96 王都にお屋敷を
あむっと、小型陸鳥の串焼きにかぶりつきながら、シアが満面の笑みを浮かべている。
「ハルキ~、さすがにそれ、シアちゃんに甘すぎない? 他の子たちがぁ、嫉妬するわよぉ?」
横を歩くフェルミンさんが、そう言いながら串焼きにかぶりついている。
まあ、シアなら大丈夫だとは思うが、さすがに食べながら歩くのは危ない。
それに、こうして抱っこをしてあげていても、周囲への警戒は怠っていないはずだ。
そもそも、こうなったのは、フェルミンさんのせいだったりする。
店先を借りようと思ったが、魔女姿のフェルミンさんを見て、露骨に困った顔をされてしまった。
フェルミンさんは気にしなくても、こちらが気になってしまう。
王都にいるのもあと少しだとはいえ、あの串焼き屋にはまだ通うつもりなのだから、良好な関係を続けておきたい。
「どうだ、旨いか?」
「うん。ハル兄にも、おすそわけ」
両手が塞がった俺の口元に、串に刺さった最後のひと切れが近付いてくる。
はむっ、もぐもぐ……
「やっぱりさっぱりとした塩味はいいな。いくらでも食べられそう」
「シアも、そう思う。でも……」
小さな手には、もう一本の串焼きが握られている。
「新作のわびさびさんしょ。楽しみ」
「山葵山椒だな。たしか、メイプルが提案したって」
「プル姉とミア姉の自信作」
不審者を探すには、人脈作りが重要……とか言って、ミアが交友関係を広げる中で、あの串焼き屋さんとも仲良しになったらしい。
そこで、新しい味を提案することになり、メイプルが知恵を貸した。
すでに俺たちとも顔なじみなのだが、これも美食が紡いだ縁なのかも知れない。
「ハル兄、最初のひと口、どうぞ」
お言葉に甘えて、ひと欠片をはむっと頂く。
「おっ、これは……。鼻に抜ける刺激と、舌先が痺れるような刺激……だけど、肉汁がより甘く……旨く感じる。いや、文句なく旨い」
まろやかな塩味と、火で炙った香ばしさもあって、なんだかワクワクするような、元気が出るような味だ。
シアと交互にはむはむしていると、更に二本を、あっという間に食べ終えてしまった。
気が付けば、呆れた様子の風精霊が、器用に空中を後退しながら、じっとこちらを見ていた。
王都と同じとはいかないまでも、ディッケスにもこんな都市……いや、大きな町でもいいから、あればいいのにと思う。
そこに物や技術が集まり、美味しい小型陸鳥の育て方が研究されたり、山葵や山椒などのスパイスも含めて、いろんな物が安く手に入るようになれば、村のみんなにもこの味を届けられる。
そのようなことを、二人に相談すると……
「そうだぁ、ハルキ~、向こうに行く前に、王都にマーキングを残しておいてね」
「マーキング? ……って、なんですか?」
動物がおしっこや体臭を残して、縄張りを主張する……ぐらいしか思い浮かばないが、当然、そういう話ではないだろう。
それに、俺の相談から、話を逸らされた気もする。
「この子たちがジャンプする時に使う~、目印よぉ」
跳躍……つまり、召喚跳躍のことだ。
その目印とやらの作り方は、後で教えてくれるらしいが……
「跳躍に使うってことは、人に見られたらダメですよね。そんなものをどこへ作れば……」
「ケットシーハウスでも、私の家でもいいけどぉ……。いっそ、ハルキも~、王都に屋敷を持ったら?」
「そんなお金、ありませんよ」
無茶にも程がある。
跳躍のために使うのなら、小さな部屋でも借りれれば、それで十分だと思うけど、いつまでも二人の世話になりっぱなしなのも申し訳ない。
とはいえ、部屋を借りるとなると、入退室にも気を使うだろう。
少しでも不審に思われ、部屋を見張られたりすれば、すぐに不自然さに気付かれてしまう。
となると、小さくてもいいから一軒家が望ましい。だけど……
頑張って所持金をかき集めれば、小金貨百枚分ぐらいにはなるだろうけど、恐らく四百枚あっても足りないと思う。
「そうそう、お金のことでしたら、心配には及びませんわよ。目録の通り……」
途中で何かに気付いたのか、マリーさんが言い淀み、しばらく考えてから、ポンと手を打つ。
「目録と共に支度金などが、ケットシーハウスに届いているはずですわ」
「それって、そんなにたくさん出るんですか?」
「ん~、そうですわね。金貨六百枚ぐらいでしょうか」
「それだと、ほとんど使っちゃいますけど、さすがにダメでしょ」
「貴族街に建てるのであれば、そこそこのものが必要ですから、それぐらいは必要ですわね」
いやいや、貴族街にそこそこな建物を建てるのなら、六百枚ではとても足りないと思うけど……。とはいえ、未知の世界だけに、本当の相場が分からない。
そもそも、王女さまの金銭感覚を信じてもいいのだろうか。
そこへ、ふむふむなるほど……と、フェルミンさんが割って入る。
「ハルキ~、金貨って小金貨じゃなくて、正金貨のことよぉ? マリーも、いくら正金貨でも六百枚程度じゃあ、貴族街に屋敷を持つのは難しいと思うわよ~」
ちなみにケットシーハウスは、貴族街の端にあり、裕福な平民屋敷と貴族屋敷が入り混じる区画に建っている。
そこでなら、なんとか足りるだろう……という事だが、さすがに領民のためにと渡される支度金を、そんなものに使うのは気が引けるし、犯罪のように思える。
「それなら、問題ありませんわよ。支度金は、少しでも領主らしくなるようにと使うものであって、領民に配るものではありませんわ。もちろん、領民の為に使っても構いませんけれど」
う~ん、と頭を悩ますが、こんな重要な話、移動中にするものでもないだろうし、できれば落ち着いた場所で、みんなと相談しながら考えたい。
それに、俺の相談のほうはどうなったのか、と思ったら……
「こっちにジャンプできるようにしておけば~、いつでも串焼きを買いにこれるわよ~。それにほら、調べものや、珍しい食材を仕入れるのにも、便利よねぇ」
「急ぎの連絡にも、便利ですわね」
なるほど、ちゃんと俺の質問に答えてくれていたわけだ。
とはいえ、すぐに答えが出せる問題でもないし、あともう少しでケットシーハウスに到着する。
そこで気付く。腕の中の重みに。
道中、全く危険がなかったのだろう。
だからなのか、腕の中のシアは、すやすやと幸せそうに眠っていた。




