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辺境のアルビオン  作者: トスコニカ
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第十一話:深い連合の戦い

カイトが旅に出てから、一年が過ぎようとしていた。その間に、大陸の情勢は、大きく動いていた。アルビオン領での手痛い敗北に激怒した帝国は、雪辱を果たすべく、今度は比較にならないほどの大軍を、再び辺境へと差し向けたのだ。その数、三万。率いるのは、皇帝の腹心であり、冷酷無比な戦術家として知られる、バレリウス将軍だった。


帝国の目的は、もはやアルビオン領の制圧だけではなかった。辺境に住むエルフ、獣人、ドワーフといった「劣等種族」を、この機会に一掃し、人間の支配を不動のものにすること。それは、剥き出しのジェノサイドの始まりだった。


その報は、山脈のドワーフの元で修行を続けていたカイトたちにも、すぐに届いた。

「帝国軍が、エルフの森を焼き払っているらしい」

「獣人の集落も、いくつか滅ぼされたと聞いた」

危機的な情報が、次々と舞い込んでくる。


ゲルダの鍛冶場に、リシア、フレア、そしてカイトが集まった。四人の顔には、緊張の色が浮かんでいた。

「どうする? このままでは、辺境の民は皆殺しにされるぞ」

フレアが、苛立たしげに言った。


誰もが、カイトの顔を見た。以前の彼ならば、即座に明快な戦略を提示しただろう。彼の知識とリーダーシップが、再び必要とされている。


しかし、カイトは、静かに首を横に振った。

「僕が、策を立てることはできない。僕がまた指揮を執れば、結局、前の戦いと同じことの繰り返しになる。僕のやり方は、帝国と同じ、支配の論理だ。それでは、本当の意味で、帝国に勝つことはできない」


彼の言葉に、皆が戸惑った。では、どうすればいいのか。この圧倒的な戦力差を前に、ただ滅びるのを待つしかないのか。


カイトは、続けた。

「僕にできるのは、皆の力を繋ぐことだけだ。僕が中心になるんじゃない。皆が、それぞれの世界のやり方で戦い、そして、互いに連携する。そんな戦い方は、できないだろうか」


それは、あまりにも理想論に聞こえた。指揮官のいない軍隊など、烏合の衆に過ぎない。だが、カイトの瞳には、かつてない真摯な光が宿っていた。彼は、支配者としてではなく、対等な一人の仲間として、皆に問いかけていた。


最初に、その提案に応えたのは、リシアだった。

「森は、一つの巨大な生命体です。木々も、動物も、精霊も、それぞれの役割を果たしながら、互いに繋がり、支え合っている。中心などなくても、森は調和を保っています。私たちの戦いも、そうあるべきなのかもしれません」


次に、フレアが唸るように言った。

「俺たち獣人の狩りは、リーダーはいるが、絶対的な命令者じゃねえ。それぞれの判断で動き、互いの気配を読んで、獲物を追い詰める。確かに、あんたの言うような戦い方も、ありえねえ話じゃねえかもしれん」


そして、ゲルダが、その赤髭を扱きながら言った。

「ドワーフの社会も、王はいるが、それぞれの仕事場では、職人一人一人が親方じゃ。互いの技術を尊重し、助け合うが、支配はせん。……なるほどな。国や軍隊だけが、人の集まり方じゃねえ、ということか」


彼女たちは、カイトの提案の中に、自分たちの「世界」の論理と共鳴するものを見出した。そして、彼らの間に、新しい関係性に基づいた戦いの形が、少しずつ姿を現し始めた。それは、誰か一人が頂点に立つピラミッド型の組織ではない。誰もが中心であり、誰もが対等に結びつく、網の目のような、流動的な繋がり。支配者も、駒もいない、真の「連合」だった。


彼らの戦いは、以前とは全く様相が異なっていた。


まず、彼らは、帝国軍と正面からぶつかることを避けた。リシアの導きで、辺境の民は、広大な森の奥深くへと潜伏した。森そのものが、彼らの要塞となった。エルフたちは、森の地理を完璧に把握し、帝国軍の動きを常に監視し、その情報を連合全体で共有した。


次に、フレア率いる獣人部隊が、神出鬼没のゲリラ戦を展開した。彼らは、小部隊で帝国軍の補給路を断ち、夜間に野営地を奇襲し、混乱を引き起こしては、森の闇へと消えていった。それは、中央からの命令によるものではなく、現場の判断で、柔軟に、そして有機的に行われた。


そして、ゲルダとドワーフたちは、強力な兵器を作る代わりに、森の中に無数の罠や、防御施設を構築した。彼らの技術は、破壊のためではなく、仲間を守り、敵の侵攻を食い止めるために使われた。


カイトの役割は、司令官ではなかった。彼は、この多中心的なネットワークの、結節点となった。彼は、前世の知識である、初歩的な通信技術(狼煙や光信号の暗号化)を用いて、各地に分散した部隊間の情報伝達を助けた。彼は、戦術を「命令」するのではなく、各部隊から集まってくる情報を整理し、状況を分析し、それを「共有」することで、全体の意思決定を支援した。彼は、支配者ではなく、最も有能な「サーバント(奉仕者)」として、連合に尽くした。


帝国軍の将軍バレリウスは、この捉えどころのない敵に、日に日に苛立ちを募らせていった。彼の軍隊は、巨大で、強力だった。しかし、その力は、明確な敵がいて初めて、効果を発揮する。辺境の民は、まるで森そのものが意思を持ったかのように、帝国軍の力を巧みに受け流し、その鋭気を少しずつ削いでいった。


この戦いは、単なる軍事的な衝突ではなかった。それは、二つの異なる世界のあり方の、根本的な対立だった。中央集権的で、階層的で、支配の論理に基づいた帝国の世界。それに対して、多中心的で、水平的で、相互扶助の論理に基づいた辺境連合の世界。


バレリウスは、辺境の民を「烏合の衆」と侮っていた。だが、彼が直面していたのは、彼が理解できない、全く新しい形の「強さ」だった。それは、個々の英雄の力ではなく、多様な存在が、その違いを認め合ったまま繋がることで生まれる、しなやかで、強靭な、生命体のような力だった。


戦いは、まだ終わらない。だが、辺境の民は、もはや一方的に蹂躙される、か弱い存在ではなかった。彼らは、自らの手で、自らの尊厳を守るための、新しい戦い方を、見出しつつあった。

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