第二話:銀の髪のエルフ
カイトが十五歳になった春、彼は領都から少し離れた宿場町で、その光景を目にした。町の広場に設けられた仮拵えな舞台の上、錆びた鉄の檻の中に、一人の少女が座っていた。陽光を弾く銀色の長い髪、尖った耳、そして翡翠を思わせる深い翠色の瞳。エルフだ。前世の物語で繰り返し描かれてきた、あの幻想的な種族が、汚れた衣服をまとい、虚ろな表情でそこにいた。
彼女の周りでは、下卑た笑い声を上げる人買いと、好奇と侮蔑の入り混じった視線を向ける野次馬たちが渦を巻いていた。
「さあさあ、お立ち会い! 珍しいエルフの娘だよ! 帝都でも滅多にお目にかかれない逸品だ! 労働力としてよし、夜の慰み物としてよし、観賞用としても一級品だ!」
人買いの甲高い声が、カイトの耳に突き刺さった。彼の胸に、燃えるような怒りが込み上げた。人間が、同じ知的生命体を、まるで物のように扱う。これこそ、彼が憎むべき帝国の歪んだ価値観の縮図だった。彼は、自分の中の正義感が、行動せよと強く命じるのを感じた。
彼は人垣をかき分け、舞台の前へと進み出た。
「そのエルフ、私が買おう」
カイトの静かな、しかし凛とした声に、広場の喧騒が一瞬止まった。人買いは、貴族の紋章が入ったカイトの衣服を一瞥し、即座に卑屈な笑みを浮かべた。
「へい、ありがとうございます、若様! お目が高い! こいつはまだ若くて、傷一つない極上品でございますぜ」
カイトは、提示された法外な金額を、眉一つ動かさずに支払った。有り金のほとんどをはたいたが、後悔はなかった。檻の鍵が開けられ、エルフの少女が、おずおずと外へ引きずり出される。彼女の腕には、所有権を示す焼き印が痛々しく残っていた。
カイトは、自分のマントを脱ぐと、震える少女の肩にそっとかけた。
「もう大丈夫だ。僕が君を守る」
彼の声に、悪意は一片もなかった。彼は、この非人道的な状況から彼女を救い出し、自由を与えるという、純粋な善意と義憤に駆られていた。だが、その行動の根底には、彼自身が気づいていない、深く身体に染みついた物の見方が潜んでいた。
彼は、エルフの少女を、まず「救うべきか弱い存在」として認識した。彼は彼女の瞳の奥にある個人の意思や歴史を読み取ろうとする前に、物語の登場人物のように、「美しく、神秘的で、迫害されているエルフ」という、あらかじめ用意された型にはめて捉えていた。それは、前世で彼が消費してきた無数のファンタジー作品によって形成された、一種の思考のショートカットだった。
彼が少女にかける言葉、その優しい声色、壊れ物に触れるかのような慎重な身振り。それらは全て、彼の中の「善良な庇護者」という自己イメージを満足させるための、無意識の演技だった。彼は、少女を対等な個人としてではなく、自らの善行を証明するための対象として扱っていた。彼の胸に湧き上がる強い共感と怒りは、彼女自身の苦しみに寄り添うというよりは、「可哀想なエルフを救う善良な自分」という物語に酔いしれるための感情だった。
少女は、名をリシアと名乗った。アルビオン領へと向かう馬車の中で、彼女は少しずつ身の上を語り始めた。帝国の森林伐採によって故郷の森を追われ、家族と離れ離れになり、人買いに捕まったのだという。
カイトは、その話に熱心に耳を傾け、相槌を打った。
「そうか、大変だったね。でも、もう心配いらない。僕の領地は、帝国とは違う。ここでは、誰も君を傷つけたりしない」
リシアは、カイトに何度も感謝の言葉を述べた。彼は命の恩人であり、その優しさは、地獄のような日々を送ってきた彼女にとって、唯一の光のように感じられた。
しかし、アルビオンの屋敷での生活が始まると、リシアはカイトの「優しさ」の中に、形容しがたい息苦しさを感じ始めた。
カイトは、リシアに美しい部屋と衣服を与え、何一つ不自由のない生活を保証した。彼は頻繁にリシアの部屋を訪れ、彼女の話を聞きたがった。
「エルフの文化について教えてくれないか。森での暮らしは、どんな感じだったんだい?」
リシアは、故郷の森の掟や、木々や動物たちと交わす精霊の言葉について、懸命に語ろうとした。だが、カイトの反応は、いつもどこか表面的だった。彼は興味深そうに頷き、「それは素晴らしいね」「神秘的だ」と感心するのだが、リシアの言葉の奥にある、彼女の世界を成り立たせている根本的な価値観や、精霊との対話が持つ現実的な意味合いを、本当に理解しようとしているようには見えなかった。
彼にとって、リシアの文化は、あくまで「興味深い異文化」であり、保護し、鑑賞し、カタログ化すべき対象だった。彼は、リシアの言葉を、自分の知的好奇心を満たすための情報として消費しているに過ぎなかった。彼は、リシアの「世界」の複雑さや、それが持つ独自の合理性を、自分の「世界」の物差しで測り、理解できる範囲に切り詰めて解釈していた。それは、彼女の存在そのものを尊重する態度とは、決定的に異なっていた。
ある時、リシアは庭の片隅で、枯れかけていた古木にそっと手を触れ、静かに歌を口ずさんでいた。それは、森の精霊に呼びかけ、木の生命力を呼び覚ますための、古くから伝わる癒しの歌だった。
その姿を見つけたカイトは、微笑んで彼女に近づいた。
「綺麗な歌だね、リシア。まるで詩のようだ。君たちが自然を深く愛しているのがよくわかるよ」
その言葉に、リシアは歌うのをやめた。カイトは、彼女の行為を「詩」や「自然愛の表現」としてしか見ていない。これが、彼女にとってどれほど切実で、現実的な意味を持つ実践であるのか、彼には全く伝わっていなかった。彼の優しさは、分厚いガラスの壁のように、二人の間に横たわっていた。彼は壁の向こうから、美しいエルフの少女が演じる異文化のショーを、安全な場所から鑑賞しているだけなのだ。
リシアは、再び感謝の言葉を口にした。だが、その胸の内には、孤独と疎外感が、静かに、しかし確実に広がっていった。この親切な若き領主は、自分を檻から出してくれた。しかし、彼は気づいていない。自分を「美しいエルフ」という、別の見えない檻に入れていることに。