第一の懺悔:ドM騎士団長
「主よ、懺悔いたします……」
静かな懺悔室の中で、私は両手を組み、そっと瞼を伏せました。
「私は……敵の術にかかった騎士団長を止めるため、
拘束し、殴り倒し、涙をこぼしながら叱ったのですが……それ以来、彼は『私に縛られ、殴られ、叱られること』に快感を覚えるようになってしまいました……」
***
──でも、あのときは、本当に仕方なかったんです。
魔王軍の1人との戦いの最中、騎士団長のレオンさんが、罠を踏んで催眠ガスにかかり、そのまま敵に操られてしまったのです。
催眠にかかったレオンさんは、私に勢いよく剣を向けました。
「この偽物め…!お前のような者が聖女ミア様を語るとは許せない!」
そう言って、怒鳴りながら切りかかってきたんです。
彼、騎士団長ですよ?
いくら敵に操られているとはいえ、このまま抵抗せずにいたら、私なんて簡単に死んでしまいます。
だから私は咄嗟に、聖女の魔法(鎖)で彼を地面に拘束しました。
何度も彼の名を呼び「正気に戻れ」と叫びましたが、催眠ガスは強力なようで、私は言葉では届かないと察しました。
その時は、仲間は後方で別の敵と戦っており、私とレオンさんの2人しかいない状況でした。
私は『仕方なく』魔力強化のフルスイングパンチを、3発ほど顔面にお見舞いしました。
壊れたテレビを治すのと同じです。
操っている本人が近くにいないのなら、本体に刺激を与えて正気を取り戻させるしかない。
私は必死でした。
「戻ってきてくださいレオンさん!!…私、あなたのこと、信じてますからッ!…うッ!!オラァ!!」
半泣きでレオンさんを殴り続けていたら、しばらくすると彼は気を失いました。
私は彼を引きずって仲間と合流し、拠点へと戻りました。
その後、目覚めた彼は、私を敵とは認識しませんでした。
でも、彼は…それ以来どこか変わってしまっていました。
***
◇エピソード①:訓練
騎士団の訓練中。
私はたまたま通りがかっただけだったのですが、レオンさんは部下との模擬戦の最中、私が見ていることに気付いた後から、明らかにタイミングをズラして部下に殴られにいっていたのです。
「ふッ…やるな…」
「や、やった!!ご指導ありがとうございます!」
(………ん?……え…?)
そして訓練後、顔にあざを作った彼が私の元にやってきて、こう言ったんです。
「ミア様…私は今日、部下に一撃を喰らいました。騎士団長だというのに、本当に情けない。ぜひ…未熟な私をお叱りください……………そうしていただけると大変助かります」
「…は?」
後半にかけてはかなり小声だったので「よく聞き取れなかった」と言ってその場を去りました。
◇エピソード②:魔物戦
任務中、私たちは仲間とともに、突然魔物の群れに囲まれました。
そんな魔物との戦闘中、明らかに回避できた魔物の攻撃を、彼は私の目の前でわざと受けたように見えました。
「ぐッ……!」
「レオンさん!?」
私が心配して駆け寄り「なにしてるんですか!?死んじゃいますよ!」と怒鳴った瞬間、彼の口元が、明らかにゆるんだんです。
「ああッ!!……その怒声…!…も、もっと…!」
「ハァ!?!?」
私はぎょっとして聞き返しました。
「……い、今、喜びました……?」
「まさか…!全ては私の注意不足!!ミア様、不出来な私を叱ってください!そう!思い切り!さぁ!さぁ!!」
「ちょ、戦闘中に何言ってるんですか!?馬鹿なんですか!?いいから敵を倒してください!!魔物に囲まれているんですよ!!」
「ッはうぅ…!!!勿論です!魔物を蹴散らしたら踏んでくださいますか!?」
「本当に何を言っているんですか!?」
◇エピソード③:日記
ある日、レオンさんに用があった私は、騎士団の宿舎に出掛けました。
レオンさんの部下から、彼の書斎で待つように言われた私は、一冊の本が落ちていることに気が付きました。
拾って開いてみると、それは日記帳のようでした。
そこには___
『至福の一撃記録』
第一打目:頬右側。直撃。言葉「戻ってきて」→衝撃強
第二打目:顎下。涙声あり。最高
第三打目:鼻先。泣きながら。昇天しかけた
備考:今日のことを永遠に覚えていたい。できれば今後もあの愛の鞭を与えて欲しい。
今後の希望:後ろから抱きしめられたあとに叱責されたい
理想:不意打ちビンタと謝罪のコンボ
(……この人……私に、殴られる理想パターン考えてる……!?)
日記の日付は、あの催眠ガスの日でした。
私は日記を元あった位置に『落とし』ました。
その後、レオンさんの部下を捕まえて
「後日手紙でご連絡するので今日は帰ります」と伝え、可及的速やかに彼の書斎から離れました。
***
「主よ…私の罪を赦し、どうか彼を元の素晴らしい人格者に戻してください。でないと…そろそろ本気で気持ち悪いので、つい加減を間違えてしまいそうです…………アーメン………」