚約者のアルフレッドだ。イムルはそんな彼に若干冷ややかな目線を向けながら、淡々と言葉を並べ立てる。
「魔王による反転の呪術がかけられていた。クレアに好意を持つ者、そして近しい者ほど脳が彼女を拒絶する。狡猾な魔王ゆえに巧妙に仕掛けられた罠だ。まさかクレアも、魔王がゴーストとなり息を潜めていたとは思わなかっただろう」
「……そんなっ……! ……あ、ああっ、クレア! クレアに今すぐ弁明をっ……! これは違う! けして私の意思ではっ……」
「全ては呪術のせいであるから仕方ないと?」
「……そ、そうだ! 全て呪いのせいなのだ! だから私はっ……」
「呪術が作用している事ぐらい、早々にクレアは気付いていた。だからそれを解こうと必死に努力していたのではないか。だが、それを邪魔したのは誰なのか。クレアが最初に疑ったのはエミリアとかいう女だったが、二人を会わせないよう徹底的に遠ざけていたのは其方ではないのか? それがなければクレアは打開策に辿り着けたかもしれないというのに」
「……それは……」
「まあ、それを含めて巧妙に仕掛けられた罠だと私は言ったのだがな。利用されたな、其方も。奴は心の闇を簡単に見透かす。……其方、ひょっとして何かクレアに対してやましい事があったのではないか?」
するとアルフレッドは微かに肩を震わせた。その反応にイムルは「ハァ」とため息をつく。実はイムルは会話をしながら密かに魔術を使っていたのだ。彼の過去を探ってみると、二年前、クレアとイムルが魔王討伐のための遠征に出ていた時だろうか……、アルフレッドは一度だけエミリアと一夜の過ちを犯したようで、自責の念からか、その後エミリアには冷たく接し、クレアの前ではエミリアを悪く言うことで疑念を持たれないようにしていたようだ。そしてクレアも聖女である前に一人の女性だ。愛するが故に疑いたくない気持ちや無条件に信じる思いが働いたのだとしたら、違和感に気付けなかった事にも納得がいく。
イムルはだんだん感情を抑えるのが難しくなってきた。元々アルフレッドにあまり良い感情を持っていなかったが、この数ヶ月、クレアに対して行った非常な行為はとてもじゃないが許す事が出来ない。例え呪いにかかっていたという、やむを得ない事情があったとしても、イムルの心に渦巻く怒りは到底割り切れるものではなかったのだ。そんな状況の中、図星を突かれたアルフレッドは動揺し、懺悔の言葉を口にした。しかし同時に、あくまで責任を回避しようとする言動も含ませる。
「……ああ、私はなんという事をっ……! 実に愚かな事をした! 非を認め、クレアに詫びを……、……しかし、仕方なかったのだ、呪いがなければ私は……! ……とにかく、今すぐクレアに会わなければ! 会ってきちんと――」
「――クレアはもういない!」
耐えきれず、イムルは話を途中で遮った。もう隠そうともしない不快感と怒りを露わにしながら、アルフレッドに更に言葉を投げつける。
「クレアはもうとっくにこの国を去った! 一体どのような気持ちで出て行ったのか想像すら出来まい! ……彼女は呪いが人々の心と体を蝕んでいると知り胸を痛めた。自分がいては皆を苦しめ続ける、自分がいる限り誰も幸せにはなれない、そう悟ったからこそ国を去る決断をしたのだ」
「……そ、そんなっ、クレア……!」
「それと、其方は全てが呪いのせいで仕方がなかったと言うが、それに抗おうともしなかったのは何故なのか。あの状態でも考えれば何かおかしな点がある事には気付いたはずだ。それなのに、何故……」
「……抗う……? そんな事、出来るわけがない! 魔王の呪いなんてそう簡単には……」
「私も同じ呪術にかかっていたが? だが解いた! だから私はこの国を訪れたのだ!」
「……は? ……それは……」
「私が魔導士だからというのは関係ないぞ。……そうだな、効力はおそらく其方以上に強く働いたのではないか? なにせ私の初恋はクレアで、ずっと彼女一筋に想い続けてきたのだからな!」
そう、イムルはずっとクレアに特別な想いを抱いていた。
幼少の頃、神の神託によってイムルの運命は定められ、それはクレアも同様だった。規格外の魔力を持つイムルは、時にその力が暴走することもあったが、そのたびにクレアが駆けつけ救ってくれた。彼女のその微笑みと癒しの力に何度助けられたか分からない。イムルにとってクレアはまさに光そのものだったのだ。
アルフレッドは眉間に皺を寄せ、イムルが発した言葉に困惑した表情を浮かべている。イムルは尚も話を続けた。
「私もかなり苦しんだ。訳もわからず込み上げる怒りや不快感、それはクレアの絵姿や彼女から貰った守護石を目にしただけでも何倍にも増幅した。だが、私と其方の違いは何であったか分かるか? 私は何故自分が苦しむのか、その原因は何か、己ととことん向き合った! 其方のように苦しみから逃れるために女を抱き、気を紛らわせたりなどしない!」
「……うッ……」
「初めから不可解だったのだ。何故、顔も名前も知らぬ女性にこのような感情を抱くのかと……。そもそも誰かも分からない絵姿を自分が持っていること自体が不自然だ。そういう矛盾点や違和感を追求していく事で徐々に真実が見えはじめ、自ずと解呪が出来たのだ。これは魔術を使わなくとも、強い気持ちさえあれば其方であっても解けたはずだ」
「……そんな、……そんな……」
相当困難である事に違いないがなと、イムルは内心でそう付け足す。自分でさえ解呪にこれほどの時間を要したのだから、この男が簡単ではない事は想像がつく。それでも、「解けたはずだ」と言わずにはいられなかったのだ。
もうここにいる必要もないと思ったイムルはアルフレッドに背を向ける……。
「では私はこれで……、早くクレアを追わねばならない。きっと心細い思いをしているだろうからな」
そう言って歩き出したイムルだったが、すぐに進行は妨げられた。見れば、アルフレッドが必死な様子で足に縋りついている。
「……ま、待ってくれ! 私も一緒に連れて行ってくれ! やはり諦めきれないのだ! もう一度会って話がしたい! せめて謝罪をっ……!」
性懲りも無くそう口にする彼にイムルはほとほと呆れてしまった。まったくしつこい。しつこすぎる上に、その態度からはまだクレアとやり直せると思っている様子が伺えて、イムルは実に不愉快である。そんな彼に向かってイムルは厳しい言葉を投げつけた。
「現実を見ろ! 其方はもう結婚し、子どもだって産まれるのだろう! 今さらクレアと復縁しようなどと考えるな!」
「……! ……それはっ……」
「それにこの国では一度婚姻関係を結べば離縁は難しいと聞いている。諦めるんだな」
「……そんな……」
すると、後ろから一人の女性の声が聞こえた。一部始終を見守っていたと思われるその人物はエミリアであり、彼女はツウと涙を流しながらアルフレッドに語りかける。
「アルフレッド様、私はあなたを愛しています。あなたが誰を想っていても構いません、私はずっとずっと愛しています……」
悲痛さを滲ませながらも気丈に振る舞うエミリアの姿に、アルフレッドはもはや何も言えなくなる。ガクリと項垂れる彼に少し同情を覚えつつ、イムルは今度こそその場を後にした。