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第42話 驚愕の訪問者

 旅館に働き始めてから二ヶ月ほどが経った。


 僕の仕事はまだ相変わらず清掃や片付けの業務がメイン。

 だけど合間合間に旅館の事を調べたり、どこにどんな施設があるかを暗記したりなどと、旅館に関する勉強は常々欠かさない。

 いつか接客に携わってみたいという夢があるからこそ。


 ただし今期はフェロちゃんと別の班。

 なので最近は別の従業員ムザルさんとのなんて事のない作業をこなしている。


 それで今日も彼と共に中庭掃除をやっていた――そんな時の事だった。 


『夢路さん夢路さん、今少しよろしいでしょうか?』


 ふと僕の頭にエルプリヤさんの声が届く。

 従業員章を身に付けていると聴こえる一種の通信連絡手段だ。


「大丈夫ですが、なんでしょう?」

『お仕事中で申し訳ないのですが、ちょっと玄関口まで来ていただけませんか?』

「え、なんだろう? わかりました、今行きますね」


 そんな通信で突然のエルプリヤさんからのお呼び出し。

 今までに無かった事なので少しドキドキだ。

 もしかしたら、とうとう〝接客担当業務に任命〟とかだったりなんかしちゃって!


 そこで僕ははやる気持ちを抑え、玄関口へと向かう事にした。


「それじゃ玄関口に転移、と」


 ムザルさんにお断りを入れ、見守られる中で従業員章に手をあてて念を籠める。

 するとたちまち視界がゆらめき、一瞬にして玄関近くの通路へと転移を果たした。


 実はこの従業員章を使えば、このように旅館内の各起点へと自由に転移可能。

 だからみんな移動がすごく早かったって訳だ。やっぱりすごい異世界旅館!


「エルプリヤさん、何か御用ですかー?」


 それでさっそく玄関口へと姿を現して見せたのだけど。

 僕の視界にまず違和感が写り込んだ。


 玄関口に見知らぬ少女が二人、立っていたのだ。

 それも人間で言う所の小学生くらいといった感じな年ごろの子が。


 共に色白い肌とブロンドの髪を有し、両耳がツンと横に伸びている。

 それでいて細い体に露出の際どい緑服を纏っていて、少し面妖といった感じも。

 くりんとした瞳はまるでガラス細工みたいに綺麗で、まるで人形(ドール)のような子達だ。


 しかも二人は顔も背丈もなにもかも瓜二つ。

 おまけに左右対称に立っては掌を充て合っていて、シンメトリー観がものすごい。


「すいません夢路さん、いきなり呼んでしまって。夢路さんにこの子達を紹介しなければならないと思いまして」


 そんな不思議な子達がエルプリヤさんの前にいて、僕をじっと見つめてきている。

 その独特の雰囲気ゆえに思わず絶句してしまい、エルプリヤさんの言葉にもただ頷くばかりだった。


 なぜ僕に紹介しなければならないのか、そんな疑問さえ口にもできず。


「それというのもですね、この子達はあのアリムさんに連れてこられたのです」

「え、ええっ!?」


 だけどその疑問はこうしてすぐ解決する事となったが。

 ただしあまりにも衝撃的な事実をもって。


「実はこの子達、あのアリムさんのお子さんなのだそうです。しかし元の世界の情勢がよろしくなく、やむなく旅館に引き取って欲しいと申し出がありまして。そこで私達が引き取る事になったという訳なのです」

「そうか、それで彼女とかかわりのある僕を呼んだって訳なんですね」


 確かに言われて見ればわずかにアリムさんの面影を感じる。

 性格こそ物静かな感じで彼女とは大違いだけど。


「私はユメラ」「私はユメレ」

「年齢は」「三八歳」

「「まだまだ子どものエルフ双子姉妹」」

「待って三八歳!? その容姿で僕より年上なの!?」


 ただ話し方はとても独特だ。

 心が通じ合っているかのごとく、交互に話す言葉は実にスムーズ。

 おまけに締めくくる際には無表情のまま左右に腕を広げていて、まるでアピールするかのようだ。


「それにも理由がありまして。アリムさん達の世界はこの旅館や夢路さんの世界と時間軸が大きく異なっていて、私達にはおよそ一年でも、彼女達には四〇年近い年月となるのです」

「そ、そうだったのか……」

「それでアリムさんは夢路さんと逢う事を遠慮していました。昔の美貌が失われた今、あなたに逢うの恥ずかし過ぎると」

「お母さまは」「言っておられました」

「四〇年は」「長すぎたと」

「「ほうれい線一本追加」」

「たったそれだけの理由!? 僕そんな事全然気にしないのに!」


 しかもこの子達、さりげなく母親の事でも容赦無い。

 何でもハッキリ言う所だけはアリムさんらしさを感じるよ!

 声をコーラスさせるし腕をつど広げるから破壊力はさらに高いけど!


 ……とりあえず事情はわかった。

 だけど、まだ腑に落ちない所もある。


 たとえばそう、彼女達を引き取る事になった理由だ。


 本来この旅館は適正がある人じゃないと来られないし、同伴者でも旅館の恩恵を受ける事はできないから居ない者とされがち。

 姉さんみたいにバイタリティに溢れていて自ら喰い込まない限り、この地で生きる事はできないはずなんだけど……。


「疑問に思われてそうなので先に伝えておきますが、実はこの子達には旅館の適正があります。それというのも彼女達はこの旅館にて生を授かった子どもだからなのです」

「え、ええーっ!?」


 でもその疑問はすぐエルプリヤさんが払拭してくれた。

 これもまた僕にとって驚愕の事実ではあったけれども。


 なんでも、この旅館にて生を授かった者は自然と適正が付くそうな。

 理屈的に言えば「海外で出産した子は滞在国の国籍を得られる」のと同じ原理。

 つまりこの二人は「この旅館が始点だから来られる」という訳だ。

 

 確かに、それなら納得もできる。

 ここで働く事もできるだろうし、アリムさんの要望にも応えられるだろうね。


 それにしても、アリムさんの子、か……。


 また逢おうって約束したのに、それも叶わないなんて。

 それどころかこうして彼女の子に逢うなんて思っても見なかった。


 なんだかとても寂しい気がするよ。

 彼女は彼女でエルフ一族の再興が懸かってる訳だから仕方ないのだろうけどね。

 それでも一度くらいはちゃんと逢って、色々話したかったな。


「となると、この子達はさしずめあのジニスとの子かな……なんだか複雑だなぁ」

「え、何を言っているんですか夢路さん? それは違いますよ」

「えっ?」


 そう思うあまりに肩を落とした、その時だった。

 エルプリヤさんがきょとんとした顔で手を横に振り、僕の呟きを否定する。


 しかも二人の肩にポンと手を乗せ、真顔でこう言うのだ。


「この二人は夢路さんとの子です」


 だから僕はもう唖然とするしかなかった。

 エルプリヤさんが何を言っているのかまったく理解できなかったので。


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