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2. 運命の国境線

 あれから誰とも顔を合わせなかった。あえて姿を見られないようにしながら、クレアはこの数日間に出来うる限りの事をした。すぐに出て行く事も考えたが、それが出来なかったのは少しの未練と、やはり自分が聖女だからである。後々の事を考えた時、人々の為、国の為に責任を果たすべきだと思ったのだ。そこで最後の務めとして、クレアは大量にポーションを作ってはこっそり診療所に届けたり、穢れた土地を浄化したり、魔獣避けの為の結界を張り直したりした。その最中、偶然にも元婚約者、アルフレッドがエミリアと結婚したと話が耳に入ってきた。嘘か誠か、エミリアのお腹にはもう新しい命が宿っていると聞き、それまであった未練は完全にたち消える。

 人々がクレアを忘れてから、すでに四ヶ月以上が経過していた。様々な思い出が心に浮かび、彼女の目からいくつも涙が溢れ落ちる……。胸の痛みに押しつぶされそうになりながらも、クレアは必死に前を向く。月明かりが照らす道を、一歩一歩、歩き進め、静かにこの国を出て行った。


 ところが、クレアが国境を越えた瞬間、思いもよらない事が起こった。エミリアの目が一瞬赤く光ったかと思えば、その体から黒い影が飛び出したのだ。それは、かつてクレアが打ち倒したあの魔王の化身だった。ゴーストとなった魔王がエミリアの心の闇に潜み、この時を待ち続けていたのだ。


「聖女が去った今、私の力は再び元に戻るだろう! そして私は完全に甦るのだ!」


 影はみるみる大きくなり、次々に人を襲いはじめた。人々の生気を吸収するにつれ、次第にそれは姿を変え、禍々しい魔王の姿を取り戻していく……。

 それを見た人々は恐怖に震え上がった。彼らは必死に逃げ惑い、完全にパニックに陥っている。一方で魔王は容赦がなく、女、子ども関係なく逃げる者たちを攻撃しては生命力を奪ってゆく……。土地や建物も破壊され、たちまち荒廃した景色となり、人々はその光景に絶望する。まさに絶体絶命……、見せつけられた圧倒的な力に誰もが死を覚悟する……。


 しかし、そこへ一人の青年が駆けつけた事で状況はすぐに一変した。颯爽と現れたこの美しい顔立ちの青年は、長い藍色の髪を後ろに束ね、その身体はしなやかでありながらも十分に鍛え上げられている。青年は落ち着いた様子で魔王の前に立ち塞がると、自らの剣をそっと構えた。

 実は、彼はかつてクレアと共に魔王を打ち倒したもう一人の英雄であり、魔導剣士のイムルだった。イムルを認識した魔王は一瞬怯むが、すぐに敵意を露わにし、瘴気を放出させてくる。急に変わった場の空気……、イムルは周囲に無数の魔光弾を出現させると一気に魔王に斬りかかった。

 こうして始まった二人の因縁の戦いは、多少激しさを伴ったものの、比較的短時間で決着がついた。イムルの剣と魔術の融合した力が炸裂し、それにより魔王の影は削ぎ落とされ、力を失っていったのだ。完全体ではない魔王は所詮イムルの敵ではなかった。その姿は彼の剣の一撃によって消滅した。     


 悪夢が消え去り、王国には再び平穏が訪れる。危機を脱した安堵の余韻が広がる中、イムルは静かに辺りを見回すと、ある術式を展開する。

 実は異国に住む彼がわざわざこの国へやってきたのは、クレアを心配しての事だった。自らでどうにか対処する事ができたが、反転の呪術の影響は彼にも及んでいたのである。そして魔術を使い、今イムルが行っているのは、この数ヶ月に起きたことの詳細を見る事と、クレアの足取りを辿る事だ。記録を確認し終えたイムルは、「なんという事だ」と顔を曇らせ、自責の念に苛まれる。もっと早く事態に気付けていたなら……、もっと早くここを訪れていたなら……、そんな後悔が巡っているが、ふと視線を動かすと、自分と同じような表情を浮かべる者が多数いる事に気付かされる。


「被害は大きいが、幸いにして誰も命を落とさなかったのは聖女クレアのおかげだろう。彼女が全員に守護の祝福を授けていたようだ」


 謝意を述べる人々に対し、イムルがそう伝えると、皆複雑そうに顔を歪めた。それを見たイムルは、やはりそうかと確信する。

 おそらく、先ほど魔王を消滅させた事で完全に呪いが解けたのだろう。それだけでなく、自分がおかしな状態になっていたことや、クレアに対して冷たく接してしまった事などが思い出され、耐え難い気持ちになっているのだ。するとそこへ、人一倍ひどく顔を青ざめさせた男が、よろよろとイムルの方にやってきた。男はどしゃりと地面に崩れ落ちると涙ながらに訴える。


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