98 物件探しは難しい
ミアがキッシュモンド商会の会頭?
どういうことだとメイプルに視線を送るが、メイプルも初耳だったらしく、驚いた表情で首を小さく横に振っている。
サンディーも同じだ。不思議そうな表情で、知らないと知らせてきた。
受付の人に呼ばれで出てきた恰幅の良いおじさんが、その書類にザッと目を通すと、大きな四角い印鑑をドンと押した。
「ほらよ。構わねぇ、話を進めちまえ」
受付の男にそう言い渡すと、すぐに奥へと引っ込む。
「あー、じゃあ、手続きしてくっから、少し待っててくれ」
「あ~、まだ話は途中よぉ。少し長くなるから、どこかの部屋に移動できるとぉ、嬉しいんだけど」
フェルミンさんが男に近付き、耳元で何かをささやく。
真剣な表情で考え込んだ男は、代わりの者に受付を任せると、「こっちに来な」と、俺たちを通路の奥にある部屋へと案内した。
なんだか揉めている。
とはいえ、喧嘩腰ではなく、知恵を振り絞り合っている感じだ。
ああでもない、こうでもないと言いつつ、なんとか形に仕上げようとしている。
男の横には、気付けば資料の山が築かれており、二人の男が資料探しを手伝っている。
やはり、店舗選びが最大の難関らしい。
本来ならば、商用門近くに倉庫を持ち、店舗で不足したものを倉庫から補充するのが一般的だが、小規模店舗、それも単独なら倉庫は店舗内にあったほうが便利だし、費用も節約できる。
さらに、住居と併設、もしくは兼用となると、人々が多く集まる場所に出店するのは難しい。
つまり、組合からは、倉庫、店舗、住居を別々に購入するよう勧められている。
だがそれでは、ミアひとりでは手が回らない。
接客以外の部分なら、密かに誰かが手伝うこともできるが、少なくとも、倉庫と店舗が別々なのは都合が悪い。
人を雇えばいいって話だが……
もちろん、輸送の偽装と様子を見に来るために馬車も使うが、基本的には精神収納を活用するので、あまり他人を雇いたくない。
地図の写しを広げて壁に貼り、こちらの希望に適いそうな物件の場所に、色付きのピンを刺していく。
これは長くなりそうだと感じた俺は、シアを連れて外を散歩することにした。
何か予感があった……というわけではない。
屋台が並ぶ通りへ向かうには、この裏通りを突っ切るのが早いのでは? ……と思っただけだ。
通り抜けるだけとはいえ、初めての場所は心が躍る。
もちろん、隣に頼もしい護衛がいてくれるからなのだが……
冒険でもしているような高揚感だ。
もちろん、どんな危険があるか分からない。
シアの腕輪と木剣を装備してるからといって、油断するわけにはいかない。
こちらの存在を第三者に気付かれたら負け……なんてことを言いながら、シアと二人で競い合う。
隠密行動の訓練といえば聞こえは良いが、ちょっとしたお遊びだ。
そのつもりだったのだが……
突然、動きを止めたシアが、念話を飛ばしてきた。
『ハル兄。変な会話が聞こえた』
近くに人がいるのか?
そう思ったが、それよりも……
『変って、どんな会話だ?』
『魔獣の用意が遅れてるって、言ってた』
これが野獣やら猛獣やら珍獣なら、見世物小屋か何かだろうと思うところだが、魔獣となると話は別だ。
見せ物にするどころか、持ち込みも固く禁じられている。
『クロエ、今どこにいる? 忙しかったら、別にいいんだけど……』
『今、王都に戻ったところです。ここは……、商業組合の倉庫が見える場所ですね』
『そうか。戻ったところで悪いんだけど、倉庫街から大通りに抜ける裏道で、怪しげな会話が聞こえたらしい。ちょっと探ってもらえるか?』
『メイプル姉様は何と?』
『あー、メイプルは、ミアの店の件で商業組合で交渉してる。もし打ち合わせが必要だったら、メイプルと調整してもらえると助かる』
『はい。分かりました』
クロエは、メイプルの指示で動いている最中なのだから、メイプルに許可を取るのは当然だ。
『手間を取らせて悪い』
『この程度、別に構いませんよ。まさかとは思いますが、万が一ということもございます。兄上たちは、しばらくこの場から離れておいて下さい』
特命官は魔獣を狩ったりもすると言われ、少し敏感になっているだけかも知れないが、そうそう出てくる単語でもないだけに、聞き流すことはできない。
裏通り、それも倉庫街のはずれとはいえ、誰が歩いていても不思議はない。だから、俺たちが歩いているからといって、文句を言われる筋合いもないのだが……
近くに悪者のアジトがあって、俺たちの姿が見つかって、騒ぎにでもなったらややこしいことになる。
それに、隠密行動ごっこなんて続けていたら、それこそ怪しまれるので、普通に歩きつつも出来るだけ急いで、この場を離れることにした。
これは視察である。
この料理を辺境のディッケスで再現するには、何が必要になるのか。どこからどうやって材料を調達すればいいのかを考えてみる。
商人の発想だが、ディッケス郡を豊かにするには、そういう視点も必要だろう。
……というのは建前で、屋台の立ち並ぶ通りへと来たのは、串焼き以外にも美味しいものがいろいろあると、シアに教えたかったからだ。
シアは、食いしん坊でも欲張りでもなかった。
気になった物があったら教えてくれと言っておいたが、あまり関心がないようだった。
基本的に嫌いなものはないようだが、肉は好物のようだ。それに、山葵や山椒の刺激が平気ならばと、ピリリバーガーを食べさせてみる。
『美味しい。ハル兄、シア、これ好き』
緑辛子を使った刺激の強いソースが入ったハンバーガーで、大人でも苦手という人が多いのだが、どうやら気に入ってくれたようだ。
俺は辛くても平気なので、もし食べ残した時には……と待ち構えていたのだが、シアは喜びながら、ペロリとひとつ丸ごと平らげた。
みんなには、普通のハンバーガーや、フルーツやカスタードクリームが挟み込まれたスイーツバーガーを購入し、お土産として精神収納に入れる。
そろそろ戻ろうかと思っていると、メイプルから連絡があった。
『ハルキお兄さま。建物を見て回ることになりましたので、一緒に行きませんか? 食べ物のお店付近におられるのでしたら、たぶん近いと思いますので』
なぜこっちの場所が? ……と思ったが、クロエから聞いたのだろう。
『そうだな。場所はどこだ?』
『それでしたら……』
メイプルが同行することになり、ひと気のない場所を探す。
『よし、いいぞ』
外出着のメイプルが姿を現し、閉じられた目をゆっくり開いて、青色の瞳で俺を見つめながら、ふわりと着地する。
「わざわざ、ありがとう。それと、勝手にクロエに用事を頼んで悪かった」
お詫びに、クッキーの入った包みを渡す。
「いえ、いいのですよ。私のほうが、クロエちゃんをお借りしているので。おかげで、フェルミンさんへの置き土産が大変なことになりそうですけどね」
つまり、残党の調査で、かなりの成果があったのだろう。
店舗候補の物件は、近い場所にあった。
少し遅れて、受付の男とサンディーたちがやってきたのだが、いまいち、お気に召さなかったようだ。
いやまあ、俺でも、これはちょっと……と思うレベルなので、仕方がない。
敷地の形が歪で、建物も何棟かに分かれている。道に面している場所を店舗とする場合、商品は道に並べるしかないだろう。
奥の建物も、倉庫にするには荷物を運び込むのが大変そうだ。
その後、見せてもらった二つの物件も、空き家になるのも当然といった感じで、サンディーたちの理想とは大きくかけ離れていた。
確かに、人通りはそこそこあるのだが、使い勝手が悪すぎる。
「しゃーねぇな……って言いたいところだが、いい場所は大手ん所が押さえてっからなぁ。人通りが期待できない場所でもいいなら、広い所はあるんだが……」
とてもお勧めできないと断りを入れつつ案内されたのが……
敷地は広い、屋敷も立派。だが、放置して長いのか、至る所につる植物がはびこっている。
荒れ放題の上に、とてもじゃないが、お店って雰囲気ではない。
「幽霊屋敷?」
建物を見たシアが、素直過ぎる感想を口にした。




