94 今日もデイジーはお留守番
フェルミンさんが、前国王の兄の孫……
場合によっては、この国の女王になっていた……
そう、マリーさんが明かした。
冗談だろうと笑い飛ばすこともできるが、ここでそんな冗談を言う必要があるとは思えない。
どう答えようかと迷ったが、考え付いた中でも無難なものを選ぶ。
「あー、だから、王都の人たち、フェルミンさんに遠慮してたんですね」
「いいえ、この事は王家の極秘事項なので、誰も知りませんわ。ハルキも口外すると首が飛びますわよ」
「ちょっ!! その……なんで、それを俺に?」
「もちろん、信頼の証ですわ。フェルミンと王家の関係を知れば、ハルキの不可解も多少は解消されますわよね?」
俺の質問に対して、マリーさんが俺を信頼して、王家の極秘事項を明かして答えてくれた……ってことらしい。
命と天秤にかけられる信頼とか、あまりにも重すぎる。
できれば、そんな危険な情報は、伏せたままでお願いしたかった。
「どこか浮世離れした人だとは思ってましたけど、そういうことだったんですね。それにしても、フェルミンさんが女王……。周りの人たちが、すっごく苦労しそうですね」
「あー、ハルキってば、失礼ねぇ……って、言いたいけどぉ、私もそう思うわ~」
「王様、仕事をして下さい~って声が聞こえてきそうです」
「そうねぇ。毎日のように机に向かて書類仕事をするって考えたらぁ、私だったら、逃げるわよねぇ」
面倒だからと部下に仕事を押し付けて、こっそり抜け出す姿が目に浮かぶ。だけど、いざという時には頼りになる……そんな王様になりそうだ。
そういえば……
「今までずっと気になってたんですけど、フェルミンさんって、何でみんなから怖がられてるんですか? さっきの話は、関係ないんですよね?」
うっ……と、言葉に詰まるフェルミンさんを見て、くすくすと笑うマリーさんが、代わりに答え始める。
「ハルキは、ブラッディレイン事件って知っておりますか?」
「……いえ。初耳です」
ブラッディレイン……つまり、血の雨?
その言葉だけで、かなりの惨状だと想像できる。
「キセリー魚介祭りならば、聞き覚えはありますわよね」
「いいえ。キセリーって、あの汽水湖のことですよね。そこでお祭りがあるんですか?」
「決定的だったのが、ドリドフェンの失われた二日事件でしたわよね」
「それって、つまり……」
「ええ、フェルミンが関わった案件ですわ」
ブラッディレイン事件は、王都の東にある貧民街で起こったもので……
違法に運び込まれた魔獣を見つけたはいいが処分に困り、フェルミンさんが上空に放り上げて分解した。
それも、次々と。
本人は「あれほど高ければ、大丈夫だと……」などと言っていたが、周辺一体に血と臓物が降り注いで大惨事となった。
死者や負傷者は出なかったものの、いつまでも異臭が消えなかったという。
キセリー魚介祭り……、何とも美味しそうな催し物のように思えるが、実態は全く違った。
キセリー汽水湖は、王都から日帰りでも行ける景勝地で、その湖岸にあるセルリの町は、眺めが最高で、食べ物が美味しいと評判の観光地となっている。
その汽水湖に、魔獣の群れを追い込んだ。
魔獣は海水を嫌う。なので、弱った所を討伐するつもりだったのだが……
間違いなく追い込んだのに、湖に落ちたのを確認したのに、いつまでたっても姿を現さない。
業を煮やしたフェルミンさんは、海と繋がる水路を堰き止めた上で、七日七晩かけて湖の水を全て抜いたのだが……
姿を現したのは、露出した湖底でピチピチと跳ねる魚たち。
そして、遥か昔に沈没したと思われる船と財宝。
財宝の調査が終わるまでは水を戻せない。かといって、このままでは大量の魚介類が死滅してしまう。
周辺の町や村、王都などから人が集まり、最初こそは労せず大漁だ……などと喜んでいたのだが、消費が追いつかずに値崩れを起こし、死骸で異臭が漂い始めて怨嗟の声に変わっていった。
そこへ、餌を求めてなのか、当初の討伐目標、魔獣の群れが現れた。
目的は達成され、貴重な古代の財宝や資料が見つかったが、水を戻しても魚介類はなかなか戻らず、長く不漁が続いたという。
最後の失われた二日事件は……
ドリドフェンという村で広まり始めた奇病の調査だったが、封鎖や移動制限に反発する村人に業を煮やし、フェルミンさんは村ごと全員を深い眠りに落とした。
調査の結果、何者かが井戸に毒を流したと判明し、聖法術士によって解毒が行われたのだが、あの魔女が俺たちに呪いを掛けたのだと噂になったという。
これらは、ほんの一部らしい。
魔獣が関わっているものが多いのは、対抗できる者がひと握りしかおらず、その中にフェルミンさんが含まれているからだ。
全ては、人々の為に働いた事であり、その結果だけを見れば称賛されるべきことなのだが、どういうわけか印象が最悪を極め、恐れられるようになってしまった。
魔物を空中に放り上げて分解したのも、湖の水を抜いたのも、村人全員を眠らせたのも、人形の能力だったこともあり……
「可哀想に~、今日もあの子はお留守番よぉ」
その上、フェルミンさん自身も調査が主な任務となり、やむを得ない場合を除いて、戦闘することを王様から禁じられてしまった。
「そうだったんですね。なのに俺は……」
「俺は……の続きは、なあに?」
「てっきりフェルミンさんは、俺たちに戦わせて、それを眺めて楽しんでいるのかと思ってました。ごめんなさい」
クスクスとマリーさんが笑い出す。
それにフェルミンさんも……
「謝る必要はぁ、ないわよ~。実際、ハルキたちがどれだけできるのかを、期待しながら見てたからねぇ。なかなか思い通りに動いてくれないのにぃ、ちゃんと結果を残してくれるから、すっごく楽しかったわよぉ」
かなり厳しい戦いもあっただけに、その発言は少し心に引っ掛かるが……、でも、そのおかげで、様々なことが学べたのも事実だ。
できれば戦いたくはないし、妹たちにも戦わせたくはないのだが、いざ戦わなければならない時に何もできず、誰も護れないというのは、もっと嫌だ。
それだけに、貴重な実戦経験だったと言える。
「フェルミンさんのこと、いろいろ聞けてよかったです。お二人が……ガイゼルさんも含めて三人ですね。もしまたウラウ村に来ることがあったら、俺の所に寄って下さい。いつでも歓迎しますよ」
「ええ、ええ、その時は、是非にお願い致しますわ」
「もう十分に休めましたし、そろそろ家に帰りましょうか」
ソファーから立ち上がって、軽く運動をする。
もう大丈夫だ。ちゃんと身体に力が入る。
忘れ物がないか、身支度などの準備が出来ているか……などを確認していると、マリーさんが「あっ!」と声を上げて、こちらを見つめる。
「大切なことを忘れるところでしたわ。ハルキ、急ぎディアーナをここへ。フェルミン、例の物を準備して下さいな」
ディアーナに大切なこと?
心当たりがあるとすれば、召喚体なのに資格を得たことぐらいだけど……
メイプルに視線を送って確認する。
しばらくして、コクリとメイプルがうなずくと、目の前に仮面姿で淡い赤色の衣装に身を包んだディアーナが現れ、ふわりと軽やかに着地した。




